賢者と始める! 土壌改良! その1
アリスが賢者の力を得た翌日、俺はいつも通り畑仕事をしていた、『アリスと一緒に』
そう、賢者と畑仕事をするというたいていの人は体験する機会がないであろうことを俺は体験していた。
「お兄ちゃん! 今日は絶好の農業日和ですね!」
アリスは明るくそう言う。賢者としての地位も名誉も放り出して農作業をしているのをみたらお抱えに自慢の魔道士がいる貴族などは卒倒するんじゃないかという光景だった。
しかしそんなことに違和感を覚えることもなく土いじりをしているアリスを眺めながら本当にコイツが賢者なんてとんでもない職業の才能を見出されたのか疑問が浮かんでしまう。
昨日アリスに付き従っていた男達がただ者ではなかったのでおそらく本当なのだろうとは思う。嘘だとしたらあまりにも手が込んでいる、俺を騙すためにそんな手間をかける理由は欠片もない。
アリスは微笑みながら土を触って何やら感触を確かめているようだ。賢者ともなれば土の良さも分かるのだろうか?
「アリス、本当にこんなことやってていいのか? もっと良い働き口はいくらでもあるはずだぞ?」
国の生命線である農業には参加規制がない。望めば誰もが農業をすることが出来るが一般的にはあまり楽な仕事ではないので望んでやるなど滅多なことではない話だった。おそらく政治家達も賢者の職を蹴って農業を始めるようなやつがいるなど計算外だったに違いない。
その計算外さんは土を光に当てたり水に溶かしたりしている。
「おーい? 水は貴重品なんだから大事に使えよ?」
生き物の生命線、水は全ての元といってもいい。幸い村には水道がひかれているので干ばつでもなければ苦労することはないが無駄に使っていいものでもない。
しかしアリスはこちらを見て笑いながら言った。
「そうですか? 水なんて簡単に作れるじゃないですか? こんな風にね」
アリスが手のひらを上に向けて差し出すと水の球体がその手のひらの上に出来上がって徐々に大きくなっていく。そして手のひらを下に向けるとドバドバと水が井戸から出てくるごとく湧いて出てきた。
「すごいな……コレが賢者の力なのか?」
「みたいですね。魔力で広範囲から空中の水分を集めるとこんなことが出来ます。まあ簡単ですね」
すごい話だ。水不足の地域や綺麗な水が手に入らない魔族との前線などで大活躍できそうな力だ。明らかに畑に水をまくために使うような魔法ではなかった。というか、そもそも農業に魔法を組み込むなんてことを始めたのはコレが初めてではないだろうか?
基本的に魔道士の生活は農民のそれに比べて良いものになる。わざわざ魔法が使えるのに農業をやろうと考える奴がいなかったので今まで聞いたこともないことを現在目の前に見せられている。
「ところでお兄ちゃん、この土地……マナが枯れかかっているようですが何か感じませんでしたか?」
「いや、得には何も。まだ初めて二年だからな。収穫が少ないのもそのせいだと思ってたんだが」
「お兄ちゃんは確か職業を与えられた時に教会から土地を分配されましたよね?」
「ああ、そうだな」
アリスは手のひらの土を地面に叩きつけてから苛立たしく言った。
「あのハゲ司祭、ハズレの土地を割り当てやがりましたね! クソです! クソみたいな土地ですよここは!」
ハゲ司祭というのはおそらく儀式を取り仕切っているケール司祭のことだろう。というかこの土地ハズレなのか? 普通に作物も出来たし問題無いと思ったんだが。
「この土地の状況だと数年で枯れ果てますよ? さっさと改良しないといけませんね!」
「改良って言ったって、そんな簡単にできるものじゃないだろう?」
土地から出来る作物ので気を良くするための肥料も売っているが俺には手に入らない代物だった。
「まあ肥料を大量に買って撒くのが正攻法ですが……手っ取り早い方法があります!」
そんな魔法のような方法が……魔法?
「マナというのは万物に宿るものを活性化させる力ですね、ここまではいいですか?」
俺はなんとか話について行く。
「分かるが……マナが枯れると生き物は死に植物は枯れるって聞いたな。自然から補充するしかないと教わったが……」
アリスは地面を触る、触っている手のひらが微妙に光っている。
「ふむ……大体分かりました」
「分かったって何がだ?」
「ここら辺で一番作物が取れてる畑があるじゃないですか?」
「ああ、ケーリーさんの家だな、あそこは毎年豊作になっている」
「あの土地を与えたのが誰かは知ってますか?」
アリスは一体何が言いたいのだろう?
「ハゲ司祭があの土地を割り当てたんですよ? 知ってます? あの家はケール司祭……もといハゲ司祭の遠縁に当たるんですよ?」
え……? いやいや、神に仕えるものがそんなえこひいきなんて……
「お兄ちゃんはもっと世間の汚さについて知るべきですね、まあ今回はあそこからマナを頂いちゃいましょう。生成するより移動させる方が扱いとしては遙かに楽ですからね」
「一体何をするつもりなんだ?」
「ないしょ、です」
アリスは手のひらを地面に押し当てて意識を集中させている、一体何をやる気だろう?
少し後、俺の畑が少し光を放って収まった。
「コレでマナは十分に補給されましたね。ケーリーさん家は当分不作でしょうが、まあ私たちがその分も生産すればいいだけですね」
「さて、最低限の土地の改良は出来ましたが、本格的なのはまた今度にしましょう。お兄ちゃん、ここに一つの種があります、いいですか? 種ですよね?」
「あ、ああ。種だな。何の種だ?」
「トマトですね。で、コレを一粒土に植えます」
アリスは指を突き刺して畑に穴を開けそこに一つの種を放り込んで土をかぶせる。そして手のひらをかざして少し光らせた。
それから手近にあった木の棒を隣にさしていた。
「ではお兄ちゃん! 賢者流農業というものを明日には見せてあげますよ!」
そう言って家に帰っていった。俺はなんだか分からないままいつもの畑仕事として耕したり水を撒いたりして作物の世話をしてから帰宅した。
そして翌日……畑に行って俺はとんでもなく驚いた。
なんとそこには立派なトマトが真っ赤に熟して木の棒に沿って立派に生えていた。昨日までは確かに何もなかったはずだ。よく見ると心なしか周囲の作物も葉っぱが青さを増していたり、しおれていたものがシャキッとしていたり微妙に変化していた。
俺が呆然と立っているといつの間にやってきたのかアリスが隣に立っていた。
「コレが賢者の力ってやつですよ! マナを集めれば急速成長なんてちゃちゃっと出来るんですよ! どうです? すごいでしょう?」
確かにすごい力だった。このトマトを誰かが他所から移植したのかと考えてみたがそんなことをする理由など全く無いのでどうやらアリスの力のおかげらしい。
ガヤガヤ……
「なんだか通りが騒がしいな?」
「気にすることはないですよ、じゃあ今日の農作業を始めましょうか?」
「ああ、そうだな」
俺は些末なことを意識から追い出して天職である農業を始めたのだった。
――その頃、ケーリー家では
「どうなってやがる! 芋も葉物もしおれきってるぞ!」
「分からないですよ! 今日起きてから来たらこの有様なんです!」
「クソ! ケールのやつがここは百年安心な土地だと言ってやがったから信じてやったのに!」
すっかり品質の落ちてしまった作物達を前に、その原因が分からずケーリー家は途方に暮れていた。それがマナの不足が原因で起きたことであることを知るのはケール司祭が休日にマナを観察するまで分からなかった。もっとも、司祭が見たところでマナが枯れていることは分かってもその原因はさっぱり分からないのだった。
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