トムランタ、精神の霊使いジュピターオロ
ジュピターオロによる街全体への精神攻撃が始まってから10日ほどが経過していた。
維新の剣王アギトは、クリスティーナとゼラフォトを眠らせ縛りつけ、隠れ家に閉じこもることで、恐ろしい町でなんとか生き残っていた。
「クリスちゃん、今すぐ殺してやるぜ、ぺろぺろぺろぺろ、ぐへへへっ♪」
「お外ってこんな楽しいですね♪ あはははっ!」
「2人とも完全に壊れたちまいましたねェ」
頭のおかしくなった剣王ふたりの面倒見るのはかなり骨が折れる。
一時も目が離せない以上、アギトに隠れ家を出る選択肢はなかった。
(ジュピターオロ、とんでもない妖精術師だァ、今じゃ町民の誰が操られてるのかわかったもんじゃねしよォ……。状況を打破するためには、大将首を討ち取るほかねーけど、そのジュピターオロ自体も訳わからねえくらい強くなってたしなァ)
アギトはこの10日間で2回ほど、ジュピターオロを討ち取りに、外壁のうえへ登ってみた。
初戦では圧倒できていたのに、この2回の戦いでは、一太刀も浴びせる事ができなかった。
人間圧で対抗できているとはいえ、精神への攻撃が強すぎせいで、思うように動けていないのである。
ジュピターオロは日に日に精霊術の影響範囲を広げ、威力を強めている。
アギトが隠れ家であるパン屋倉庫にいる間も、わずかにジュピターオロからの干渉を感じているのがその証拠だ。
(このままだと自分までおかしくなっちまうなァ、はやめに何とかしないとだぜェ)
アギトは強い剣士だ。
剣の腕はかつての維新人民党にて最も優れていた。達人・千槍ステイアを押さえての、序列1位だったほとだ。
しかし、それでも、戦い方を知らない特殊な敵との戦闘には上手く対処できない。
(人間圧が強い感じのいい感じの助っ人こないかなァ。でも、ほかの剣王さんたちは別のトムランタとの戦いで忙しいよなァ……)
「自分がやるしかねぇか」
アギトが見出した特質の圧は『影』
その名の通り、影を操れるようになると同時に、他人の影に入り込んだり、逆に人を入れたりすることができる。
ジュピターオロには何度か能力を見せているが、まだ奥義が残っている。
(展開次第じゃ、やれねえことはねえ)
そう思い、さっそく隠れ家を出ようとし──
「こんにちは!」
「っ」
パン屋倉庫の前に子供がいた。
首から新聞が入ったバッグを下げている。
配達員のようだ。
「さようなら!」
「だよなァ!」
配達員の子供は目をギロっと緑に光らせると、バッグから短剣を突き出してきた。
「寝てろ、クソガキさんよォ」
思いきり膝蹴りをぶちこんで白目を剥かせて無力化、アギトは表通りに飛びだした。
通りの人間全員がアギトをほうへ、グワッと首を回転させた。
(ですよねェ)
市民たちに殺されないように、アギトは屋根に登った。
「ん? ……ッ、おいおい、なんだよ、ありゃ……」
彼が見たものは、要塞都市の外側でのっそりと立ちあがる超巨人だ。
ダイダラドゥッチである。
(え? 嘘ォ、なにィ、それもジュピターオロの妖精術なのかァ?)
