第2話

 枕元で鳴るアラームを止めようと、私は手を伸ばす。寝起きでふわふわする頭で手を動かそうとしたためか、私の手は何度も宙を掴み、伸ばした手につられて回転する身体がベットから転がり落ちた。


 ゴツンと私はおでこを床にぶつける。


「……いった」

 

 赤くなったおでこを摩りながら身を起こし、私はやっと枕元のスマートフォンを手に取った。


 アラームを切り、指紋認証でホーム画面を開く。液晶画面に8時15分の文字。


「やッば!」


 私は部屋の隅に掛けている学生服に着替え、昨日の夜、今日の時間割を詰め込んだ学生鞄を持って、リビングへ向かう。


「千鶴~? 起きてる~?」


 階下へ続く階段を降りているとき、下から母が顔を出した。


「アンタ、二年生にもなって遅刻?」

「も~、何で朝ってこんな眠いんだろう」


 髪をポニーテールに結びながら、母に続いて私はリビングに入る。結わえた髪が解けないかどうか、頭を二回ほど横に揺らしてからテーブルの前に置かれた椅子に座ると、母が私の前に朝食を置いた。


「さっさと食べちゃいなさい。お母さんもう少ししたら出るから」


 私が前に置かれたトーストに手を伸ばすと同時に、弟の健太が私の隣の椅子によじ登って、言った。


「おねぇちゃん、遅刻~?」


 私は口の中に詰め込んだトーストを飲み込んでから、得意げに言う。


「大丈夫、おねぇちゃん足速いから」




 息を切らしながら、私は教室に入る。それとほぼ同時に朝のチャイムが鳴った。


「あっぶな……」


 肩で呼吸しながら私は呟く。窓際、私のすぐ後ろの席に座っている琴音が、そんな私を見て言った。


「千鶴、ぎりっぎり~」


 自分の席に向かいながら、私は言う。


「間に合ったからいいの」

「ほほう、才能をフルに使っておりますなぁ」

「そう、母上に感謝!」


 そう言いながら、二人で笑っていると、教室の前の扉が開いて、担任の先生が入って来る。

 朝のホームルームが済み、私はふと、窓の外に目をやった。夢の中の彼が見せてくれた、あの赤いスポーツカーが校門の前の道路を横切って行く。


「……ずる? ねぇ、千鶴ってば」


 琴音の声が、私の意識を呼び戻した。


「あ、ごめん。何?」

「千鶴、今日どうしたの? 何かボーっとして」

「え? ボーっとしてた?」

「自覚無し。もしかして……」

 

 琴音が私を指差して言う。


「恋煩い?」

「はぁ?」

 

 恋煩いの単語に反応して、私の前の席の香菜がクルっとこっちを向いた。


「なになに? 千鶴に好きな人出来たの?」


 目を輝かせながら、香菜は私に詰め寄ってくる。


「何で、こういう話の時だけ興味津々なのよ」

「香菜は恋バナ大好きだからね。で、誰なの?」


 琴音も詰め寄ってくる。私は二人に挟まれる形になった。


「何で琴音まで入って来んのよ~」


 ささやかな抵抗を示してみるが、輝く四つの視線を容赦なく向けられ、私はついに観念する。


「違うよ。夢で男の人に会ったってだけ」


 私が俯きながらそう言うと、二人は可愛らしい猫を見た時の様な、気の抜ける声を上げる。


「すごい! ロマンチック~!」

「それ誰? それ誰?」

「いや、だから……」


 結局、私は質問の雨に一日中打たれ続けることになった。

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