第6話
気が付くと、私は一人で夢の中に漂っていた。昨日まで居たはずの彼の姿は何処にも無い。
身を起こし、ぐるりと周りを見渡す。少し灰色掛かった雲が、空を覆っていて、それが湖面に映っていた。
「眠り人さん?」
私はポツリと言ってみる。返事は無い。立ち上がり、水面が揺れるのをただ見つめていた。
一人はこんなに寂しい物なのか、と私は思う。
私はベットの上で起床し、うるさいアラームを止めた。画面に表示された時刻を見る。朝の準備には、たっぷりと時間をかけることが出来そうだった。
「おはよう」
学生服に着替え、リビングに降りて、私は母に言う。
「あら、早いのね」
母は意外そうに返す。手に持った朝食の皿を、私の座っている椅子の前に置いた。隣に座っている健太は、トーストにかじりつきながら、ずっとテレビを見ている。
「どうしたの?」
私は椅子に座りながら、健太に聞いてみた。
「事故だって。朝から怖いわね~」
母の返事が飛んで来た。健太はずっとテレビを見つめたままだ。
「交差点に停まってた軽自動車に、トラックが突っ込んだんだって」
「ふーん、そうなんだ」
私は受け流すように返事をする。バターをバターナイフで削り取り、トーストの上に塗った。
事故? 交差点?
夢に眠り人が居なかった事を思い出し、私はハッとする。途端に強い不安感が私を襲った。
私はトーストを皿の上へ放り出して玄関へ向かい、足を乱暴に靴に突っ込んだ。靴紐も結ばないまま玄関のドアを押し開く。
「ちょっと、アンタ! どこ行くの!?」
後ろで母の声がしたが、私は一心不乱に病院へ走り出した。
外は曇っていた。私は息を切らせながら病院のガラス戸を引く。看護婦さんが向けてくる驚きの視線も気にせず、階段を駆け上った。
桜場 海人。
あった。
私は、きっと彼は居るはずだと、昨日居たんだからと、そう自分に言い聞かせながら、病室の引き戸を開ける。中に入り、彼のベットまで行って、閉まっていたカーテンを開いた。
居なかった。
「何してるんですか?」
私の後ろで、看護婦さんの怒った声がした。私は振り向きながら、彼が眠っていたベットを指差して言う。
「彼は?」
「桜場さんですか?」
「そうです! 桜場 海人さんどうしたんですか?」
看護婦さんは溜息をついて、言う。
「桜場さんは容体が急変して、今朝別の病院へ運ばれました」
私は口を押さえ、息を呑んだ。
「何処に……何処に、運ばれたんですか?」
看護婦さんは苛立たし気に息を吐いて、言う。
「貴方、桜場さんの親族の方?」
「違います。けど……」
「なら、駄目ですね」
看護婦さんは淡々と言う。
「え?」
「搬送先は親族にしか伝えるな、と親御さん方から言われております。残念ですが、お帰り下さい」
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