「勘弁しろって感じだけどよォ……そこにジュピターオロいるってことじゃあねえかよォ」
憂鬱な気持ちになりながら、アギトはダイダラドゥッチを目印に屋根を走りはじめた。
────
パラケルススがダイダラドゥッチを再び活性状態にしたのには理由がある。
本日、ウェストフォートレスを実効支配していたトムランタたちが、イーストフォートレスに合流するからだ。
パラケルススはエルフを数万単位で虐殺した大量破壊者だ。
トムランタたちのなかに嘘を見抜く能力者などがいた場合、速攻で怒りをぶつけてこないとも限らない。
ゆえ「そろそろ、アガサ・アルヴェストンが来るかもしれないから準備をしよう」などと言って、ダイダラドゥッチを活性化させた。
ウェストフォートレスから合流したトムランタは2人。
黒い服、黒い長髪のエルフが前へ出てくる。
「トムランタのヴェルリンだ、会うのは初めてだな、パラケルスス・グリモオーメンダス」
「ああ、よろしく」
「ナイギアラはどうなった」
「残念だが、アガサにやられたと思うぞ」
「そうか。彼女は相当な武闘派だったが、それでも厳しかったか……」
(ヴェルリン……たしか現実の精霊と契約した妖精術師だったか……。こいつの能力でウェストフォートレスから妖精国へ、一瞬でナイギアラが帰って来たんだったな)
紫色の髪をしたエルフが口を開く。
「グルーは来ない。ウェストフォートレスでは、まだ剣王が1人が片付いていない」
「ほかのは」
「全員始末した。都市を手放して完全撤退する訳にはいかない。ゆえに彼が残った」
(こいつは確かジュラルシップァだったか。妖精国に入国するのは、こいつに手伝ってもらったのだったな)
ジュラルシップァとパラケルススは面識がある。そのため、自己紹介は省略される。
パラケルススはトムランタたちを一人一人チェックして、ダイダラドゥッチがいれば何とでもなると自信を持った。
一方、アギトはトムランタたちが集結した現場にノコノコ現れてしまい、物陰に息を殺して潜んでいた。
(やべェ……なんでトムランタ増えたんだよォ……ほかの剣王4人──オキナ先輩とイレイナ先輩は動いてないはず──みんな殺られた? 嘘、まじで? 全滅? あのトムランタたち強すぎんかァ?)
ウェストフォートレスで何があったのか。
アギトは合流した2人へ、慎重に視線を向ける。
見た感じからして、もうすでにジュピターオロより強そうだった。
アギトはトムランタたちがダイダラドゥッチを指差して、なにやら話し込んだあと、散っていったのをみてホッと一息ついた。
残ったのはジュピターオロだけ。
巨人もいつの間にかいなくなっている。
(あんなでかいのが気がついたらいなくなってるなんて……まあ、いいか。いないなら好都合だぜェ)
「出てこい。野蛮な剣王、こそこそと盗人の真似事をするんじゃない」
「……バレてたのかよ」
「お前は私の手で捻り殺さないと気が済まないんだ。″予言″ではアガサ・アルヴェストンがすぐに来るとされている。準備運動がてらに遊んでやる、剣王アギト」
(残ったのは自分だけ……ここで勝たないと後がねェ……)
「覚悟は決まったぜェ」
──剣聖流剣術奥義・影砕き
剣気圧を最大展開し、突っこむ、差し違えてでも倒す。
だが、ジュピターオロの精神干渉が働いているせいで、思うように動けない。
「お前の刃はもう私には届かない。何度やればわかるんだ」
ジュピターオロの鼻先三寸を、アギトのロングソードが思いきり空振りする。
勢い余って、剣は明後日の方向へ飛んでいく始末だ。
(勝った! 隙だらけだ! こんなに深く踏みこんで来やがって、やはり知能のほうは大した事がないようだな!)
ジュピターオロは嬉々として、右手を槍のように鋭くすぼめ、貫手をお見舞いする。
今のジュピターオロは、並の吸血鬼を上回る怪力を持っている。
素人だろうと、一撃当てることができれば、剣王クラスの鎧圧でも難なく突破できる。
それだけのパワーが厄災の怪物にはある。
ジュピターオロの貫手がアギトの肩に深々と突き刺さる。
アギトは激痛に顔を歪める。
「何度でも言おう、お前は私の敵ではない。私はすべての英雄、すべての怪物を越えた知恵と暴力を兼ね備えた存在となったのだ」
「ごはっ……」
「はは、いい気味じゃないか。このまま身体のなかを揉みしだいて、ぐちゃぐちゃにしてやる」
ジュピターオロはアギトを引き寄せようと左腕を伸ばす。
だが、腕が伸びてこない。
おかしな感覚だった。
ジュピターオロは自分の左肩を見やる。
取れていた。地面に自分の腕が落ちていた。
血溜まりが見える。自分の血だ。
こんなにたくさん出血して……──
アギトは両手でジュピターオロをガシッと掴む。
「言っただろ、覚悟はできてるってよォ」
アギトの影砕きは、実物の剣へ纏わせる圧を、剣の”影”へ纏わせることで、敵の影を攻撃する必殺剣だ。
初見で見切れる剣士はいない。
剣士じゃない素人ならば、なおのことだ。
「ごはっ! クソ……ッ、何をしたかわからんが、小賢しいマネを……っ! 離せ! 離せぇえッ!」
剣圧を名一杯かけて、アギトは掴んだ手を離さない。
「死に損ないが! 今更何ができる!」
「まだ、俺の攻撃は終わってねえぜェ」
アギトの背後。
空から何かが飛んでくる。
剣だ。アギトが空振りしたと同時に、勢い余って思いきりぶん投げたロングソードだ。
「なッ!?」
「影は切り離したあと本体へ戻る性質があるのさ。言っただろ、覚悟はできてるってよォ」
(こいつ鎧圧をゼロにしてやがる……あんな剣が降ってきたらひとたまりもないはず……こいつ自滅する気か!)
