EP6「成果報告1」
「じゃっ。ほなまた宿集合な」
「わかりました。お気をつけて」
3人が買い物を終え、上機嫌で歩きだす。
「服あって良かったなぁ。これで咲ちゃんも、ネグリジェ卒業やな」
飴ちゃんが嬉しそうに話す。
なんだかんだいっても新しい服に1番喜んでいるのは飴ちゃんかもしれない。
「服があるのに、そのサイズが売れるのは久々って言うてたよなぁ」
桜は歩きながら決めポーズのように顎に手を当てる。
初めのうちはおどけたようにカッコつけていた桜だったが、2人が完全スルーを決め込む様子を見て諦めたように真顔になった。だが、そのうちその表情もだんだんと深刻みを帯びてゆく。
「変よな……どう考えても変やな。ちょっと飴ちゃん、オム待ってて」
桜が踵を返し、先程の店に入る。飴ちゃんも何かを考えるように俯いて双眸を暗く光らせた。
「はくら。ほぉーふぃたんだろ」
「いや、分かれや。てか買い食いすな。皆の金やぞ」
呑気なオムライスが喉を大きく鳴らし、フランクフルトを飲み込んだ。
「飴ちゃんも食べる?」
その手にはホットドッグが握られている。サイズ感が明らかにおかしいのにも関わらず、オムライスは普段と同じようにかぶりついたらしい。口の周りには血のようにケチャップがつきまくっているが、いかんせん鼻の頭にまでついているので、恐ろしいというよりはひたすら滑稽である。
「いらんわ!」
飴ちゃんの威勢の良いツッコミとともに、オムライスの手からホットドッグがぼとりと地面におちた。
「あ…………オムの……」
食べかけのホットドッグの無惨な様子を食い入るように見つめ続けるオムライスの後ろから、桜が息を切らしながら戻ってきた。
高々数メートルで息を切らし、身体の老化が窺える。
「はぁはぁ……はぁ……はぁ」
「喘がんでもろて」
「ちゃうねんwwww」
桜が息を整え、話し始めた。
店主によると、異変が起きたのは2ヶ月程前かららしい。
太陽神の末裔であると信じられている現行の王を頂く、王侯貴族であるビーチェン派。
月に住み世界を見守っているとされる女神を信仰し、女神の言葉を聞く教皇を旗印にする一大宗教であるハピセー教。
国教と女神教による大きな宗教戦争があり、世界が大きく二つに分かれた。
その後、太陽も月も登らない日が三日続き、神の逆鱗に触れた、世界の終わりだと大騒ぎになった。
あくる日、太陽は眠りから覚めたように空に顔を出し
その夜、突然月が2つになった。
同時期にこの世界の生物が大きくなり始めた。
この世界の人間も元々は自分たちと変わらない背格好で、服のサイズも同じくらいだったらしい。
大きくなり始めてから、衣服、住居、食事を始めとし、あらゆる物の需要が高まった。
インフレが高まり、貧富の差が広がり、スラム街のような場所もできた。
ハピセー教は混沌と化した世界の統治が出来ず、次第に力を失った。
スラム街には弾劾から逃れたハピセタン達が隠れ住んでいるという。
ハピセー教の壊滅と同時に怪しげな新興宗教も流行りを見せた。
見たか?これが俺の底力やで。と桜が得意げにオムライスを見ながら補足した。
「んで、他には何かわかったことないん?」
飴ちゃんの質問に桜は身振り手振りを交え答えた。
「いやさ、聞こうとしたんやけど……」
桜が話を戻す。
「スラムってどこにあるんですか?」
「そこの角を曲がってまっすぐ行ったところにある、イッタン・ガチカ通りがそうだよ」
桜は腕組みをしながら追って質問をする。
「あと、新興宗教の名前って、」
桜が言いかけたところで被せるように
「ところであんた……どこから来たんだい?この国の人じゃないだろ」
店主の視線が無遠慮に桜の体を這う。
