人類滅亡シリーズ、ダイダラドゥッチ
ゴム人間は腹にナイギアラを抱えたまま、荒ぶる祟り神のごとく、四足で駆ける。
追いかけるのは『人類滅亡』のシリーズ。
その001番だ。
パラケルススはこの超厄災の怪物をダイダラドゥッチと呼んでいる。
真の力が解放さられれば、もはや何者も止めることは叶わない。
パラケルススはそう確信している。乗算に乗算を重ね合わせ、相乗的に変異するこの有機的な破壊兵器は、世界最強の厄災であると。
「そこだ、捕まえろ」
世界樹の表面を滑るような速さでのぼっていくゴム人間。
ダイダラドゥッチは身体をパックリ展開し、8つ足の緑クラゲのようになった。
そのままふわふわ浮遊しはじめる。
この世の物ではないような光景に、世界樹の住民たち、兵士たち、そして虚無の悪魔たちでさえ、空いた口が塞がらない。
いかにして、あんなに重たそうな肉の塊が浮くのか。
疑問を抱く頃には、ダイダラドゥッチはノロマなクラゲから、さらに形態変化し、20本以上の触手をもつタコのようになっていた。
浮遊したまま、触手を物凄い速さで撃ちだす。
射出速度はどこかの剣王の刺突奥義と同等──あるいはそれ以上に速い。
ゴム人間はゴキブリのような緩急としぶとさでかわして、世界樹の反対側へ避難する。
ダイダラドゥッチは世界樹を大外からまわりこみ、ゴム人間を捕まえようとする。
「あのふわふわ浮いてるのが一体全体なんなのか検討もつきませんが、反撃しちゃいますかぁ。幸い、トムランタが早めに片付いたのでゴム人間の活動時間は残っていますしねぇ」
ゴム人間が方向転換し、浮遊物体へ黒い腕を伸ばした。伸縮自在の腕だ。
先ほどの戦闘で、世界樹の中腹に立っていたナイギアラの腕を、地上からちぎり取ったのもこの伸びる腕である。
ゴム人間の手のひらが直径2mまで広がり、ダイダラドゥッチのタコのような頭を鷲掴みすると、勢いよく世界樹へ叩きつけた。
衝撃は空気を震わせて、爆発音となって妖精たちの森に響き渡る。
ダイダラドゥッチは原型をとどめられず、崩壊しながら地上へ落下していく。
そのさまをパラケルススは遠方から観察していた。
「反撃されたか。ナイギアラとその精霊は炉心にできそうもない……賢者の石を一つ使うか……」
冷静に策を変更する。しかし、十八番のダイダラドゥッチが一撃で戦闘不能にされ、内心、パラケルススは冷や汗が止まらなかった。
「ナイギアラとの戦闘ではスペックを出し切っていなかったのか……」
打ち上げ式の魔導砲に、青白い宝石トカゲを乗せる。
体長1mほど。カメの甲羅のように背負う輝く輝石。
天然の魔力が沈殿する地下洞窟の奥に生息するトカゲが、長い年月をかけて背中の皮に蓄積させていく魔力の至宝。
賢者の石はこの極珍しいトカゲの名前である。
つまるところ、人工ではないのだ。
パラケルススは魔導砲に魔力鉱石の精製粉末をこめる。
これで撃てる。撃ちだした賢者の石は、空中で翼を展開し、ダイダラドゥッチに吸収される。そして、半冬眠状態から超厄災は目覚めるのだ。
「曲射砲の軌道を逆算してみれば、面白いところにたどりついた」
「ッ……」
さあ、撃とう。そう思っていたのに、知らぬ声に出鼻をくじかれた。
発射レバーにかけていた手を止める。
パラケルススはじんわりと汗をかき、背後をかえりみた。
黒い髪に蒼い瞳の男。
アガサである。彼は気だるげな表情で、賢者の石が飼育されている培養ポットに寄りかかっていた。「……トカゲ」と不思議そうな顔をしている。
「誰だ。お前は、どうやって私の研究室に入った」
「巨大な筒状の……スコープ。それと、宝石を背負ったトカゲをのせた大砲。撃つのか。珍妙なものばかりある」
「誰だと聞いているんだ。答えろ」
杖を抜く。
素早く、ちいさな声で、詠唱し、パラケルススがいましがた飲んでいたワインが意志をもったように動き出し、槍になった。
それが4本。
先端はアガサへ向けられている。
「もう一度、機会をやる、答えろ、誰だ。どうやって私の魔術工房に入った」
「お前がパラケルスス・グリモオーメンダスか」
「質問を質問でかえされるのが、私は一番嫌いなんだ! このカスが!」
ブチ切れ「もう死ぬしかないな!」と、ワインの槍が発射される。
アガサは刀を抜くと、素早く槍を斬り払った。
重たい金属同士のぶつかる音がして、火花が飛び散った。
「っ、達人級の剣士か……!」
「それでは俺に対して失礼だ。人類史上最高の剣士と呼べ」
「ふざけるな!!」
