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木花 桜

EP1「ここ、どこ…?」

「なにこれ。どこなんここ」

飴ちゃんはイラついた様子で、自分の膝を指で叩きながら呟いた。

「いや、もうわからんって。あぁ!もう!さくこういうとこ無理っ!飴ちゃん助けてって!」

「はぁ?桜。今そういう時じゃないのわからん?」

飴ちゃんに冷たく言い放たれた桜の表情はさっきよりもさらに暗くなっていた。

直後にすっとんきょうな声が響き渡る。

「あれ?オムのオムは!?」

マイペースなオムライスを尻目に飴ちゃんが再び口を開いた。

「てかさぁホンマにここどこなん?」

周りを見渡すと、どこかの森の中である事だけは間違いないようだ。

ジメジメしていて、額にうっすら汗が滲む。

むんっと立ち込める草煙いの匂いが嫌になる。

足元はぬかるんでおり、スニーカーには泥がびっしりと塗りたくられている。

大量の羽虫の音と、皆の息遣いだけが聞こえる。

皆が不安になる中ジリがボソリと呟いた。

「皆、なんでそんなもん持ってここに来たんやろなぁ……特に桜さん」

皆が一斉に桜の手元の手錠に目をやる。

よく見ると片方が桜の左手にかかっていた。

「いや、ちゃうねん。あのさ。これは別に俺の趣味とかじゃなくて、その。家にあった手錠をさ。その…」

だんだんと尻すぼみになる声に、飴ちゃんがしらーっとした顔で目を細める

「……そ、そんなことより、まずは皆がここに来た時の事思い出してみませんか?」

耐えきれない雰囲気に声を上げた咲に、桜は救われたように安堵の表情をうかべた。



「よっしゃ!オムがオススメしてくれたゲーム!今から皆で同時配信するで!っと」

仕事が終わり家に着いた飴ちゃんが、開けたばかりのバージニアロゼに手を伸ばし、久しぶりの配信予告の更新をする。

「皆、準備出来てるかなぁ?」

ラフなTシャツ姿の飴ちゃんがバージニアロゼに火をつけながらヨギボーに座り込み、メッセージアプリを開く。


『みんな。準備できた?飴ちゃんはバッチシやで!( ᐛ)』

すぐに既読が付いて返信が画面に表示される。

『おk』

予想通り最速の返信は桜。返事はこれだけなのに、直後に次々と桜から通知が届く。

[木花 桜さんが3件のあなたのツイートをいいねしました]

[木花 桜さんが@ツイートをいいねしました]

