第8話


「谷口さんは何か好きな作品あるんですか?」

「僕は…う〜んいろんなものがあって悩みますよ。夏樹ちゃんは?」

「私も悩みます。だけど,さっき貸した本は1番大好きって言えるかもです」

「そうなんだ。なら,楽しく読みますよ」

「“なら”ってなんですか?そうじゃなくても読んでください」

「当たり前だよ。夏樹ちゃんからわざわざ借りたんだから」

この人と喋っていると面白い。最近はそう思うようになってきた。けどやっぱり緊張もする。

「そうですよ。感想待ってますから」

「わかってるよ」

そう頷いてニコリと笑った。

「じゃあ,もしよかったら連絡先教えてください」

勇気を振り絞って言った。そのあとは顔を見るにも見れなくて,どうすればいいか悩んだ。その時,一瞬が永遠にも感じ取れたのだ。

しかし,次の瞬間新たにお客さんが来店してしまった。そして,谷口さんはそちらに目を向けて,私との会話が止まった。

「えっと…僕の連絡先ですか?ちょっと待っていてね」と言って私から離れて行って,新たなお客さんの対応へ消えてしまった。

“お客さん来てよかった…”“でも急すぎるのはダメだったよね…”そんな気がしてきて,すぐにでも帰りたい気持ちだった。それでも,『待っていてね』なんて言われてたら待つしかないと考えてしまう私がいて,待ち続けた。

「お待たせ」

そう言って谷口さんは私の前に来た。

「全然待ってないです。それで…」

それ以上は喋るにも喋りたくなくて,言葉に詰まってしまった。

「連絡先のこと?えっと…今日閉店までこのお店に居れる?」

「あっはい。居れるのは思いますが,なんでですか?」

「ちょっと…ね」

少し間の悪そうな笑みを浮かべてそう言い放った。

それを見るなり,頷くしかなかった。

「そうなんですか…わかりました。なら待ってます」

「ありがとう」

そう言って,お客さんたちの対応をしに行った。

“はぁ〜なんて言われるんだろう?”という不安な気持ちになりながら,スマホをいじったり,本を読んで時間を潰した。そして,待ってから2時間ようやく谷口さんが私のところへと来た。

そして冷静に考えた。閉店したということは,お店には誰もいない。そんなこと前にも一度あったけど,それは昼間だった。でも,今日は夕方でもう日はとっくに沈んでいた。そんなの緊張するしかないと思うのだった。

身体全身に力が勝手に入って固まってしまっていた。意識しないようにすればするほど意識してしまう。

「あの〜もうお店って閉まったんですか?」

「うん。閉まったっていうか閉めた。もうお客さんも夏樹ちゃん以外居なかったから。それにごめんね。こんなに待たせちゃって」

「いえそれは大丈夫です。それで,さっきの話のことですが…」

「実は…僕自身お客さんと連絡先交換とかしないタイプなんだ…距離感がおかしくなりそうで…」

申し訳なさそうに私に言ってきたので,“あぁこれはダメだった”と悟らざる終えなかった。

「そっそうなんですね…」

一方心の中では“じゃあ,私待っている必要なくない?”と言っていた。

そうして帰ろうとした時,「待って,続きを聞いてくれないかな?」と私の服の裾を掴みながら言われたので,待つことにした。

この時待ったのはきっと谷口さんがいい人だとわかっていたからだと思う。

「わかりました。続き…があるんですね」

「えっと…結論から言うと,夏樹ちゃんとは交換してもいいかなって思ってるんだ…けど,他のお客さんにはバレないようにしたくて…」

谷口さんは,少し視線を逸らしながら私にそう言った。

「えっ…いいんですか?ありがとうございます」

「うん。いいよ。それに夏樹ちゃんを待たせた理由も言っておきたいんだけど…」

申し訳なさそうな顔をしていたので,聞きたくないなんて気すら起きなかった。

「それはちょっと聞きたいです」

「実は,夏樹ちゃんと話している時に入ってきたお客さんいるでしょ」

「はい。あの人となんかあったんですか?」

「そうなんだよね。あの人はもうオープンしてからずっときてくれている常連さんで良い人なんだけど,僕の連絡先をずっと聞いてきているんだ。それで,夏樹ちゃんと交換しているのを見たら凄いことになりそうだなって思って…」

「そんな理由があったんですか。でも,いいんですか?」

「んっ何が?」

落ち着いて何にも考えていなかったのかどうなのかわからないが,不思議そうにこちらを見つめてきた。

“はっ恥ずかしい。そんな目で見られても…”が私の心の第一声だった。

「私とは交換しても」

「あぁそういうこと。いいんだよ。僕も夏樹ちゃんのこと(連絡先)知りたかったから」

「そんなこと,言われても…返す言葉がありません」

自分で聞いておきながら,我ながら恥ずかしい思いを連発しているのだった。

「ふっふふ。やっぱり,夏樹ちゃんは面白いよ。ところで,電話番号とかでいい?」

笑われたのは少し癪だったが連絡先をゲットすることができたので,水に流すことができた。

「電話番号でいいです」

「わかった…では,僕の番号は080-×××-××××です」

「ありがとうございます。私の番号は070-×××-××××です」

「なんか少し似てますね」

「そうですね…」と2人で笑った。

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