潜入ミッション


 アガサとインダーラは深い森へ足を踏みいれた。

 サウスフォートレスから実に9日の旅路だ。

 アガサは象牙連盟のサービスで睡眠時間と馬たちの疲労を買い、タイムロスを無くし、夜通し移動を続けた。

 なので本来は1か月前後かかる旅を9日で終えたのである。


 虚無の悪夢の財産をふんだんにつかった大判振る舞いだ。

 

「錬金術師の居場所、わかりましたよぉ」


 インダーラが悪夢を使って長距離移動して戻って来た。

 アガサのかわりに彼は何度も妖精国内へ潜入して、噂の錬金術師のことを調べていたのだ。


 インダーラは明晰な記憶力に刻んだ情報をアガサに伝えていく。


「妖精国は12の部族からなりますぅ。彼らは周期的に12部族のなかから、部族単位のコミュニティを越えた超部族的な権限を持つ王を選出し、それによって人間たちに対抗する形で国家という体系を整えているようですねぇ」

「エルフに国家という概念はなかったようだ」

「ええ。なので厳密に言えば、妖精国というものはありませぇん」

「邪魔になりそうな戦力は」

「トムランタを”邪魔になりそうな戦力”に数えるならば、おそらくはぁ」

「トムランタがエルフの最大戦力ならなんの問題もない」

「心強いですねぇ」

「錬金術師は世界樹にいるといったな」

「ええ。件の錬金術師パラケルスス・グリモオーメンダスは妖精国の賓客として、かなり丁重な待遇を受けているようですのでぇ。魔術王国からの流れ者、それも人間だというのに破格の歓迎ぶりですねぇ」

「エルフにも賢者の石の価値がわかっているということだろう。あるいは、もうすでに明確な”使い道”が決まっているか……どのみち、やることは決まっている。インダーラ、双子と協力して、錬金術師を捕獲しろ」

「世界樹のなか、パラケルススの部屋に飛び、そのまま連行すればいいだけですねぇ」

「ああ」

「簡単ですよぉ。でも、なにかあったら守ってくださいよぉ、アガサ様ぁ」

「近くまで行って待機するつもりだ。安心しろ」


 

 ────



 インダーラは悪夢から頭だけをひょいっとだして、あたりの様子を見渡した。

 出口付近に敵影は無し。

 見たところ、世界樹の根本に出たらしい。


 悪夢を使った長距離移動は、見知った場所ほど精度を高くすることができる。

 地脈的条件、悪魔としての制約など、世界のルールを破ってそんなことをしているのだから、聞くほど便利なものではない。


 例えば、悪魔は悪夢から出た直後はかなり無防備だ。

 悪魔たちはたいていの物理現象は無視して、無敵に近い防御力と再生能力を発揮できるが弱点もあるのである。


「おおいなる自然の神秘を感じますねぇ」


 インダーラは超大な樹を見上げる。


 世界樹のなかはエルフたちの生活空間になっている。

 直径300mはくだらない超巨大霊木だ。

 この中に件の錬金術師は囚われている。


 インダーラは帽子の位置を直して、ステッキを持ち直し、世界樹の幹に足をかけた。

 そして、細枝のように長い脚で、大きな歩幅を取りながら、垂直の木を歩いて登り始めた。

 とはいえ、このまま頂上へ行くわけにはいかない。


 手ごろなテラスへ飛び移り、世界樹の中へ潜入する。


「こんにちはぁ」

「こんにちは~」


 認識阻害の三種の神器を装備しているため、インダーラが悪魔だとはバレず、世界樹の住民に怪しまれることなくすれ違うことができる。


 世界樹の上層へたどりついた。

 

「止まれ、ここが通れないのは知っているだろう」


 上層への通路はいくつかある。

 インダーラが選んだのはエルフの兵士たちの通用路だ。

 階段を塞ぐようにして、石の槍をもったエルフたちがたちはだかる。


「失礼ぃ~」


 インダーラはステッキで軽く殴りたおして、上層へ侵入した。


「さて、そろそろお二方を呼びますかねぇ」


 そう言って、人気のない通路の片隅の座標を悪夢につなげる。

 すぐに空間がたわみ、モノクロなドレスコーデを身にまとった双子が出て来た。


「ちょっと遅いと思いんじゃないかしら、ねえお兄さま」

「最近ますますぼんくら具合に拍車がかかっているようですよ、ねえお姉さま」

「んん~これは辛辣ですねぇ、わたくしはアガサ様にご指名いただいている最優秀悪魔だというのにぃ~──」


 インダーラの体がバラバラになる。

 見えざる巨人の手が握り潰したらしい。


「行きましょう、ねえお兄さま」

「あとは僕たちがやっておきましょう。そうしたらアガサ様に褒めてもらえるのは僕たちですから、ねえお姉さま」

「ええ、その通りだわ、ねえお兄さま」


「実に手厳しいですねぇ」


 霞より復活したインダーラはハットの位置を直し、呑気に前を行く双子のあとを追いかけた。

 

「な、なんだ、この子供は……!」

「ちょっと静かにしていてほしいわぁ、ねえお兄さま」


 エルフに見つかれば、カィナベルが睨みつけて率先して気絶させていった。

 インダーラは乱暴な手腕にやれやれと肩をすくめる。


 そうこうして、事前情報にあった目的の部屋を見つける。


「こんにちはぁ。パラケルスス・グリモオーメンダス殿ぉ」


 ハットを取りながら、挨拶するが、部屋にパラケルススはいなかった。

 代わりにいたのは紅い髪の女エルフだ。

 豊満な体つきをしていて、足を組んで、不遜な眼差しを侵入者へむける。


「情報より多いな。1匹、2匹、3匹も悪魔がいるじゃないか」


「おんやぁ、あなたもしかしてトムランタですかぁ?」

「このぼんくーら、隠密ミッションの意味がわかってないわ、ねえお兄さま」

「まったくです、バレてるのは僕たちの責任じゃないですから全部彼のせいです、ねえお姉さま」


「聖地を荒らす害虫どもめ。焼き殺してくれる」


「おんやぁ~これはこれはまずいですねぇ~彼女、悪魔祓いのチカラをもっていますよぉ~」

「やると言うの? こっちは悪魔が3柱いるのよ? ねえお兄さま」

「そういうことは戦う前に言うとあまりよくないってアガサ様がいってましたよ、いわく、かませなるものに成り下がるとか、ねえお姉さま」 


「精霊術・焼却式、芽吹け、紅蓮蝶」


 エルフの赤い髪が紅色に鮮やかに輝きだした。

 ちりちりと火花を散らす蝶々たちがパタパタ飛んでくる。


「インダーラ……あれ、とてつもない魔力量……」

「さりげなく真名口走るのだけはおやめくださぁい」


 蝶々に気を取られた一瞬。

 インダーラの顔面に強烈な蹴りが叩きこまれ、高い鼻がへし折れた。

 虚無の悪魔たちは一撃で世界樹から叩きだされてしまう。


「聖地のなかで暴れるわけがないだろう、たわけどもめ」


「い、痛い……痛いわ……、お兄さま」

「これが悪魔祓い……腕が…取れて……もう帰りたいです……でも、アガサ様のために……」

「わたくし鼻を折られるとちょっと元気がなくなる仕様でしてぇ……」

「頑張りなさいよ……あんたが前でないでどうするつもり、ねえお兄さま」

「腕が……」


「口ほどにもない悪魔どもめ。このまま焼き殺してくれる」


 言い合う、虚無たち。

 次の瞬間には猛烈な爆炎があたりを飲みこんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る