第7話

その夜私は,あることに気づいた。それは,谷口さんの連絡先を未だに知らなかったことである。

聞きたいような,聞いてはいけないようなそんな感じがして,いつも聞けていなかった。だから,今度は勇気を出して聞いてみることにする。

それから数日して,谷口さんのカフェへとやってきた。

「いらっしゃいませ」

「あっ…こんにちは」

もうすっかり常連のテンションになっていた。まぁ,あれだけ話しかけられていたらそうなってしまうのも仕方がないと思う…それに谷口さんにも覚えてもらえてるし…

そんなことを思いながら私は席に案内された。その席はいつもと同じ場所だった。ちなみに,お客さんはまあまあ入っていた。

「今日も1人?」

「そうですが…ダメですか?」

不安になって最後の方は小声になっていた。

「いや,ダメではないよ。ただ,もし遠慮して1人で来ているんだったら悪いなって思ったから」

「そんなことないですよ。私,結構1人行動するタイプなんです」

身振り手振りをして強めに否定した。

「へぇ〜そうなんだ」

谷口さんが,嬉しそうな笑みを浮かべて言った。なんで?とは思ったものの嬉しそうにしていたので気分は悪くなかった。

「はい。そうです…」

一瞬会話が続かず,何をいえばいいのかわからなくなっていた。そんな時私はあることを思い出した。

「あっそういえばですが,本持ってきました。前回持ってきていたのはシリーズの最新巻なので今回は一巻を持ってきました。どうぞ」

そう言って,谷口さんの前に袋を出した。

「ありがとう。覚えていてくれたんだ」

その時の笑顔と“ありがとう”という声を私は未だに忘れることができない。

「もちろんです。覚えていますよ。嬉しかったですから」

「そうなの?迷惑なことしちゃったなって夏樹ちゃん帰ってから思ったんだけど…」

気をつかって持ってきてくれたんだろうなというような顔で谷口さんが言ってきた。

「本当に嬉しかったですよ。この本について話せる人が周りにいないのですから…」

私の顔を見てか,谷口さんは安心した顔をしていた。

「そう?なら楽しく読ませてもらうね」

「はい。感想楽しみにしてます。語りたいので…」

前のめりになりながら私は言った。

「ふっふふ…面白いね。なら,読み終わったら感想を語ろうね」

「なんか恥ずかしいです。でも,語りたいです。それに,私以外の人がどう思っているのかも知りたいなって思ってます」

この人と喋るとこっちが何でもかんでも喋ってしまって恥ずかしくなるなと思った。

「そっか。人によって感じ方はそれぞれだから気になるよね」

「そうなんですよ」

「わかるよ…ところで,頼むもの決まった?」

「えっと…」何故か毎度毎度悩んでしまう。そして「いつものでお願いします」というのだった。

谷口さんは注文を聞くとそこを離れた。

私はそこでよくわからない緊張感から解放されるのだった。

「お待たせしました。いつものです」

「なんですか。それ面白いです」   

少し笑いながら私は言った.

「だって,夏樹ちゃんが“いつものでお願いします”って言ったから。いつものですって答えたんだよ」

「まぁ,そうですけど…」

「でも,こんなこと言えるなんて僕は嬉しいんだよ」

急に話が変えられて少しは驚いたが,それよりも話の内容の方が意味不明すぎて気になった。

「急になんですか?」

「意外とではないんだけど…ここには常連さんがほとんどいないんだ。もちろん,いるにはいるんだけどね,それはご近所さんのおばあちゃん方だったりで若い人はほとんどいないんだよ。だから,こうして来てくれている人がいるのは嬉しいんだ」

「そうなんですか?こんなに美味しいものあるのに,もったいないです」

本当にそう思った。しかし,よくよく考えてみると確かにお店は空いてることが多かったし,お客さんもどちらかと言うと年配の人の方が多かった。それでも,食べ物や飲み物は美味しいし何より谷口さんは普通にカッコいい。だから,私が来た時間がたまたまそうだったのだなと思っていた。

「そんなことない。でも,ありがとう。なんか夏樹ちゃんの顔見ると元気が出て来たよ」

「ならよかったです」

と言ったものの内心は『なんでそんなこと言うのだろう?恥ずかしくないのかな?』と思っていた。言っていることと心の中の気持ちはバラバラだった。

「だから,これからも笑顔でいてくださいね」

「それは,こっちのセリフだよ」

そんなことを言いながら一緒に笑った。

「あの,もしよかったら今日は話をしませんか?」

話はしているけど,すぐに厨房へと戻ってしまっていた。だからなのか,連絡先を聞けなかったのかもしれない。

「いいけど…」

「本当にいいんですか?」

自分で聞いていて驚いた。それは,他にお客さんがいるということもあったけど,それより何より厨房に戻るのは人と話をしたくないのかなって思っていたからだ。

「いいよ。だって,夏樹ちゃんはいつも美味しそうに食べてくれるし,何より話が楽しいから」

「そうなんですね…」

伏せ目になりながら言った。

「ところで何について話そっか?」

「それは…何がいいんですかね。わからないです」

「では,好きなことについてとかどうかな?僕は夏樹ちゃんが何が好きか聞いてみたいなって思ってるんだ」

そんなストレートに言われると「はい」というわざるおえないと思う。

「私の好きなものは,知っての通り本を読むことだったり漫画を読むことです」

「そうなんだ。僕も好きなんだ」

それを聞いた瞬間私のテンションは爆上がりしていた。


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