第9話

「これでいつでも夏樹ちゃんに連絡できるね」

「そっそうですね…」

改めてそんなことを言われると照れ臭かった。

「じゃあ,もうすっかり暗くなったね」

「あっ本当だ…もう暗くなっている…」

窓を見て,そう発していた。いつのまにと思ったが冷静に考えるとさっきのことが頭から離れなくて,夜になっていたことを忘れていたのだ。

「日が長くなったからと言ってやっぱりこの時期は日が沈むのが早いなぁ」

「そうですね。では,長居も申し訳ないのでもう帰ります。あと連絡先教えてくれてありがとうございます。嬉しかったです」

外を見て流石に帰ろうと思った。

「うん。僕も嬉しかったよ…でもちょっと待って」

「あっはい」

私はそう返事をしてその場に待機をした。

「お待たせ」

「着替えたんですか?」

谷口さんは店での衣装とはうって変わって大分カジュアルになっていた。

“これはこれでまたカッコいい”と心の中で呟いた。

「うん。だって夜遅くなったのは僕のせいだから…送っていくよ。女の子1人は危ないからね」

当たり前でしょ。みたいな言い方をされたが,そんなこと今までの人生で一度もなかった。

「いいですよ。それに,そんなに街頭とかない暗いところを歩くわけではないです」

私が帰る道のりは大体が閑静な住宅街でそんなに危ないところはない。それに,谷口さんとこれ以上いると心臓が持つ気がしなかった。

「ダメ。なんと言っても僕は送っていく。なんかあってからは遅いから」

「いや…それは無いと思います。それにそんなに遅く無いですよ」

強めに断ったら引いてくれるかなと思ったが,そうはいかなかった。

「遅いとか遅く無いとか関係ないからね。暗いそれだけだから。それだけで何かあってもおかしくないんだよ」

「そういうものですか?私そんなこと今までなかったのですが…」

「そういうものだよ。女の子は特に」

「はぁ」

感嘆するほかなかった…

「だから,送らせて。それに何かあったら,僕が待たせちゃったからこんなことになったんだって後悔すると思うから僕のためにも送られて」

「いや…本当に大丈夫です。それに,そんなこと思わなくていいですよ」

「思ってしまうからお願いしているんだけど…」

本当にそうな顔をしていて,断ってももうダメだなと思ってきていた…

「お気持ちだけ受け取っておきます。わざわざ,着替えて来てくれて嬉しかったんですけど,申し訳ないなって思って…」

「そんなこと思わなくていいんだよ」

「思いますって…こんな扱い…されたことないので恥ずかしいんですから…」

最後の方は小さい声になっていた。

「そういうこと?気にしなくていいのに…」

「気にしますよ」

「僕はてっきり,家がバレるのが嫌なのかなって思っていたから」

「それはないです。別にバレたところで,谷口さんが何かするような人には見えないですから」

「そう思ってもらっているのは嬉しいな」

「でも,ちょっと家には来てほしくないです」

「そっか…なら家周辺になったら教えて」

これは完全に送っていく流れになっていることに気づいた。

「ところで理由は聞かないんですね」

「聞いて欲しかった?」

「それは,なるべくだったら聞いてほしくはなかったです」

「なら,聞かないよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「ふっふふ…」

「なんで,笑うんですか?」

「なんとなくだよ」

そう受け流されてしまった。

ちなみに,私が今回家に来てほしくなかった理由は,姉がいるからである。姉は勘が鋭いので家に谷口さんが来たら一発でこの人だなと言い当てるだろう。それが嫌だったし,何よりその後に質問攻めに合うのが目に見えているのだ。

「えっと…それで,送ってもらうみたいな流れになってますけど…」

「送るよ。早く店出ないともっと寒くなってくるからね」

4月ももう下旬へとなっていたが,夜になると寒くなる。

「わかりました。お言葉に甘えて送ってもらいます」

そうして私が折れて,結局送ってもらうこととなった。

「じゃあ,帰ろっか」

店の鍵とシャッターを閉めて谷口さんが言った。

「はい。そういえばなんですけど,家遠いです」

「いいよ。大丈夫。夏樹ちゃんが家に無事に帰れるんだったら」

「ならいいのですが…あと本当にありがとうございます」

そうして,私は谷口さんと店を後にした。



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