精神干渉


「ノースゲオニエスの剣王とトムランタ様が戦ったらしい」

「聞いたぞ聞いたぞ、剣王を見事に倒されたって話だろ」

「違うぜ、ジュピターオロ様は負けてしまわれたそうだ」

「そんな話聞いてねえぜ。真相はオロ様が魔術が圧倒したらしい」


 剣王の威厳は強い。

 本家ゲオニエスから分裂したイーストゲオニエスでは、トムランタも剣王と同等か、それ以上に権威ある存在だ。

 両者がが衝突したという情報は、数時間のうちに瞬く間に広がっていた。


 市井のあいだに不安が広がる町。

 通り面したおしゃれなカフェには、目に見えて狼狽えている様子の民たちを他人事の目で見る者たちがいる。


「アギト君、どっか行っちゃいましたね」

「おじさんたちおいていかれちゃったな、いやはや、若いのは元気で困っちゃうますなあ」」


 帝国剣王ノ会、OB組、ゼラフォト&クリスティーナである。

 2人は維新の剣王アギトに半ば強制的に連れられて遥々、イーストフォートレスまで駆り出され、あげく放置されているのだ。

 

「はやくおうち帰りたいです……」

「俺たち連れて来たってどうにもならんっつーのにな」


 クリスティーナはフォークの先っちょで生クリームたくさん乗せてもらったケーキをつつきながら、ボーッと街中を見つめる。

 彼女は剣王をやめたあと、退職金をかかえて、遊戯盤というゲームをつくってちいさな商売をはじめた。


(帝都に帰ったら締め切りが近くなっているはずです。TRPG文化を広めるための大事な一歩、必ず間に合わせないとですね)


 すっかり平和な世界の住民となったクリスティーナは、今ではテーブルトークRPGを普及させる使命を背負っているのであった。

 使命に従事するようになってからというのも、クリスティーナは、アガサに親近感を覚えるようになった。なぜかと言うと、剣術を広めようとする諸活動を、好きなものの布教という点で同一認識、同族意識を持っているからだ。


(剣王の皆さんはわかってないですね、ふふ、私たちのアガサ君がどうせあの神剣で全部解決してるというのに)


 よくも悪くも、アガサの痛烈な記憶を持つかつての帝国剣聖ノ会のメンバーは、彼の実力を信じきり、本当に危なくなったらなんとかしてくれると安心しているのだ。


「ところでクリスちゃん、なんか嫌な視線を感じねぇかなぁ」


 ゼラフォトのつぶやきで、現実に引き戻される。

 

「貴様たち、剣王か」


 カフェの前に緑のローブを着たエルフがいる。服は血で汚れており、かなり激しい戦闘をしてきたとみてわかった。


(ひぇぇ、やばそぉ……このエルフ目が恐いですよぉ……)

 

「いや、正確には元剣王か。名はクリスティーナ・ロレンスに、ゼラフォト、ぁぁ、前皇帝のお気に入りだった剣聖たちだ。なるほどなるほど、あの忌々しい礼儀知らずで野蛮な剣王が現れたのと同じタイミングでこの町にいるとなると、貴様たちも私を殺しに来たというわけだ」


(全然違う……)


「クリスちゃん、全部アギト君のせいにして逃げることできやしないかなぁ」

「おじさま、あとはお任せします」

「ええ、ぶん投げぇ……」


(私は黙ることに徹します。沈黙は得意ですからね)


 それ以降、キリッとして喋ることを諦めるクリスティーナ。

 ゼラフォトは足を組み替えて、さりげなく剣を抜きやすく姿勢を変えながら、ジュピターオロへ対峙する。


「誤解だ、俺たちはただ観光をしに──」

「私は嘘が嫌いだ!」


 ジュピターオロは腕を大きくふりあげ、叩きつけた。

 衝撃で石畳みが抜けて、地面が崩落する。。

 轟音が平和な町に響き、悲鳴が聞こえるようになった。


「おじさま、即落ちなんて速さじゃなかったです……」

「仕方ないってぇことだぜ、クリスちゃん。あいつ話聞かねえんだもん」


 ゼラフォトとクリスティーナは氷の壁一枚挟んで、上手く下水道へ逃げていた。

 陥没した地面の穴に転がりこんで、氷で穴を塞いだのである。


「危ないところだったぜ」

「人間とは思えない腕力ですね。吸血鬼でしょうか?」

「エルフに見えたけどなぁ……まあ、とにかくここから離れようぜ、クリスちゃん」


 ゼラフォトはそう言って──腰の刀に手をかけた。

 

(あ? 俺はなんで剣を?)


