EP8「ジリ死す!?決闘スタンバイ!」

数週間経ち、この街で集められる情報と資金はあらかた集まったと判断した6人はこの街を出る事を決めた。

「どこ目指す?うちはとりあえず北でいいかなって思ってるけど」

「北?北ってなんかありましたっけ?”シュライエン教”の本部は東ですし……」

シュライエン教の本部はここから東にある地元人でも避けて通ると言われる魔境、”チャンキョの森”を超えた先にある大きな港町”ヒースピヤ”の中にあると言われている。

「いや。勘。慶次なら北に行きそう」

「飴ちゃん。北に向かうのは多分ケンシロウやわ。いやジュウザかな?」

「いや。その話掘り下げんでええんすよ。雲のように生きんといてください」

「一度今まで集めた情報の整理をしませんか?」


今のところ有力な行先候補はシュライエン教の拠点のあるヒースピヤだろう。

桜の服屋での件から始まり、原初の月”クラーロ”の女神を信仰していたハピセー教を調べれば調べるほど、2つ目の月”フォンセ”を掲げるシュライエン教の胡散臭さが際立ってくる。

フォンセを掲げ、生物の進化を促す神の月であると説いている教祖である『ニージュ』の出生も生い立ちもすべてが謎に包まれている事もいかにも胡散臭い。

日本に戻るきっかけになるかどうかはともかく、この世界の歪みに最も近い所にいる事は違いない。

もうひとつ手掛かりがあるとすれば、南の街道の先にある大都市”ソーエン”である。

ソーエンの大教会であれば、ここには無かった11分類の書物や、古い文献等から情報を得る事が出来るかもしれない。


「地理的にソーエンを通ってからヒースピヤに向かっても遅くないと思います」

咲が目を輝かせながら提案する。

「あー。ケモ耳、生で見れるもんねー」

「……」

あーあ。折角スルーしたのに。と心の中で思いながら、皆が呑気なオムライスと耳まで真っ赤になっている咲を交互に見る。

「……うーん。慶次なら南に行くやろし。やっぱ南やな」

「沖縄にもいってたもんな」

「飴ちゃん。最初言ってたのと逆っすけどね。でもまぁ情報を得てからの方がいいとは俺も思います」

「……ぴのちゃ。このサイズの街でも何回も迷子になってたけど、ソーエンなんか行っても大丈夫そ?」

「まかしときぃ!そん時は今までみたいにこれ使うー」

ここにきてから何度使われたか分からない鈍く光るコインをぴのがこれ見よがしに見せつける。

「いや、コインで俺らと合流できるってどういう理屈やねん。どうなっとんねん」

桜がいつも通り軽快に突っ込みながら左手でぴのの肩を小突く。

それに呼応し手錠がゆらりと揺れて、ニッケルの金属の面が無機質で寒い色を放った。

もはや見慣れた光景である。突っ込む人はもう誰もいない。

意図したわけではない一瞬の沈黙が訪れる。

「……ほんとにどうなってるんでしょうね」

小さく呟いたジリの声がやけにざらついて耳に響く。

数拍今度は計ったような沈黙がおき、オムライスが不思議そうに皆の顔を覗き込んだ。

「とりあえず、どっか行くんなら太郎とお別れしてくる!」

「「誰やねん」」

「ぴのさんの仲良しのネコっすね。こないだ一緒に猫缶食おうとしてましたよ」

ジリが皆に説明した時にはぴのの姿は消えていた。

「じゃっ。とりあえず、今日は皆いろんな人に挨拶だけ行こか。うちも流石に店長に挨拶してレシピ教えとかんとあかんしなぁ。出発は明日の朝でええよね。桜、オム行くでー」

飴ちゃんがオムと桜を引きずっていく。

3人のでこぼこな影が遠くなるのを見送って、ジリと咲は踵を返した。

今では見慣れてしまった教会への道筋を歩く。


「…………」

「…………」

歩幅の違う二人の靴が砂を噛む音だけが鳴っている。

「「あのー……」」

「「あっ。先どう……」」

どちらともなく話出し、どちらともなく押し黙った。

気まずい沈黙をかき消すように咲が話し始めた。

「では私から失礼しますね。ぴのさんのコインの話なんですけど……どう考えてもおかしくないですか?」

咲がそう思うのも、もっともである。コインの裏表で正しい道のりを歩くことなど出来るはずが無いことは子供でも分かる事だろう。

仮にぴのが想像を絶する豪運の持ち主だったとしても、それだけでは道理は通らない。

例えば目的地に着くまでの曲がり角を曲がる時に、コインで決めるとする。一度の裏表でわかるのは右か左か2つに1つだ。その1回ならば偶然にも正解の道が選ばれるのも理解できる。

しかし、曲がり角を曲がる回数が例えば10回ともなると、2×2×2×……で1024通りだ。

だとすると、ぴのはそんな奇跡を(……把握できているだけでも)何十回も起こしている事となる。

その異常性はジリも理解しているようで

「……これはあくまで俺の仮説ですけど。前、話してた、ここがゲームの世界って話。俺はあながち的外れでも無いと思ってます。まぁ皆に言うても信じてもらえなさそうですけど」

