トムランタ、熱の霊使いナイギアラ
トムランタ、第四柱、熱の霊使いナイギアラは地上の爆炎を見下ろす。
里の諜報部の情報では敵は悪魔だという。
そのため、悪魔祓いの力を持つ者たちが罠を張り、ここまでおびきよせた。
「先日はスペルブックをよくもやってくれたな、誇りなき怪物どもめ」
世界樹のテラスに立ち尽くしながら、ナイギアラは地上の爆炎を睨みつける。
インダーラが鼻の位置を直しながら、双子を抱えて飛びだしてきた。
「来たか。精霊術・焼却式、爆ぜろ、紅蓮蝶」
真っ赤な鱗粉をまきながら、蝶々たちがインダーラへ迫る。
インダーラはステッキを黒いアンブレラに変形させると、それを開いて、まるでおとぎ話の魔法使いのようにふわふわ空を飛びはじめた。
突っ込んでいく紅蓮の蝶々たち。
対空砲の一斉放射をあびているかと思うほどの、爆発のあられインダーラたちを襲う。
アンブレラで上方からの爆撃はふせげている。
「たいした傘だ。だが、下方からの蝶は防御できまい」
インダーラは視線を下へ。
足元から蝶がまわりこんできていた。
「お願いしますぅ、カー殿ぉ」
「その呼び方をしていいのは、アガサ様だけ」
カィナベルは視線を蝶々へ向ける。
すると、蝶たちが次々と爆ぜていく。
彼女を何百年も昔からまもって来た『見えざる者』の手が、爆発する蝶々たちをはたき落としたのである。
ペォスはその隙にパチンっと指を鳴らした。
「その腕もらいますね、お姉さん」
ナイギアラの足元から黒い杭が飛びだす。
とっさに飛び退き、不意打ちから逃れる。
「あのエルフ、反応速度の一流の剣士並みですね、ねえお姉さま」
「魔術師の戦闘速度じゃあないわけね、ねえお兄さま」
「術の規模、威力、射程。どれも一流ですねぇ。世界樹の中腹から、わたくしたちまでは少なく見積もっても妖精110m、いえ、120mです。常識的な魔力の射程ではありません。蹴りで察しましたけど近接戦闘能力も剣王を遥かに上回る……あーははははははッ! 国の守護者なだけありますねぇッ! 負けてもアガサ様に言い訳出来ますよぉ~!」
「精霊術・焼却式、紅蓮光」
赤い光がナイギアラの背後で輝く。
それらは紅の軌跡残しながら、まっすぐにインダーラたちへ命中した。
灼熱に包まれる。
カィナベルが手をふり、炎を消し飛ばす。
しかし、白い肌はひび割れ、内側から黒い霧が漏れている。
「あ、お姉さま、お金が漏れてます……」
「ああ! 大変だわ! 押さえていて、お願いよ、ねえお兄さま!」
「……」
「インダーラ、なんとかしなさいとだわ、頭働かせなさい」
「悪夢に逃げてもいいと思います、ねえお姉さま」
「いえ、さっきから試しているのですが、空間が閉じられてますねぇ……ああ、お二人とも、悪魔にそんな絶望の顔は似合いませんよぉ~あーはははははッ!」
インダーラには不思議なところがある。
虚無のなかで一番よわっちいくせに、なぜかこの悪魔は頻繁に悪夢を出て行く。
外の世界で教会の悪魔狩りがはびこる地域でも契約をとってこれる。
悪魔ならばいつでも不敵に笑う。
いつでも三日月のように口元を裂けさせいやらしく笑う。
インダーラがなぜ笑っていられるのか、カィナベルとぺォスには、彼の気持ちがわからなかった。
刻々と、ナイギアラは攻撃を重ねていく。
彼女は最も攻撃力に優れた精霊術の使い手であり、後天的に悪魔祓いのチカラを身に着けた抜群のセンスの持ち主だ。
インダーラはアンブレラの隙間から、上方を覗き見る。
世界樹の中腹に陣取り、一歩的に攻撃してくるナイギアラ。
爆炎でこれ以上、上へはいけない。
かといって下降もできない。蝶々の層に落ちれば滅ぶのは確定だ。
「いつまでふわついている。もいいだろう。見えないお友達もろとも、消し飛ばそう」
「来ますかぁ……はぁ、仕方ないですねぇ……」
最大の精霊術。
最終焼却式、紅蓮の花。
それはちいさな村ならば一撃で蒸発させるほどの威力をもつ必滅の精霊術だ。
「強いですねぇ、あのトムランタ。さっきおじいさまには承諾をもらいましたぁ、アレの決議を取りますよぉ~」
「っ。アレ? 私は構わないわ、ねえお兄さま」
「コストが掛かりますが、必要経費です、はやく使いましょう、ねえお姉さま」
何の話か、虚無の悪魔たちは話し合い、ニヤリと三日月のように口を裂けさせて笑う。
インダーラは懐から試験管をとりだす。
中には鈍く輝く黒い液体が入っている。
「これは高いですよぉ、存分に味わってくださいねぇ」
──悪魔は秘術を連盟より買う
それにより、彼らは戦う手段を得る。
インダーラがただいま購入したソレは、悪魔の秘術の中でもとりわけて値が張り、高等な悪魔にしか使えないとして有名な高級品である
試験管を傾ける。
液体がこぼれる。
粒となって地上へ落下。
紅蓮の蝶々の層の隙間を縫って着地。
直後、ブニブニとしたゴムのような質感のヒト型になる。
「なんだ、あれは……」
ナイギアラは精霊術の準備をしている最中だった。
怪訝に眉根をひそめる。直後、彼女の右腕が飛んだ。