 疑問に思いながら、迷いなくクリスティーナをぶった斬る。

 

 ──剣聖流剣術十ノ型・剣聖居合斬り


 洗練された達人の不意打ちだ。

 避けられる訳もなく、クリスティーナは背中を大きく裂かれてしまう。


「うぐッ! なッ?! なぜだ!」


 斬った途端、クリスティーナの体が霞につつまれ、中から見知らぬ男が出てくる。


(っ、こいつクリスちゃんじゃねえな! 誰だよ! いつ入れ替わったんだ! 俺の理性より、本能のほうが先に勘づいて、無意識のうちに居合斬りかましてたのか! 流石かよ、俺!)


 ゼラフォトはまだまだ現役なことを実感しつつ、男へ追撃し、足の腱を斬ってしまう。

 これでもう男は逃げられない。


「ははは……噂には聞いていたが、凄まじい観察眼だ、稲妻の剣王ゼラフォト……」

「誰だい、あんちゃんはよ」

「私はジュピターオロ、帝国剣王ノ会を終わらせる者、そして、ゲオニエス帝国を『力の信仰』から解放する者なり」

「でもよぉ、この状況、明らかに俺の勝ちくさくねぇかなぁ」

「ははは……ははは、ははははははッ!」


 高笑いしながら、男はゼラフォトへ飛びかかる。


(阿呆がよぉ)


 ゼラフォトは容赦なく斬り捨てた。

 男の屍がゴロッと下水のなかへ転がり落ち、ドボンっと音を立てて沈んでいく。


(ジュピターオロ……どこかで聞いた気がするなぁ)


 刀の血糊をはらい、納刀する。

 ゼラフォトはクリスティーナを探すべく、あたりを見渡した。

 ふと、穴を塞いでいた氷のないことに気がつく。確かに氷で塞がれていたのに。


「クリスちゃんが能力を解除したのか」


 穴から地上へもどり、カフェのある通りへ戻った。

 そこは普段と変わらない、活気のある街並みが広がっている。


(あんだけ騒ぎがあったのに、皆さま、何事もなかったように、ご機嫌呑気に歩いてんなぁ。ところでクリスちゃん、どこ行った?)


 カフェの店員が近づいてくる。

 

「すまないがお嬢さん、ちいさい女の子を見なかったですかい? これくらいの身長で、剣をぶらさげてて」

「ああ、その方なら、先ほど、ええ、3時間前ほどに別れたではありませんか」

「あ?」


 カフェの店員はニコリと微笑む。

 トレイの裏、バッと短剣を突き出した。

 明確な殺意をこめた一撃だ。

 ゼラフォトは襲い来る店員の腕を掴み、ひねりあげる。


「なんのつもりで、お嬢さん」

「私はジュピターオロ、『力の信仰』を打ち砕く者だ」

「っ」


 カフェの店員の瞳が緑色に輝く。

 グサリ──腕を捻られ、無理な姿勢にも関わらず、彼女は短剣を刺した。

 強引に手首を砕きながら体勢を変え、ゼラフォトの腹へ、もう一本隠し持っていた短剣を届かせたのだ。


(嘘だろ……っ、なんだよこいつ……っ!)


 ただ、ゼラフォトは一流の剣士、剣王である。

 鎧圧で腹筋を守り、逆に短剣の砕いていた。


「はは、術を使わねば殺せないか」

「てめぇ、さっきの男だな、なんで生きてやがる!」


 ゼラフォトは店員のフリルのついたエプロンを剥ぎ取り、彼女の身体を縛りあげた。


「無駄だ、この身体が使えないのなら、また別の身体で襲うだけのこと」

「っ……」


 異様だった。異質だ。なにかがおかしい。

 ゼラフォトはあたりを見渡す。

 

 通りを歩く人間、みんながゼラフォトを見つめていた。瞳には男と同質のねちっこい視線が混ざっていた。


(たしか吸血鬼の血の魔術のなかに、他人を操る能力があったが……こらぁ、同系統の能力者だなぁ……それも弩級の規模じゃねえかよ)


 本体を斬る。

 ゼラフォトはまっさきに思いついた策を実行するべく、騎士団本部へと駆けた。


 理由は単純。

 術の威力から考えて、訳の分からない魔術をつかう妖精術師トムランタが怪しいと思ったからだ。


(さっきのエルフ、なるほど、繋がったぜ。あいつがトムランタ、ジュピターオロ。思えば、ジュピターオロってのはアギト君が言ってた、この街の指導者のことじゃねえかいよ。チッ、ファーストコンタクトの時に珍妙な魔術をかけられてたのか)

 

 町を突っ切って、最短距離を走っていると、路地裏でジュピターオロ本人と思わしきエルフに遭遇する。


(まさか、こんなところで見つけるとはな)


