俺は何も託されない


 その日、アガサは力を取り戻した。

 厳密に言えば、最初から手元にあったものがすべて使えるようアンロックされたという感覚が正しいだろうか。


「この感覚……ずいぶん、久しぶりだ」


 アガサは斬撃渓谷の底から飛びあがり、雲のうえの天空にて、胸いっぱいに冷たい空気を吸いこむ。


 赫刀を軽くふり、道を開く。

 次元をくぐれば、そこはエルフたちの古森ではなく、馬を置いて来たサウスゲオニエス最南の町だ。


 ここで馬を拾い、ガライラに帰る。

 帰れば、今度は指導者として、分裂した帝国を戻すための采配をくだすことになる。

 

 すべては剣聖流を広めるため。

 そのために、皇帝を受け入れる。

 アガサ・アルヴェストンは覚悟を決めていた。


「……」


(指導者ってなにをすればいいのだろう。農民出身の俺にできるだろうか。斬ればいいって訳じゃないよな)


 アガサなりに悩みながら、たどり着いた次元の先──そこには、壊滅した町があった。


 否、壊滅なんて言葉では生ぬるい。

 クレーターだ。

 ただの、クレーターである。

 どうすればそんな事になるのか。

 

 アガサをして想像がつかなかった。

 わかるのは、とてつもない天災がこの土地を襲ったこと。

 町をまるごと消失させてしまうような、人類が敵わない理不尽が、通り過ぎたことだけだ。


「ぁ、あんたは、たしか妖精国へ向かったはずじゃ……」

「馬屋の主人か」


 爆心地の周辺には、かろうじて建物らしき物が残っていた。

 半壊した建物のそばに、ボロボロの服を着て、包帯を全身に巻いた男がいる。

 皮膚は焼け爛れ、呼吸は苦しそうだ。

 

「すみませんねぇ、あんたの馬は、もう死んじまいましたよ……」

「あの大穴を見てきた。生存は期待してはいない」

「はは、確かに、もうなにも期待なんてできないですね……」

「なにがあった」

「……神です」

「?」

「神が……あれは、空からやってきた神の使い……きっと、新しき皇帝陛下を認めず、分裂独立なんてしたから、帝の怒りに触れたんです」

「……」

「でも、仕方のないことです……我々は信仰を裏切り、皇帝陛下への朝、昼、晩の感謝を怠りましたから……滅ぼされても、文句など、言えません……」

「皇帝陛下になら滅ぼされてもいいと。あんたたちは文句を言わないのか」


 男は咳をしながら応える。


「私たち力無き者はすべてを託したんですよ……いえ、それしかできない。あの皇帝陛下の後ろ姿、今でも思いだします……もしかしたら、私たちは皇帝陛下という地位ではなく、あのマグナライラス帝を崇拝していたからこそ、新しい皇帝を認められないのかもしれません……」


(覇道……すべての願いを食い潰し、託されていくこと、か。だが、それではダメだ)


「あんたが積み上げろ」

「はぃ?」

「どうして文句の一つも言えない。この惨劇を皇帝の怒りだとして、どうして抗わない。あんたたちは敬虔な信徒ではいられない。皇帝はあんたたちのケツの始末まで託されたわけじゃない。だから、あんたも積み上げろ。寄り掛かるより、お互いに支え合ったほうが倒れにくい」


(マグナライラスのじじいは、剣しか能がないくせに支配だの、統治だのしたがった。実際、それができた。強かったから。だが、その結果、やつが老いぼれた後に残ったのは、衰退と緩やかな滅びだけだ。奴は誰も導かなかった。すべてを背負い、ひとりで斬った。だから、後には何も残らない、続いていけない)


 アガサはそういい、懐から黒いカードを取りだし、男の傷を全快させた。

 一瞬で体力が回復し、男は包帯を外して、目を見開いた。


「あなたは一体……」

「アガサ・アルヴェストン」

「……っ、ま、まさか、あなた様が、二代皇帝陛下……!」

「俺は託されなどしない。ただ、あんたたちの強き剣であろう。俺があんたたちに見せるのは、便利な荷車じゃない、歩く道だ」


 アガサはそう言い残すと、壊滅した町を歩きはじめた。


 死んだ者、傷ついた者、残された者。

 多くの悲劇が蔓延していた。

 すべてを救うことはとてもできない。


 表情ひとつ変えず、右から左へ流れていく残酷を淡々と見届けた。

 結果、剣と同じだと思った。


「斬られるまえに斬るしかない」


 だが、もう斬られてしまった。

 敵に攻撃を許してしまった。


「だったら、斬られたあとに斬るしかない」


 赫刀でいくつかの町へ跳んだ。

 3つの町が破壊され、ひとつの巨大な都市が滅んでいることがわかった。

 すべての証言は一致している。

 神だ。巨神だ。そいつが町を破壊した。

 

 アガサはダイダラドゥッチそのものを目撃していないため、それが何なのかわかってはいなかった。


 ただ、斬られたからには、敵への反撃をしなくてはならない。

 相手も斬られる覚悟はできているのだろうから。


 アガサは赫刀で巨神を追いかけた。

 追跡から1日が経過した。

 悲劇にあった人々へ救いの手を差し伸べながら、捜索をしていると、ダイダラドゥッチが帝国の東側へ向かったと知った。


「ここからは足で行くか」


 アガサは刀をしまい、膝を曲げたり伸ばしたりして準備運動をする。


「皇帝陛下、この地には陛下が必要です!」


 アガサの正体を悟った女性が、泣きつくように引き止める。滅んでしまった辺境都市。それを、どうにか出来るのはアガサしかいないと思っているのだ。


「いいや、違う。あんたがこの土地を救うんだ」

「皇帝陛下……私は弱く、とてもそんなことはできません……!」

「弱くては何も守れない。弱くては何も主張できない。原理原則は絶対だ。だが、俺が強い。なら、帝国みんな強くていい。すべての暴力は俺の名の下に平定される。それでいい。だから、あんたたちが主張しろ。あんたたちが動け。俺はすべて許す」

「……っ」


(俺は何も託されない。人々の洗脳を解こう。パンを与えるのはもうやめよう。否、パンを与えられているという勘違いはやめさせよう。彼らは自分たちの手で種を巻き、穀物を手に入れているのだ。それを俺は知っている。皇帝はただ剣であればいい。帝国を作ってるのは彼らだ)


 ──この女性はのちに辺境都市を復興させ、1,000年続く大貴族家を興すことになる。永劫に、帝国に真実に忠実な貴族家だ。


 アガサは帝国領の東を見つめる。

 目指すは東の要塞都市イーストフォートレス。


(馬で20日の距離か)


 力を調整し、そして、大きく跳躍した。

 それだけで地面に亀裂が走り、脚力で大地が揺れ、空気が押し出され嵐が吹いた。


 豪快に飛んでいき、雲に穴を空け、空に消えていく皇帝の姿。

 荒れ果てた辺境都市の生き残りたちは、そのすべてを預けたくなるような勇ましい背中を、いつまでも見上げていた。


 

 ──しばらく後



(まずい、通りすぎる)


 アガサはイーストフォートレスの上を飛び越えそうになり、慌てて鎧圧を強め、体重を増加させ、急降下しはじめた。


 すると、外壁のうえで、男かが倒れてるのが見えた。

 血塗れだ。致命傷を負っているらしい。

 倒れた男へ止めをさそうとするのは、白い肌に緑の髪のエルフである。


 アガサは男のほうには見覚えがあったので、おそらく敵であるエルフのほうへ攻撃を仕掛ける。

 落下の勢いをそのままに、エルフの顔面を踏みつけた。

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