「やっぱ、思いきりが大事だわなァ」
「やめろッ やめろオォオ!」
アギトの背中に深々とロングソードが突き刺さった。
空からの鋼のひと刺しは、ジュピターオロの身体をも貫いている。
アギトはジュピターオロを抱きしめるように、膝を崩した。
「ハァ、ハア、ハア……」
ドクドクと溢れ落ちる命。
アギトは抗わず、緩やかな死を待つ。
ジュピターオロの死に顔を見てやろうと、胸をすこしだけ離す。
「あ?」
違う顔がそこにあった。
エルフではない。
口から血を吐いて、白目を剥いて死んでいるのは、耳が尖っていなければ、肌も白くない、小麦色の肌をした人間だ。
「楽しいな。他人の決死の攻撃が実はなんの意味もないとネタバラシするのは」
アギトの視線の先、ジュピターオロが腰の裏で手を組んで優雅に歩いてくる。
傷一つ無い綺麗な姿だ。
(ふざけ……んな……)
「いつから入れ替わったんだよォ、クソがァ……」
「逆に聞きたいんだが、いつからこの私、ジュピターオロと戦ってると錯覚していたんだい」
「……」
「ははは、まあ、勘違いは誰にでもある。もちろん、私にも。だが、今回の勘違いはいささか致命的だ、剣王アギト」
ジュピターオロはアギトの背後に歩いてまわり、ロングソードを引き抜く。
「がはっ……!」
「まあ、落ち着け、私が強烈に精神干渉した者は、もう二度と正気には戻らない。その男はどうしたって廃人だ。殺してしまった罪悪感に駆られることないぞ」
「クズが、外道め……」
ロングソードをくるくる回し、上機嫌なジュピターオロ。
アギトはムカつくニヤケ顔に手を伸ばす。
「私の精霊術の射程は今や50,000mは下らない。そして、その効果は私に近づくほどに強くなる。さて、質問だ。君がいま見ている、ここにいる私は、本当に私だろうか。死にかけながら、必死に手を伸ばす価値のあるオリジナルだろうか」
アギトは伸ばしかけた手を力なくおろした。
もう言葉を紡ぐ気すら起きなかった。
デタラメだ。めちゃくちゃだ。
こんなバケモノがいるなんて。
「答えはあの世で訊くといい」
ジュピターオロはロングソードを這いつくばるアギトへと突き立てようとする。
その時、空の向こう側から何かが飛んできた。
「ん? あれは──」
真っ直ぐに落ちてくると、落下の勢いそのままにジュピターオロの顔を踏みつけて、要塞都市の外壁のうえに着地した。
紐で束ねた黒い髪が風になびく。
蒼瞳は冷たく、固く、そして、硬い。
真実の剣聖アガサ・アルヴェストンだ。
アガサはジュピターオロだったモノで彩られた赤とピンク色の絨毯を、ピチャピチャと、靴底鳴らしながらアギトのもとへ。
「危うく通りすぎるところだった」
「ッ…………自分は、ツイてます、ねェ……」
「アギトか」
空からロングソードが落ちてくる。
ジュピターオロが死ぬ拍子に空へ投げた物だ。
アガサはそれをキャッチすると、治癒チケットを一枚使って、アギトを全快させた。
「なんすかァ、アガサ様、奇跡の魔法も使えるようになったんですかァ」
「似たようなものだ」
ロングソードをアギトへ返す。
アギトは心底ホッとしたような顔で、剣を受け取った。
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