ぐしゃりと音がして、切断された腕が世界樹のテラスに落ちる。
「っ、悪魔兵器か……!」
「『ゴム人間』、わたくしもはじめて使いますぅ」
ゴム人間。
それは一見して、決して脅威に思えないネーミングをされた悪魔の眷属だ。
しかし、その威力は凄まじい。
数分後、インダーラたちはアンブレラで空をふわふわ飛びながら、ゴム人間に追い掛け回されるナイギアラを傍観していた。
「舐めるなよ、悪魔ども!」
爆炎の蝶が層をなしてゴム人間を襲う。
何も喋らず、疲労もなく、外傷すらない。
ゴム人間はただ黙ったまま、野蛮な獣のように、地を猛スピードで這ってナイギアラに襲い掛かる。
ナイギアラは炎と爆発の焼却式で必死に応戦する。
しかし、ゴム人間を止めることはできなかった。
──しばらく後
「いやあ、凄まじい出費ですねぇ」
「値段の価値はあったんじゃないかしら、ねえお兄さま」
「安い秘術ではこちらがやられていましたよ、ゴム人間をだしたのはお姉さまの英断です、ねえお姉さま」
「んん~わたくしの英断ではぁ?」
虚無の悪魔たちが地上へおりてくる。
ナイギアラはボロボロだ。
片目を失い、片腕を失い、虫の息とはこのことか。
ゴム人間に首根っこをつままれ、持ち上げられ、今はもうすっかり大人しくなっている。
「……悪魔、ども、め……ごはっ……」
「大人しく錬金術師を渡せば、こんなことにはならなかったでしょうねぇ。あなたは痛い目を見ず、こちらは出費もせずぅ。あぁ、本当に不毛な争いですねぇ、あーははははははっ!」
「貴様らに、賢者の石を渡すものか……」
「それはあなたの意志にすぎません、わたくしたちは賢者の石を手に入れますよぉ」
その後、インダーラたちはパラケルスス・グリモオーメンダスを探しはじめた。
一方その頃、件の錬金術師は隠れ家からゴム人間と悪魔の暴れっぷりを観察していた。世界樹を見通せるぎりぎりの距離から、スコープを使って。
「信じられないバケモノだな」
氷のような瞳。
薄い胸の少女だ。
20年前は少年だった。
40年前は老婆であった。
パラケルスス・グリモオーメンダス。
魔術王国で神秘を学び、エルフの里で妖精術を研究していたら、賢者の石の錬成に成功した天才的な錬金術師。
専門は命の創造。つまり、完全に倫理的にアウトな禁忌の魔術師である。
彼は生物に興味がある。
「悪魔の未知の科学で鋳造された暗黒の怪物か。実に興味深いな」
ゴム人間を肉眼で観測した人類はそもそもが少ない。
まず悪魔はめったに戦闘しない。
戦闘しても、安価な装備で済ませようとする。
そもそも、並みの悪魔では戦いの選択肢にゴム人間が入ってこない。
選択肢に入ってきてもコストが高いので使わない。
そして、もし仮に使ったとしたら最後──使われた人間が生きて帰ることはない。
「悪魔があれほど派手に戦うなど、収支が合わない気がするが……そうか、やつら、明確な意志を代行しているのか……となると、悪魔の使役者がいるな?」
パラケルススは「興味深い」とほくそ笑み、被検体の培養される地下へと降りていく。
「エルフには恩義がある。俺も人間だ。人の心がある。だが、同時に学者なんだ。真実を追求しなければならない。恨んでくれるなよ、悪魔よ、悪魔の使役者よ、そしてエルフよ」
ぼそぼそとつぶやき、禁忌の錬金術師は怪物たちを解放する。
試用するのはシリーズ『人類滅亡』型番は001。
悪夢のような天才が、気まぐれにつくった超厄災だ。
「しかし、バッテリーがいるなぁ……賢者の石を使うのももったいない……ん? ああ、いいのがあるじゃないか」
スコープで見つめる先。
ゴム人間に摘ままれて、うなだれている──虫の息のナイギアラだ。
「喜べよトムランタ、侵略者どもから俺を守れるぞ」
嬉々とした表情だった。
パラケルススは魔導砲に001をセットし、そして遥か天空へと打ち上げた。
大空へ打ち上げられた001は、曲射で世界樹へと命中、幹を大きく削りながら、地上へと落下してしてくる。
「おんやぁ?」
「なんかしら、ねえお兄さま」
「僕にはさっぱり、ねえお姉さま」
直径2mの緑色の球体。
冬眠状態の001は落下途中で目覚め、そのまま、地上のゴム人間のもとへ。
「こ、これは……まさか……パラケルスス……」
ナイギアラは涙を滂沱とこぼしながら、落下してくるそれを理解した。
おしまい、が、落ちて来る。
ゴム人間はその体をガバっと開くと、弾力のある黒で、ナイギアラを体内に収納した。
インダーラがゴム人間に下していた命令は「ナイギアラを殺さず拘束」。交渉材料としての価値があったため、すぐ斬ってしまう主人に代わって、クレバーに利用しようと考えた悪魔らしい理由で生かしていたのだ。
ゴム人間は忠実に命令を実行する。
緑の球体がナイギアラを捕食しようとしているなら、今度は全力で守るのである。
「さて、見せてもらおうか、悪魔兵器のチカラを」
パラケルススは再びスコープに張りついた。
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