問い詰められるとボロがでると考え、桜は逃げるように店を後にした。
「なるほどな。そういう難しそうなことはジリ組に任せて、うちらはどうやって生計を立てるかを考えなな」
「とりあえずご飯は毎日食べたい」
桜もオムライスに同調するように頷く。
「二人前で皆の分の食いぶちは足りそうやけどな」
確かに昨日の食事を思いだすと桜の話を裏付けるかのような料理の量だった。
「やとしても先立つものが足らへんよな。まずは金やな。どうやって稼ぐか……」
「え?ぴのがいっぱい持ってるやん」
危機感のかけらもない声でオムライスが革袋を持ち上げた。
「あいつは究極手段やろ。ぴのに養われるとか日本に帰った後にネタにされるのがみえみえで不愉快やわ」
「現状バッチリぴのちゃのヒモやでうちら」
桜が明後日の方向に視線を逸らす。
オムが突然思い出したかのように顔をしかめた。
「ていうかさー。昨日のご飯まずかったー。味付けがレパートリーなさすぎるー」
「あれ全部ソースかけただけやろ。あれならうちの方がおいしく作れるわ」
「あ、あれ美味しかったー。なんやっけえーっと。また食べさせてくれるっていってたやつ」
「ピーマンの肉詰めか」
「あれはピーマン抜きでいいよ」
「肉だけほじくられる作った側の気持ち考えよか」
黙って聞いていた桜が開いた左手に右手の拳を押し付けた。
チャリッと手錠が揺れて光をキラキラ反射する。
「それや!『飴ちゃん異世界食堂~ミシュラン5つ星~』や!」
「「は???」」
お前はこの世界の美味しんぼにならなあかんねん。あれやん。いわゆる現代知識チートで無双せな!と意気揚々と話しながら桜が飴ちゃんの背中を押して、近くの準備中の札のかかっているレストランに半ば強引に入り込む。
まだ準備中だよ。と言っている店主の言葉を遮るように桜がグイっと飴ちゃんを押し出した。
「あの!とりあえず、何も言わんとこの子に料理させてもらえません?」
「お前こういう時だけコミュ障じゃ無くなるんなんやねん」
ため息をつきながら飴ちゃんが桜を睨んだ。
「オムもオム作る!」
「オム、ボケは今いらん!」
「ボケちゃうもん!オム作れるし!」
戸惑いの色を隠せない店主を半ば強引に頷かせる事に成功した。
カウンターの中の飴ちゃんはせっせかと何かを作っている。
「ナツメグ……はさすがに無いか。あ、おじさん、牛乳と卵はある?」
さすがコミュニケーションの怪物である。あっという間におじさんを顎で使う。
出来上がった料理を前にして、店主は思わず唾を飲む。
ー後々編集にて食レポ入りますー
「よしっ。どうぞ!おじさん食べてみ!」
一口食べた店主が大声で叫びながら両手で引き気味の飴ちゃんの手を力強く握った。
どうやら契約成立のようだ。
「じゃあ次はオムのオムライスを……」
「オム?」
「……はい」
味をしめた店主がしょんぼりとしているオムライスに、とりあえず作ってみるかい?と優しく話しかける。
オムライスは目を輝かせながらキッチンに入った。
完成した理想の特製ふわふわオムライスを目の前にし、オムライスが惜しそうに店主に自分のスプーンを差し出す。
この世界のスプーンで食べられるとどう見積もっても半分は食べられてしまうのが嫌なのだろう。
結果を言えば、無駄な抵抗だったようだ。
店主の大口に一気にかきこまれる特製ふわふわオムライスを情けない顔で見つめているオムライスは喜色満面の笑みで自分の手を握る店主に諦めたように微かな笑みを浮かべた。
明日からよろしくね。と嬉しそうに三人を見送る店主を背に、三人は本日の収穫を持ち宿に戻るのだった。
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