澄まして笑い、おちゃらけるアガサ。
パラケルススは、足元の石床の形状を操り、針山のごとく踏み突きだす。
アガサは瞳を鋭くし、覇気をこめて地面を力強く踏みつける。
それだけで、石床にこめられていた魔力が霧散してしまい、魔術が上手く発動せず、針山は形成途中で砕けて崩壊した。
直後、ドュン! っと不思議な音がした。
アガサは視線を魔導砲と、その近くでレバーを足で押し下げているパラケルススへ向けた。
「トカゲが消えたな。今ので撃ったのか」
「ここにある発明のすべてが100年、200年、そういった時代を先取りした物だ。私は天才だからな。なんでもできるんだ」
「そう。そこだけ聞くと、とても価値のある人間に思える」
アガサは剣をくるくるまわし、先端をいじりながら「話をはじめよう。俺は賢者の石をもらいにきた」とつぶやく。
「俺はアガサ・アルヴェストンだ。訳あって死にかけてる」
「……そうは見えないが」
めちゃめちゃになった石床。
飛び散ったワインの模様。
懐疑的な返答にならざるを得ない。
死にかけの人間は気迫だけで、魔術を打ち消さないし、斬り払わないのが世の常識だ。
「私じゃお前をどうにもできないようだ。話合いに応じるしかないか」
アガサは刀を鞘におさめる。
「お前を名を知ってるぞ、アガサ・アルヴェストン。エルフたちの怨敵、ゲオニエス帝国の二代目皇帝だろう。なるほど、興味深い。ゲオニエスは最近、分裂したと聞く。妖精国と帝国は深い森でで断絶されている。にも、関わらず、遥々、こんなところに皇帝が単身で乗り込んでくるなんて」
パラケルススは杖を置いて、代わりに酒瓶を手に取る。
2つの空のグラスに注ぎながら、片方をアガサへ手渡す。
「お前が皇帝だと信じてもいい」
「あんたはパラケルスス・グリモオーメンダスか」
「……。ああ、そうだ。私がパラケルスス・グリモオーメンダスだ」
「男だと思っていた」
「性別などいかようにも変えられる。年齢も同様だ」
「どういう意味だ」
「私は天才なんだ。頭の中で生み出されるすべてをこの世界に出力するには時間が足りない。だから、最初に死を克服した。性別の克服はその副産物さ」
アガサはワインの香りを嗅ぎながら「羨ましいな」とつぶやく。
「パラケルスス・グリモオーメンダス、俺はあまり言葉が得意じゃないんだ。こう見えて農民の出身でな。だから、単刀直入に言わせてほしいんだが、あんたの死を克服する術が必要だ」
「ふむ。死にかけているという話を信じるなら、そうだろうな。私は天才だ。まず確実にアガサ・アルヴェストン、お前を助けることができる」
「信頼関係をあんたと結びたい」
「信頼関係。興味深い言い回しだと私は思うぞ」
「言い換えよう、利害関係だ」
パラケルススは考える。
一国のリーダーである皇帝アガサ・アルヴェストンが、本当にこんな秘境の地に単身でくるわけがない。
こいつは偽物だ。とびきりの馬鹿だ。
しかし、強い。おそろしく強い。おそらく私の魔術ではどうにもならない。
私の作品たちを使えれば、簡単に殺せるが、培養ポットから取り出して、冬眠解除までさせてもらえるわけがない。
だから、アイツに頼るしかない。
「利害関係か、それはいいな、アガサ・アルヴェストン。では、信頼の証に、今現在、私の命を狙って来ている悪魔どもを追い払ってくれないか」
まあ、できるわけがないが。
「……」
「どうした、アガサ・アルヴェストン。お前が噂に伝え聞く真実の剣聖ならば、その途方もない圧でもって悪魔を打倒できるはずだ。竜の学院での最新の研究結果から、強力な圧は悪魔祓いに匹敵するだけおの退魔効果があるとわかっているからな」
「……撤退した。悪魔たちはもうお前を狙わない」
「…………は?」
こいつはなにを言っているんだ。
「なんでそんなことが言える。どうして、そこでワインの匂いを嗅いでいるだけのお前に、私がどんな悪魔に命を狙われているのかわかる。どうして、一歩も動かないお前が私が手を焼く悪魔を追い払えるんだ」
「見ればわかる」
アガサの硬質な眼差しを受けて、パラケルススは息を呑む。
スコープをのぞけば、世界樹の近くで先ほどまで暴れまくっていた悪魔たちがスコープへ向かって手をふっていた。
「な……ッ」
慌てて、レンズから目を引くパラケルスス。
「バレた!!? なんで!!」
「もちろん、アガサ様が教えてくださったからよ、ねえお兄さま」
「結局、アガサ様に動いてもらっちゃいましたね、ねえお姉さま」