相変わらずSNSに張り付いているようだ。

『待ってーオムご飯!』

数拍おいて、オムライスからのメッセージ。内容もおかしい。こいつはどうせ遅刻だな。端末を卓に置くと常温のペットボトルを傾け喉を湿らせる。

『俺もー』

『準備OK』

『わいも準備できたー。オムさん、ゆっくり食べてていいよー』

『待って!オムも行く!』

連続する通知音にキリッと頭が痛む。

「じゃっ。配信スタートっと」

ポピンッ。


「このメンツで俺だけめっちゃ浮いてない?」

セブンスターに火をつけながら、今日初めて桜が体を起こす。

『まちゅまちゅまちゅー』

『かまってかまってー』

『未読15件は流石にヘラる』

『俺の事嫌い?』

恒例のメッセージを連投する。

すぐに既読がつき『ヘラんな』

とだけ来た返信を満足そうに見つめる。

部屋には煙草と電子機器だけが溢れている。

上半身裸で居たため、クーラーの冷気に耐えきれず、やむなくパーカーを着る。

「あ。これトゥイッターのネタになりそう」

部屋にあった手錠を左手にかけ、写真を撮る。

ハッシュタグはもちろん#匂わせ投稿ごっこ。

「あ、配信予告忘れてた。でもアプリももうダウンロード終わるよなぁ」

オムライスに教えられたアプリのダウンロード完了音と同時にメッセージが届く。

『みんな。準備できた?飴ちゃんはバッチシやで!( ᐛ)』

タバコの煙を吐きながら、片手で端的に返信をする。

『おk』

次々と皆の返信が表示される。

『待ってーオムご飯!』

『俺もー』

『準備OK』

『わいも準備できたー。オムさん、ゆっくり食べてていいよー』

『待って!オムも行く!』

通知をオフにしていた事に心底安心しながら、配信の用意を始める。

「あれ?俺まだ手錠つけっぱやん。……いや、まぁええやろ。逆にネタになるわ」

ポピンッ


仕事が終わり、自分の部屋に戻り、質問箱の返信を一気にすませるジリ。

左手にはさっきまで使っていたヘルメットを持っている。

ゲーミングチェアでPC配信とは我ながらいい環境だと改めて思う。

今日は、オリンピックの時とは違うメンバーでの同時配信。

少し緊張した面持ちでヘルメットを机に置く。

ライダージャケットを脱ぎ、乱雑にゲーミングチェアにかける。

「あー。あんまりこんといてやぁ。俺はゆっくり配信すんねん」

独り言で冗談を呟きながら、配信の準備をする。

卓上の携帯に目をやると、メッセージが届いた。

『みんな。準備できた?飴ちゃんはバッチシやで!( ᐛ)』

『おk』

『待ってーオムご飯!』

相変わらずマイペースなオムの返信に突っ込むか迷いながら送信をする。

『俺もー』

あれ?このままだと俺もご飯を食べたがってるやん。と思い、続けてメッセージを送った。

『準備OK』

これでいいやろ。

『わいも準備できたー。オムさん、ゆっくり食べてていいよー』

『待って!オムも行く!』

自由なメンツやなぁ。

ポピンッ


まさかibisPaintや、ゴルフ以外のゲームを配信でやるとは思わなかったなぁ。

なんて事を考えながら同時配信の用意をしている。

いつもより少し早めにお風呂を済ませたためか、ほんのりホワイトリリーの香りが漂っている。

「爺や。風呂上がりのホットワインはまだ?」

当然返事は帰ってこない。姉であるケツが「そんなんおらんやろっ」と聞こえるか聞こえないかの声で突っ込む。

件のゲームのダウンロードも初期設定も済んでいる。

ピンクのネグリジェを身にまとった私ってやっぱりお姫様みたい。

なんて思いながら毎日恒例の姿見の前でのモデル立ちを決める。

机の上には空けたままのカクテルが置いてある。

今日も当然年確はされた。

いつも配信する時に使うタブレットではなく、アプリの都合で今日はスマートフォンでの配信だ。

今日昼間に買った黒烏龍茶の体脂肪を減らすと書いたシールを丁寧にタブレットに貼る。

スマートフォンがメッセージの通知を受け取る。

『みんな。準備できた?飴ちゃんはバッチシやで!( ᐛ)』

『おk』

『待ってーオムご飯!』

『俺もー』

『準備OK』

「わ、い、も、じゅ、んび……」

皆よりワンテンポ遅れて返信をする

『わいも準備できたー。オムさん、ゆっくり食べてていいよー』

『待って!オムも行く!』

膝の上のタブレットに目を落とし、体脂肪取れるかなぁなんて思いながら配信をスタートした。

ぽぴんっ


『じゃあね!また来てくれたら、私は刺さって飛んでいきます!』

ふぅ。

オムライスが整頓された部屋で1人小さくため息をついた。

床には課題の用紙が散らばっている。

拾い集めながらオムライスは呟く。

「あーあ。お腹減ったなぁ」

言い終えるかどうかのタイミングで輪唱のように腹がなる。

黒い机の上に白いお皿を思い描き、頭の中で1番美味しそうに見えるメニューを考えた。

「うん。やっぱりオムライスしか勝たんなぁ」

リビングに移動し、冷凍庫の中から作り置きしてあったチキンライスを取り出す。

レンジのボタンはよく分からないから、いつも『おすすめ』

フライパンにバターを落とし、よく撹拌し、マヨネーズと混ぜた卵を用意する。

「うん。今日もふわふわに作るぞー」

フライパンの上のバターがぱちぱちと音を立てたのを合図に卵をフライパンに流し込む。

「あー。ふわふわぁ」

スマートフォンがピコンッと音を立てる。

慌てて画面を見ると、飴ちゃんからだ。


『みんな。準備できた?飴ちゃんはバッチシやで!( ᐛ)』

『おk』

「えっえっえっ。まだ出来てないのに」

焦りながら返信をする。

『待ってーオムご飯!』

『俺もー』

『準備OK』

『わいも準備できたー。オムさん、ゆっくり食べてていいよー』

「そんなん!……そんなんやん!」

急いでフライパンの卵をチキンライスにふんわり乗せる。

とりあえずまず雑談からで、途中からゲームに入ろうと決めた。

『待って!オムも行く!』

「よしっ。味見っ!」

ぽぴんっ

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