「それ、私も思ってました。そうだとしたら、私たちが現実世界から持ってこれた物にも、何か意味があるのかも知れません。タブレットにもヘルメットにも……コインにも」

「……手錠にもっすかね」

ジリが、はっと何かに気づき口を開こうとしたその時だった。

遠くで大きな爆発音が響き、黒煙が上がったのが見えた。

「あれは……教会の方向!?」

「咲さん、急ぎましょう。なんか嫌な予感がします」

ジリの声に頷き、二人は教会の方向に駆け足で向かった。


教会のあった場所には、山積みの瓦礫とごうごうと燃える炎だけがあった。

空に向かい黒煙を吐く炎に辺りは明るく照らされていた。

教会の人たちはもうどこかに避難しており、誰も見当たらなかった。

「誰も……いませんね」

「もう避難したんでしょうか……あっ」

ジリが何かに気づき、瓦礫の山に向かって走り出した。

そこには足を挟まれ、頭から血を流した一人の少女が倒れている。

ジリが瓦礫を持ち上げ、咲が少女の脇を抱えて石の山から引き摺りだす。

年齢は高校生位だろうか。端正な顔立ちに不釣り合いな右目の眼帯。黒い軍服に身をまとったその少女にジリが話しかける。

「君……大丈夫?」

「んんっ……だ、大丈夫。こんなはずじゃなかったのに……」

咲が少女の血を自身の服で拭い、優しく話しかけた。

「ここで何があったの?お父さんお母さんは?」

軍服の少女はふらつきながら額から流れる血をぬぐい、しゃがみこんだままの二人を見下ろした。

「別に助けてくれなんて頼んでな……っ!?」

二人の顔を見た少女は一瞬息をのみ、とっさに右手を左腰のホルスターにあてがい、こちらに鋭い眼差しを向ける。

「お前ら……なんでここにいるっ!!……もうバレたん!?2対1ならこっちに勝ち目は……いや。絶対輪廻なら……」

にやりと笑みを浮かべる少女に戸惑いを隠せない様子のジリが及び腰になる。

「え?いや、何言ってるんすか?絶対輪廻?それは何の遊びなん?俺らはただ……」

そこまで言ってジリは何かに気づいたように目を見開く。

「その軍服、眼帯、お前もしかして……き」

辺りを切り裂くような3発の激しい破裂音と共に、ジリの言葉はそこで途切れた。

少女の右手には銃口から煙のあがっているコルトガバメントが握られている。

「ジリさんっ!」

くったりと力を失ったジリの体から広がった、おびただしい量の赤黒いシミが土に染み込んでいく。

「いやあぁぁああああああああああ」

厳かで静謐な空間の中、咲の悲痛な叫びが響き渡る。

崩れた教会の奥から覗く神像が無表情で二人を見つめていた。



「えっ。めっちゃ痛っ!!!!」

むくりとジリが起き上がる。

「えっ?生きてるんですか?え?」

「いや。俺に聞かれてもわかんないっす。頭撃ち抜かれて死んだと思ったんすけど……てかお前やっぱ”きら”やん!」

ジリの予想通り彼女は配信仲間であるきらだった。軍服、眼帯はアプリ内でのきらのトレードマークだ。

ツッコミと共に土にしみ込んだはずのジリの血液がジリの体に戻っていく。

「あ……バレてたかやっぱり。…え?砂利もっかい死んどく?」

「誰がジャリや。部活帰りにコンビニ行く?みたいなノリで殺すのやめろや」

ジリがこの世界に来て一番の大声でテンション高くきらにツッコむ。

二人の漫才を遮るように咲が一歩前に出た。

「きらちゃん。なんで……その。ジリさんは生き返ったんですか?」

「きらの絶対輪廻アブソルリィンカーネーションの能力のお陰。殺しても殺しても強制的に生き返る能力……拷問にはもってこいやん?」

「能力?あ、、あぶそるりぃんかーねーしょん?なにそれ?」

きらは不気味な笑みを浮かべながら愛しい恋人にそうするようにコルトガバメントの銃口にキスをする。

「高校生にもなって中二病かよ。略したら絶輪かよ」

ジリは自分達以外に仲間と出会えた喜びで思考を放棄し、能力についても、自身が生き返った事についてもなにも咎める様子も無い。

咲がひとつため息をつくと

「きらちゃん。色々と教えてください。ここではなんだから、場所を改めて」

食い下がる咲に被せるように

「きら、ちょーっと急いでるんよねぇ。”りあ”ちゃんにさぁ。しりとりするから早く帰って来いって言われてるからさー。んじゃそろそろこの辺で。あ、スモークグレネード良かったらどーぞ」

言い終えるか否かのタイミングでピンの抜かれたグレネードをこちらの足元にぽいっと投げながら、くるっと回れ右をして、走り去ろうとする小柄な背中が見えた。

「ちょ待て待て待て。けむっ。え?え?え?りあってなんやねん。他にも誰かおんのか?てか俺は何で生きてんねん!おいっ!きらっ!説明しろ!」

次の瞬間、きらの足元に突然大きな氷柱がせり上がり、彼女の姿を高く上まで運んだ。

肌を刺すような冷気と共に現れた少女がきらを受け止め、氷柱の道を優雅に滑っていく。

少女は猫耳パーカーにメガネをかけており、その姿に二人は既視感を覚えた。

「また見覚えのある人……でしたね」

「どんだけ来とんねんここに。……あの人がいるって知ったら絶対ヘラるんで、桜さんには教えんときましょうね」

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