EP9「怪獣、襲来」
「ばぅあーーーーー」
突然背後から聞こえる聞き覚えのある叫び声に三人は振り返った。
振り返った飴ちゃんに抱き着く緑のパーカーを着たぎざぎざな歯がトレードマークの小さな影が意味の分からない単語の羅列を叫んでいる。
「あめぎゃま!おじい!おむつぅううううう。ばぅあ!ばぅあ!!!……あれ?おじい今日は臭くないね。おええええ」
「いつも臭ないわ。お前俺の匂い嗅いだことないやろ。後おじいって呼ぶな。てかなんで”りあ”ここにおんねん」
「ばぅあ!ばぅあばぅあ!ちぇーん!ちぇーん!」
忘れていた。言葉のキャッチボールと言う概念はこの子には存在しないのだ。
通常の会話をキャッチボールに例えるなら相手に向けて言葉のボールを投げ、その相手が自分に返してくる、あるいは返そうとしてくる事によって会話が成り立つのだが、この子は別だ。
相手のキャッチも待たずに、ただひたすらボールを投げ続けてくる。
野球の守備練習のノックさながらの勢いで、すべてのボールが全速力で顔めがけて飛んでくるような、そんな独特なコミュニケーションだ。
「ばぅあ!ばぅあ!!」
「りあ。日本語で頼むわ」
「あいれ!ちぇーん!ばぅあ!なぁんでだよっ」
桜がやれやれと言いたそうな顔で飴ちゃんを見る。
「ん?りあちゃそかそか。お腹すいてるんか」
「「えっ!?わかるん!?」」
少し困ったような笑顔の飴ちゃんと、何故かどや顔のりあをオムライスと桜が交互にみる。
「それならりあちゃさ。うちら今からレストランに挨拶行くんやけど、一緒に来る?うちの手料理ふるまうで」
「はぁん?飴ぎゃま!あいれっ!」
りあは桜の左手の手錠の先を持ちながらきゃっきゃっと嬉しそうに声をあげた。
離すように懇願する桜を尻目に、道を左右に走り回るりあに文字通り右往左往する桜。
大の大人の桜が振り回される光景と言うのも見ていて面白いものがある。
「桜ぁ。ふざけてんと。りあちゃに付き合うのもいい加減にせんと」
「ちゃうねん。マジやねん。マジやねーーーん」
桜もなかなか演技派だなぁ。と頷くオムライスの横で飴ちゃんが少し眉をひそめた。
「りあちゃ。結局一緒に行くんやんね?……ほな、迷わんようにりあちゃはうちと手つないで行こなー」
「はぁ。はぁ……ふぅ」
「桜。喘がんでもろて」
飴ちゃんが見事にりあを御する姿を見て桜がオムライスの目を見つめる。
「……オム俺らも手繋ぐ?」
「えー?桜と?やだ。それならオム一人で歩く!!!」
「もーう。オムったらすーぐ照れるねんからぁ」
振り返って飴ちゃんが騒がしい二人組にじっと視線を移す。
「「はい」」
何も言われていないはずなのだが、二人は無意識に返事をしていた。
「ん。はよいこいこ」
緑のパーカーのりあが何もわかっていない顔で、あいれっと元気よく叫んだ。
「よーし。着いたで。りあちゃは桜と一緒にカウンターで待っててねー」
「飴ぎゃま!ずるい!りあも!ばぅあ!ばぅあ!」
わがままを言いながら暴れるりあを桜が必死の形相で窘める。
「りあ!りあ!何かして待っとこ!な?な?」
「しりとり!!!する!!!」
この言語能力のチビとしりとり……?と不安そうな桜に、オムライスが頑張れーと満面の笑みを向ける。
二人はもう仕事着に着替えており、得意料理(今では店の名物料理となったが)のレシピを店長に教えている。
普段は頼りないオムライスも今だけは頼もしく見えるから不思議である。
飴ちゃんとオムライスの豪華な料理を前に、よだれが溢れるのを隠しきれないりあを見て、桜が不満そうに呟いた。
「飴ちゃんもオムもさぁ。こんだけ料理作れるけどさ、俺もこう見えても料理作れんねんで」
店長に目で合図をした桜がキッチン服に着替えてカウンターの中に入る。
自称自信作であるペペロンチーノを作ろうとした桜がフライパンにたっぷりのニンニクを入れ、火をつけたその時だった。
りあが鼻をクンクンとさせながら、徐々にその表情が期待から憤怒へ変わるのに飴ちゃんが気づきながら体を強張らせた。
「おじいぃぃぃ!!!!やめ!ばかたれっ!臭いっ!」
驚いたように桜がキッチンからカウンターの方回り込もうとする。
その直後に大きな肉食獣のような、いや。例えるなら映画で聞いた怪獣のような大きな叫び声が店内に響きわたった。
その怪獣が両手を大きくカウンターに叩きつける。
その振動で、窓という窓は全て割れ、棚の上にあった調味料の瓶も全て床に落ち、危険を感じ咄嗟にテーブルに身を隠した飴ちゃん以外の3人は壁に身体を打ち付けた。
「オムっ!桜っ!大丈夫か?」
机の山の中から桜と思しき右手が親指を突き上げた。
「飴ちゃん!店長も大丈夫。腰が抜けてるっぽいけど」
カウンターの中にいたオムライスが店長傍で大きく声をあげる。
その様子をみた飴ちゃんが視線を再びりあに向ける。
「りあちゃ!りあちゃ!どうしたん?なんでなん?何があったん?」
大きく咆哮しながら、言葉にならない言葉を発している小さな怪獣が飴ちゃんに向かって訴える。
「……ぎゃま……けの……香水……」
「ん?……あぁ。なるほど。桜のあれがきっかけか。桜を差し出したら逃げれ……る事もなさそうやな。どうしよ」
四人にじりじりとにじり寄るりあの顔はさっきまでの無邪気な、りあのそれとはかけ離れていた。
怒りでいっぱいに見開かれた目は赤く充血しており、小さな口から漏れ出る息は荒く、怪獣のフードの背びれが心なしか発光しているようにも見える。
桜とオムライスが大きな体の店長を店の外に運び出そうとそろりそろりと動き出している。
「りあちゃ?りあちゃの気持ちは分かるけど。今は落ち着こ!な?うちも経験あるからわかるで?な?」
「…………」
りあからは何も返事は返ってこなかった。返事の代わりのように大きく息を吸い込み、同時に前に踏み出したりあの足に力が入っていくのが見て取れた。
気を引こうとしたのが逆効果になったようで、りあの体は今まさにドアから出ようとした3人の方を向いていた。
再び店内に咆哮が響き渡り、直後にりあの尻尾のなぎ払いと共に、大きな風圧が4人を襲う。
店長とオムライスは外の壁に身を隠せたのだが、桜はまともに受けてしまったようで、大木に身体を打ち付けられて気を失ってしまっているようだ。
遠くから見ても桜がうなだれているのが見て取れる。
飴ちゃんに背を向け、桜の方に歩みを進めるりあの背中は、さっきまでのりあよりも何倍にも大きく見えていた。
「桜っ!さくらっ!くっそ。こうなったら……りあちゃ。ごめんっ」
飴ちゃんは体が無意識に震えるのを押さえながらは傍にあった大きな瓶を思い切ってりあの頭に叩きつけた。
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