知とパワーが合わさって最強に見える。
イーストフォートレスを治めるトムランタ、精神の精霊使いジュピターオロは恐怖していた。
東の要塞都市の最も安全な場所、騎士団本部の最上階にて、執務にあたっていた時のことだ。
ジュピターオロは先日、剣王を暗殺したトムランタのひとりであった。
そのため、そろそろ、ノースゲオニエスの帝国剣王ノ会が反撃をしてくることはわかっていた。
誰が来るのか。
それはわからない。
だが、迎え討てるだけの準備をしていた。
術式を町中に仕掛けておき、精神を操った町民を500名ばかり用意して、剣王がどこから来ようともわかるように秘密警察のごとく忍ばせた。
だと言うのに、そいつは突然として背後に現れたのだ。
なんの前触れもなく。
「あんたがジュピターオロですかァ?」
問いかけながら、斬っていた。
帝国剣王ノ会、序列二位、維新の剣王アギトは思いきり斬っていた。
「ぐわぁ?!」
バッサリ背中を斬られて、ジュピターオロは最上階の石床を転がりまわる。
ジュピターオロは恐怖していた。
いきなり背後に現れたアギトという剣王に。
躊躇なく、本人確認せず、斬ってしまう思い切りの良さに。
「剣術ってのは思いきりが大事ですよねェ、思い切りがないとふにゃふにゃしてて、雑魚い剣しか放てないですけどォ、思いきりよく振れば、どんなに弱くてもサマになるっていうかァ」
「貴様、なんの話をしているのだ……ッ! いきなり斬りかかるなど、これは重大な外交問題になると覚悟しておけよ……ッ!」
(痛い、痛すぎる!! 血がこんなにたくさん!? ええい、クソ、初めて斬られた! こんなに痛いなんて! この天才ジュピターオロ様を斬るなど、ふざけたことしやがって、棒振りしかできない猿野郎が!)
血をドクドク垂れ流しながら、ジュピターオロは妖精術をつかって、傷をなんとか塞ごうとする。
(癒しの力をもつ光の妖精たちと契約していて正解だった……)
アギトは「それで、あんたァがトムランタで合ってますかねェ」と言いながら、ジュピターオロへ、追撃の一閃を見舞っていた。
避けようにも、避けられない。
ジュピターオロは剣などふった事がない生粋の妖精術師だ。
速さについていけない。
左腕を飛ばされ、苦痛に叫んだ。
「あれェ、おかしいっすねェ、上半身ぶっとばしたハズなんですけどォ」
(おかしいのは貴様だ! マヌケめ!)
実はジュピターオロは先ほどから既に精霊術・精神干渉を使用していた。
正常に術が効いていれば、アギトはまともではいられず、恐怖に駆られ、発狂し、訳もわからずこの場から逃走しているはずなのだ。
「否、狂って当然の精神状態なはずだ……!」
「自分は人間圧強いんで効かないんじゃないですかねェ」
「そんな適当な理屈で! ぐわぁああ!?」
ジュピターオロの精霊術は確かにアギトへ効果をもたらしていた。
結果として、アギトは無意識のうちに踏みこめず、一太刀で両断できていないのだから。
「彼を殺されるのは困りますネ」
「?」
緑黒の杭が飛んでくる。
アギトは剣で弾く。
ジュピターオロのすぐそば、暗色のスーツを着た虫が立っていた。
蜻蛉の悪魔インクティノティスである。
アギトは怪訝に眉根を顰める。
「悪魔かよォ、自分、戦ったことないですけどォ」
「私は強い悪魔ですネ。だから、ここで撤退しますネ」
「待て待て、トムランタは置いていってくださいよォ、それ自分たちの敵なんだわァ。……無視して、消えやがったァ」
アギトは誰もいなくなった騎士団本部にて、深くため息をついた。
────
インクティノティスは要塞都市の砦のうえへやってくる。
ジュピターオロは恐怖していた。
片腕を斬り落とされ、全身ボロボロな状態で、悪魔という弩級の怪物を前にし、恐怖していた。
(悪魔はとてつもなく強い怪物だと聞く……、この間合い、状況、いまの私では、倒せない……!)
「な、なんだ、貴様は」
「協力したいですよネ、トムランタ。今のあなたではあの剣王に勝てませんからネ。私たちが戦力をすこしばかり融通しますからネ」
インクティノティスはジュピターオロが剣王を倒す手伝いをし、ジュピターオロもまた悪魔の敵を倒すのに協力する。
そういう契約だ。
「私たちの敵は力と力のぶつかり合いにめっぽう強い剣士でして、あなたの精神系の神秘が役に立つと思うんですネ」
「逆にこちらは力押しできる戦力を欲している……あの野蛮な剣王を殺せるのなら悪くはない提案だ」
(悪魔たちを手玉にとってやれば、大きな戦力となるはずだ。これで私だけの手柄で帝国剣王ノ会をぶっ潰せる。剣王討伐数、悪魔との独自のコネクション、これらがあればトムランタ内で冷遇されてる私の影響力を高めることもできる)
ジュピターオロの契約した精神の精霊は、お世辞にも他の精霊と同格に扱うには、力不足が目立っていた。
熱、現実、時間、引力、運命など……強力な概念を司る精霊と、それを操る最強のトムランタたちに比べれば、彼の立場は一段と見劣りするのである。
「いいだろう。悪魔、その話、詳しく聞かせてみるといい」
そうして、ジュピターオロは悪魔の力を身に宿した。
破格のパワーアップだ。
彼は自分の妖精術と精霊術が、新しい段階にたどり着いたと確信した。
「ずいぶん落ち着いていますネ。大抵は悪魔の力を身に宿すと荒れ狂う嵐のような行動にでる方が多いのですがネ」
「私は精神の霊使いだ。これくらいで自我を失ったりはしない」
(最高の気分だ。今の私は最強の肉体と、頭脳があわさった究極の存在……勝てる、確信した、今なら剣王を全員を同時に相手しても負けないだろう)
「この町に入りこんだ剣王を血祭りにあげてくる」
「アガサ・アルヴェストンが先ですネ」
「弱っている皇帝か? ふん、そんなものいつでも片付けられるだろう」
「アガサ・アルヴェストンは大将首ですネ。だから、ここを討てば、エルフとしてはゲオニエス帝国を正式に統治する立場の人間がいなくなって、工作活動をしやすくなると思うんですネ」
一理あった。
「……だが、またアガサ・アルヴェストンが来ていない。皇帝が登場するまで、私は剣王狩りをさせてもらう」
「それなら、まあ、こちらも構わないですネ」
(残る8人の剣王に真実の剣聖、皆、神秘の術理を知らぬ棒振りにすぎない。本当の強さとは、叡智にこそ宿る。そして、今の私は叡智と暴力の2つをあわせ持つ……)
ジュピターオロは不敵な笑みを浮かべた。
そんな彼を見て、インクティノティスは想像を大きく上回るジュピターオロの仕上がりに、期待を膨らませていた。
通常なら精神になんらかの変調をきたす悪魔の力の譲渡だが、それが彼にはない。
完全に適合したのだ。悪魔の力に。
このような人間は非常に珍しい。
平均して渡した力の1割もまともに扱えない人間ばかりだが、目の前のエルフならば10割の力を使いこなすだろう。
(優秀な手駒が手に入りましたネ)
インクティノティスは手記にチェックをつけ、悪夢に帰還する。
(我々は勝てますネ)
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