「これ以上、民を斬るわけにはいかねえからよ、まずはお前さんを斬らせてもらうぜ」

「……」


 ──剣聖流剣術六ノ型・剣聖一文字


 躊躇なく斬りかかる。

 ジュピターオロはどこからともなく剣を抜き放ち、ゼラフォトの一太刀をたくみに受け流した。


 想像を大きく上回る剣術の巧さに、ゼラフォトは驚愕しながら、体勢を崩す。


 途端、足元から氷の槍が突き出してきた。

 飛びのいて避ける。


「こらぁ、クリスちゃんの凍圧……」


 ゼラフォトは我が目を疑った。

 先程までジュピターオロだと思っていた人物が、クリスティーナの姿に変わっていたからだ。


(俺は頭がおかしくなっちまったのか……それとも、幻か……? いや、でも、あのクリスチャンは本物だ……圧の冷たさまではマネできねえだろ……)


「クリスちゃん、すまねぇ、どうにも洗脳系の魔術をかけられてるみたいで──」

「許しません、おじさまをあんな無残な殺し方するなんて……ジュピターオロ、あなたは私が殺します」


 空気がパキパキっと音を立てて割れていく。

 気体が超低音で冷やされ、キラキラとした結晶となり、路地裏のじめっとした空気を照らしだす。


 数刻前、クリスティーナは、ゼラフォトの死体を見せられていた。

 もちろん、それは精神へ作用した精霊術が見せた幻の類いであるが、それに気がつけるものはいない。いつから精神干渉を受けていたのか。術と現実のつなぎ目は隠されてしまっている。だれも自分が精神を支配されたことに気づけないのだ。

 

 蟲の悪魔に力を授けられ、超広範囲で精神干渉を行えるようになったジュピターオロは、その恐ろしい能力で、イーストフォートレスの半分を包みこんだ。


 凍圧の剣王と稲妻の剣王が殺しあいはじめたのを砦の上から楽しげな様子で、外壁のうえから、ジュピターオロは観察していた。


「お前がジュピターオロか」


 外壁のうえ、その声はジュピターオロに話しかけていた。


「そうだ。いかにも私がトムランタ、エルフのなかでもっとも優れた妖精術を使い者だ。君は何者だ」

「私はパラケルスス・グリモオーメンダス。蟲の悪魔からお前がここにいると聞いたから、すこし寄ってみたんだ。面白い魔術を使う。町は平凡を演じているのに、随所ではおかしな人間が現れはじめている」

「ははは、これが覚醒した精霊術のチカラさ。まだまだ本気じゃないぞ」


 ジュピターオロは高らかに笑う。

 パラケルススは腕を組んで、舐めるように彼を観察する。

 総評は「敵にしたくない」だった。


「しかし、パラケルススよ、なぜ君がここに? 世界樹にてナイギアラのもと、外敵から匿われていると聞いているが」

「ああ、その話だが……アガサ・アルヴェストンが妖精国を直接叩いたんだ。奴のせいで向こうはもうめちゃくちゃだ」

「っ、なんだと?」


(トムランタはエルフの守護者たち。私の真の願望『人類滅亡』を悟られるのはよくない。エルフを皆殺しにしかけたことを知られれば、トムランタたち全員の敵意が、私に向くことになるからな。アガサ、お前には身代わりになってもらうぞ)


「酷い光景だった。エルフの大半は死んだだろう」

「なん、だと……」


 ジュピターオロは膝から崩れ落ちる。

 強く拳を握りしめ、そして要塞を殴りつけた。

 人のパワーではない。パラケルススは思わずふらつき、手すりに寄りかかる。


「そうか、そうか……我らトムランタが剣王を殺したから、向こうも本気になったわけか……だから、里へ直接……それも、皇帝自ら出向くとはな……まるで、変わってない……まるで、変わってないぞ、ゲオニエス帝国ッッ!!!」

「……」

「やつらは100年前もそうだったんだ! マグナライラス・ゲオニエスッッ! どこからともなく稲妻のように地を駆けてきて、すべてを略奪していく! ああ、そうか、わかったぞ、お前も同じなわけだな、アガサ・アルヴェストン!! なら、もう殺すしかなくなったぞ!」


 ジュピターオロは叫びながら、妖精術で鷹を呼びだすと「優先順位が変わった。皇帝を直接ぶっ殺すぞ」と伝言を託し、空へ放った。


「他のトムランタをこの土地に呼んだ。蟲の悪魔の目的を優先してやるのは癪だが、もはや事情が変わった。皇帝を抹殺する、剣王たちなどあとから追い詰めて殺してやればいい」


 パラケルススは冷や汗をかきながら「そうか。奴を殺すためなら私も力を貸そう」と、澄ました顔で言ってのけた。

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