EP2「月は東に日は西に」
「なるほど。皆が配信始める前の状況は大体わかったわ。とりあえずオムは一旦スプーンなおそか」
「わかった!……ほんでここどこなん?」
周回遅れのすっとぼけた声に相変わらず表情の沈んでいる桜がため息をつく。
「いや、今なん?それ。遅ない?」
「えぇ!?みんな分かってんの?ここどこか?」
「ちょっとオムライス。黙ろか」
きょとんと全員の顔を見渡した彼に、飴ちゃんが半ば呆れ気味で肩を竦めた。
「うん」
オムライスがこくこくと頷きながら両手で口を塞ぐ。
静かに聞いてたジリが口を開いた。
「なるほどな。つまり今みんなが持ってんのは、配信をスタートした時に手元にあったもんなんか。んで、桜さんは趣味の手錠と」
「えぇ!?あぁ。……もう、いいや。趣味です」
おおげさに肩を落とした桜を省みることも無く、飴ちゃんがポケットを探りながらジリを見やる。
「他に何かもってるもんないん?うち、スマホもタバコも無くなってるわ」
「そっすね。わんちゃんスマホあったら場所調べれそうですもんね」
そう言いながらポケットを探るジリもヘルメット以外は無さそうな様子だ。
咲が小さく手を挙げた。
「あの……私タブレット持ってます」
状況を全く把握出来ずに、ずっと口を両手で塞いでいるオムライス以外の皆が一斉に咲の方を見る。
「でも……圏外、ですね」
「「何のための5Gやねん」」
飴ちゃんと桜が同時に言った。
「とりあえず皆、今あるもの出しませんか?」
ジリの提案に皆が銘々手元の物を差し出す。
ジリはヘルメット、咲はタブレット、飴ちゃんはオイルライター、オムライスはスプーン、桜は手錠の付いた左腕。
思った通り統一感は全くない。現状使えそうなものも特にない。
「物の見事になんっもないな」
ジリが諦めたように声を上げる。
「なんでみんなもっと使えそうなもん持ってこんかったん。もっとなんかあったやろ。オムもスプーンて……いや、あんたになんも期待してへんけどやな」
飴ちゃんがため息をつく。ニコチンが切れてきたためか、イライラと右手で太ももを小刻みに叩いている。
「いやでもこの状況で使えそうなもんって逆に何?」
「方位磁針とか非常食とかちゃう?今この状況で使えそうなもんって……飴ちゃんのZIPPOくらいやもんな。でもさ森ん中ってなんかわくわくせぇへん?じゃあ皆で一緒にー?配信ー?……最高っ!!」
「……だいたい桜さんが一番使えないんすよ。手錠ってなんすか?」
冷たい声色にグッと言葉に詰まった桜が拗ねたように俯く。
口を塞いでいたオムライスもポケットのスプーンを見遣り、しょんぼりと肩をおとした。
「……とりあえず暗くなる前に移動しませんか?」
咲の言葉に頷き、飴ちゃんが歩き出す。
「ちょいちょい、どっちに行ったらええん?」
飴ちゃんの疑問ももっともだ。
周りを見渡しても、目標になるような建造物どころか、人影も見当たらない。
「太陽を目印にして、その方向にとりあえず進みましょ」
ジリの言葉を封切りに皆が歩き出した。
明るかった森が徐々に太陽の光を失っていく。
遠くで聞こえる獣の遠吠えが5人の心を、より一層不安にさせる。
時折ガサガサと茂みの音がする度に、オムライスが小さく「うおっ」と声を漏らした。
最初はぽんぽんと軽快に交わしていた会話も、暗くなっていくにつれてトーンダウンする。
ぽつりぽつりとお互いを鼓舞するように、沈黙を恐れるように上がっていた声も、少しずつ力を無くしていた。
「なぁ……あれ見てや。おかしない?」
沈黙がしばらくつづいたあと、飴ちゃんがふと声を上げた。
指さす方向を見ると、月がある。
木々のあいだに少し顔を出した、まだ少しぼんやりと輪郭を表しただけの白い月。どうみても普通の月だ。いつもの見慣れた夜の景色だ。
ただ、どうしても目を引きつけるその異様な光景に、5人は息を飲んだ。
白い月。夜空にたたずむ、控えめな月。
けれど何度見返しても、そこにある月は1つでは無かった。
右側の月は少し大きく、皆の知っている月の鏡写しのような姿をしている。
薄々感じはじめてはいたが、皆の心に小さく残っていた希望を打ち砕くにはそれは充分な景色であった。
まるで体が平衡感覚を失ったような、足元の地面が沈んでいくようなその感覚は夢の中のようで、いつまでも続く途方もなく長い道のりを歩いているような、どうしようもない心細さに全身から汗がひいていくのがわかる。
やはりここは異世界のようだ。ライトノベルで見るような、ゲームの世界の中のような。
そんな信じ難い非日常。
日本じゃない。
地球ですらない。
足元を見れば、土がある。この足でしっかりと踏みしめている。見渡せば沢山の木がある。幹が太く、地面に広く根を張っている。風がある。葉をざわめかせ、髪を揺らして吹き抜ける。
けれど、月が2つある。
それだけで、もう何もかもが違うのだ。
皆の目の中から希望が消えていくのが分かる。
諦めと焦燥がどっと襲いかかってくる。
足元に鉛を括り付けられたように皆の歩調が緩慢になる。
夜の帳も降りきり、視界から光が奪われる。
目印にしていた太陽を失い、唯一の灯りを辿り、見上げてみても異様な月が5人を嘲笑う。
静寂が辺りを包み込み、きーんと耳の中で音が響く。
最後の頼みの綱である聴覚すら、信じられない。
歩かなければ何も変わらないのはわかっている。
だが誰一人として足を前に出そうとする素振りすら見せなかった。
飴ちゃんは部屋に残している開けたばかりのバージニアロゼを思った。
桜は昨日見ていたアダルトサイトの履歴の消し忘れを悔やんだ。
ジリは最後に愛車に跨がれない事に深くため息を吐く。
咲は自身のネグリジェ姿を見下ろし、お遊戯会みたいだと揶揄されたワンピースの方が良かったと後悔する。
オムライスは白いお皿の特製ふわとろオムライスを思い出し、眉を下げる。
(お腹減ったぁ)
直後にオムライスのお腹が獣の唸り声のような音を出した。
それに呼応するかのように、傍らの茂みが小さく揺れる。
皆に一斉に緊張感が走り、思わず身構える。
スプーン、オイルライターを構えた2人が少しずつ後ずさりして行く。
ガサッと大きな音がして、5人は思わず目をつぶった。
ここで、終わるのか。
場違いな聞きなれた声が響いた。
「あれ?やっほー!」
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