第5話
『えっ⁉︎何で来ちゃったのだろう』と思い,回れ右をして帰ろうとした。
その時,「待って…きてくれたんじゃないの?」と後ろから声をかけられた。
「あっ谷口さん。こんばんは。気づいたんですね」
なるべく元気に笑って答えた。
「気づくもなにも,夏樹ちゃんが『すぐ行きます』って今日の朝言ってくれていたから今日ずっと来ないかなって待っていたんだ」
「えっ?待っていてもらっていたなんてありがとうございます。だけど,今日はちょっと…」
「ちょっと…?夏樹ちゃん何かあったんですか」
少し暗い顔をしていたのか心配されてしまった。
「いや,そんななんかあったとかではなくて…ただ今日少し疲れてまったので早く家帰ろうかなって思ってまして」
嘘ではなかった。本当に今日は疲れていた。それでも,一つ何かあったとすれば咲のことだと思う。意外と私にあのことが刺さっていたんだと今になって気づいた。
「そうなんだ。お疲れ様」
そう言って私の頭を撫でた。
「ちょっと,やめてください。でも…ありがとうございます」
手を振り払う動きをしてこう言った。私はそんなことをしてもらったことがなく,その時は恥ずかしさとちょっとした嬉しさが混在していた。そして,恥ずかしさのあまり私は下を向いた。
「ごめんごめん。ついつい」
その時に少しはにかんでいた。それを見ると許してもいいのかとしれないという私がいてなに考えてるんだとセルフツッコミをしてしまった。
「なんですか。ついついって」
「それはいいとして,本当に何にもなかったんですか?」
そう話をづらされた。
「なかったですよ。では,今日は帰りますね」
私は矢継ぎ早にそう言い放って帰ろうと歩き始めた瞬間に声が聞こえてきた。
「待って。嫌な思いさせたんだったら謝るから少し寄って行ってよ」
そう言って私の腕を掴んできた。
「大丈夫です。嫌な思いをしているわけでもないですから。手を離してくれませんか?」
「ごめん…でも,僕がそうしたいって思ったんだ」
そう言われてしまっては断るにも断ることができなかった。
「わかりました。少し寄ってから帰ります」
そうして私はお店の中に入った。お店にはまばらにお客さんがいたが,私が前回座っていた席は空いていた。
「どこでも,好きなところに座って」
「はい。わかりました」
そして,例の如く前回もその前も座っていた席に座った。
『はぁ〜流されてしまった。ダメだな。でも…少しだけ嬉しかった』そう思いながらメニューを眺めた。
「夏樹ちゃん。なに頼むか決まった?」
急に背後からそう言われた。
「はっはい。今日は紅茶だけでお願いします」
「紅茶だけでいいの?」
「いいです。それでお願いします」
「了解。では,ちょっとだけ待っていてね」
谷口さんはそう言って,厨房に入って行った。
『はぁ,これ飲み終わったらすぐに帰ろう』そう思い,待っている間は本を読んで過ごした。
「お待たせしました」
頼んだ紅茶と頼んでいないケーキが机に置かれた。
「ありがとうございます。何でケーキあるんですか?」
「それはなんか励ましたくなって…暗い顔してたから。それにもう店閉めるのに残っていたやつだから気にしないで」
「そんな大丈夫ですよ。でも,お金はちゃんと払います」
「いいよ。僕がしたいことだったから…ところで,なんの本を読んでいるの?」
私と目線を合わせるためにかがんだ。
「えっと,これは〇〇って言う本です」
「へぇ〜面白い?」
「はい。とっても面白いですよ。読んでみますか?」
人に本についてあんまり聞かれたことがなかったので嬉しくてこう答えた。
「じゃあ今度お願いするよ。あっそうだそれ教えてくれる代わりにケーキ代はなしでいいかな?」
何かを思い出したかのようにそう言い放った。
「えっと…それでは私にメリットしかなくないですか?」
「そうじゃないよ。僕が両方夏樹ちゃんにしてほしいことだから僕にもメリットしかないよ」
「そうですか…?なら待っていてください」
少し考えて,そう言うならと思いそう答えた。
「やっと,顔色がよくなったね。僕はそっちの方が好きだよ」
「私そんなに不穏そうな顔していましたか?」
「うん。だいぶ不穏そうだったよ。よく顔に出るって言われない?」
「言われないですね」
「まぁ元気になったのならよかった」
ちょっと嬉しそうに言われたので,私もよかったなと純粋に思った。
「はい」
「じゃあ,本楽しみにしているね」
それだけ言い残して,仕事に戻って行った。
そのあと飲んだ紅茶は甘さのどこかに苦さが隠れていて,今の私の心の中を映しているようだった。
紅茶を飲み終えてケーキと紅茶の値段を払って帰ろうとした時,ケーキの値段は返されてしまった。仕方なくそれを受け取って店を出ることにした。
「ありがとうございました。また来てください」
毎回別れ際に見せる笑顔はずるいと思う私だった。
「はい。では,谷口さんは本を楽しみにしていてください」
本の話をするのが楽しみで元気よく応えることができた。
「うん。そうするよ」
私が歩き出して後ろを振り返えるとまだ谷口さんが手を振っているのがどこか嬉しかった。そして、心臓はドキドキと早く鼓動しているのだった。
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