「クラーク、鼻が折れてるが」
「心配はご無用でぇす。すぐに治りますよぉ、悪魔ですからねぇ」
「ッ!!?」
今度は背後に悪魔たちが出現していた。
スコープのなかにはもう悪魔たちがいない。
移動したらしい。
パラケルススの鼓動が速くなる。
悪魔が三体、そして、達人級の剣士。
過剰な戦力だ。凄まじく大きい戦力だ。
「お前……そうか、お前が悪魔の使役者か……」
「わかってもらえたか」
アガサは思う。
これで交渉がスムーズにいくな、と。
「ハァ……ハァ、ハァ、こんなところで、死んでなるものか、賢者の石は私の作品だ、異界の略奪者どもめ、人間を舐めるな……」
パラケルススのなかでは、アガサの正体は、闇に落ち堕落した剣士で、悪魔と契約した人類の敵・恐ろしい狂人ということになっていた。
「私は私のもてるすべてをもって、世界をつくりかえる……そのための『人類滅亡』シリーズだったが……はは、期せずして使い時がやってきたか」
パラケルススは懐から薬瓶をとりだしてガバっと勢いよく飲み干す。
同時に天井を見上げ、「ダイダラドゥッチッ!!」と叫んだ。
直後、超質量が空から降ってきて、極秘魔術工房を踏みつぶしてしまった。
──2分後
パラケルススは血走った眼で、壮観な景色を楽しんでいた。
風に美しい長髪をなびかせ、少女の顔で狂気の笑顔をうかべる。
先ほど飲んだ賢者の石のせいで最高にハイになっているのだ。
彼女が見ているのは、地上150mからの絶景だ。
地平線がどこまでも続き、森と青空を分けている。
ただいま、彼女は天を衝く170mの高さを誇る超巨人ダイダラドゥッチの肩に乗って、その圧倒的な性能を試そうとしていた。
「撃て」
ダイダラドゥッチの眼から熱線が放たれる。
それは数十キロ先に着弾し、ピカっと光り、巨大なキノコ雲をつくった。
遅れて轟音と爆風がやってくる。森が燃え、エルフの里は蒸発した。
ダイダラドゥッチ腕を振り払えば、世界樹がへし折れた。
そこに住んでいた数千人のエルフが死んだ。
パラケルススの興奮は絶頂だった。
「ハハハ……これが賢者の石のチカラ、私の人工怪物のチカラ……すばらしいぞ……この怪物を御する私こそ世界最大最強だ」
パラケルススには夢があった。
100年前に、魔術王国の貧しい家庭に産まれた。
天才すぎるあまり、両親に虐待され、友達はいなかった。
まわりがバカに見えて仕方がなかった。
世の中に大した人間がはびこりすぎて汚く見えた。
知能レベルの低い厄災たちをいつまでも恐れる人間が弱くて嫌いだった。
だから、全部、滅ぼしてしまおうと考えた。
怪物に怯えないよう、他人に怯えないよう。
「──私が世界をデザインし直してやる。よし、エルフはこれでほとんど滅んだだろう。研究施設を失ったのは痛いが……踏み出せずにいた私の臆病な背中を押してくれたイベントだと思えば安い出費だ……最強のダイダラドゥッチと、私が生きていれば何度でもやり直せる」
ダイダラドゥッチは進路を帝国へ取る。
「まずは手始めに帝国を滅ぼす。次は剣術王国、獣の連合、魔法王国、魔術王国、人間国……ははは、夢が広がるじゃないか!」
────
「とんでもない無茶しますねぇ、パラケルスス・グリモオーメンダスぅ」
「アガサ様、どうぞ、こちらが賢者の石だと思われます」
「私たちが見つけました(チラチラ)」
「……よくやった」
アガサは賢者の石をせおったトカゲを抱っこし「お前が賢者の石だったのか」と話しかけながら、カィナベルとぺォスの柔らかい銀髪を撫でる。
インダーラはゴム人間と並んで、火のついたランプを持ち続ける。
アガサたちがいるのは、地下深くだ。
ダイダラドゥッチの天空からの踏みつけ攻撃をかわしたはいいものの、あまりの衝撃で地盤がめくれあがり、ひっくりかえり、埋められてしまったのである。
地面を掘りかえしていると、そばに埋まっていた賢者の石を捕獲できたというわけだ。
「インダーラ、カー、スー、これの使い方を教えてくれ」
「思うにぃ、とてつもないエネルギー資源という解釈であってますよねぇ?」
インダーラの問いかけに、双子は腕を組んで考え「おじいさまの知恵を借りてきます、アガサ様」と、賢者の石を抱っこして、悪夢へと消えてしまった。
暗い地面の下、インダーラとアガサ、そしてゴム人間の三者は沈黙したまま、双子が帰ってくるのを待った。
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