究極の剣とは



 アガサは無手のまま、ふらりと立ち尽くす。

 勢いよく迫るブロードソードの刃。

 ふらっと後ろへ下がり、剣をかわした。

 

「はは、緩慢な動きだなッ!」

「……」


 冷めた眼差しが、ゲンロックの返す刃を見つめ、またフラッとキレのない動きで避けた。


 ゲンロックはニヤリと笑みをうかべる。

 まるで素人の如き情けない避け方だ。

 こんなまぐれで避けてるだけの動きでは誰でも確信する。

 まぐれは続かない。

 そんなラッキーに頼ったような動きで、いつまでも師範クラスの剣術を凌げるわけがない。


「大総統なぜ圧を使わないですか!」

「そんな不埒者斬り捨ててください!」


「黙ってろ」


 薄氷を割るように剣聖の声は響く。

 彼がつぶやくだけで、門弟たちは静かになった。

 

 門弟たちは知っている。

 アガサという男は本来、優しさなどとは無縁で、冷酷に物事に対処する人間であると。

 ここ最近の彼は、木漏れ日の下で読書をしてることが多かったから、優しいみんなの師匠、であると勘違いをしてしまっていた。


 彼を侮ってはいけない。

 彼は誰よりも残酷な人間だ。

 ゲオニエス帝を屠るという、世界でただ一つの偉業をなし、その座を継承した人類最強の剣士なのだから。


「このっ、クソガキが、ちょこちょこ逃げやがって」

「逃げてるように見えるか」

「あ゛?」

「はやく剣を見せてみろ。俺という人類史場最高傑作への、最後にして唯一の謁見だ。光栄に思い、この機会を無駄にするな、剣士」


 地上のすべての剣士みんな自分より下だと確信して疑わない者の目だった。

 傲岸不遜すぎる物言いに、本場の剣術を誇りに持つゲンロックは、圧の出力をあげた。


「舐めるな、ふざけるな。こっちは剣振って40年の大ベテランだッ!」


 ソーディアの黎明期から名を轟かせる大剣豪なんだ。

 剣術の何たるかをまるで理解してない10代のガキ風情が。


 ──冥王流剣術・足狩り

 

 ゲンロックは一撃だけ陽動を放ち、アガサに攻撃を避けさせる。

 同時に、圧を右足のスネに集中させた。

 鎧圧を鋭く変形させ、斧のようにし、アガサの足首へ蹴りこむ。


 命中。これで足を刈り飛ばしてやる。


 そう思い一気に振りぬいた。

 だが、アガサの足は刈られず。

 ただ、派手に足をすくわれ空中側転しただけ。

 ゲンロックの″足狩り″が、ただの″足払い″ならば、そういう体勢の崩し方もありえただろう。

 だが、鋭い刃で斬られたらあり得ない。


 アガサは何気ない様子で側転から着地し、ゲンロックへ向き直る。


「なんだその動きは……なぜ足狩りで斬れんのだ……」

「リンゴが木から落ちるのと同じだ」

「ふざけるなッ! そんな小手先の技がいつまでも冥王流に通用すると思うな!」

「知らないのか。小手先が一番重要だ──」


 ──剣聖流柔術・鋼返し


 鋭く斬りこむゲンロック。

 アガサは太刀筋を見切り、フラッと懐に飛びこむ。

 手首を掴み、剣の向きを変えさせ、ゲンロック自身の胸を突き刺させた。


「ゴボ、ァ……」


 ゲンロックは視線をさげ、ブロードソードが自分に刺さっているのを見る。

 血を吐く。理解不能なアガサの業に、罵倒の言葉すら紡ぐことができない。


「剣術を極めた結果、ひとつ忘れていたことがあった」


 アガサは究極の剣を身体に宿した。

 意志だけで万物を斬る術を会得した。

 しかし、長い道のりがあった。


 一般的な剣術として考えた場合、剣聖流のゴールはあまりにも遠すぎるのだ。

 

 ゆえにアガサは初心に立ち帰り、剣を初めて握った当時のことを思い出してみた。


 4年と1,000年と3年も前のことだ。


 「帝国剣術の真髄は皇帝陛下への信仰にある! 信仰と剣を握りしめ怪物を倒すのだ!」

 「教官殿! 剣が無くしたらどうすれば良いのでありますか!」

 「馬鹿者がぁあああ! 剣を失えば、信仰を失ったのと同じッ!! 決して手放すなぁあ! 剣を落としたら、死あるのみだぁああ!!! 貴様、名前はぁあ!」

 「アガサ・アルヴェストンです!」

 「クソみたいな名前だなッ! 貴様のようなたわけた事を述べる者は外周100周だ!」


 教官の叱責と怒声の返答に、騎士見習いアガサはこう思った「いや、そうはならんやろ」と。


 剣を手放しても、出来ることがあるはずだ。

 むしろ、何らかの要因で剣を手放した後のことを考慮していない剣術は、剣術として不完全ではなかろうか。

 

 ゆえ真実の剣聖アガサは、剣聖流の完成を目指し、柔術と拳術の科目を追加した。

 自分のような″究極への到達″を理想としつつ、より実践的な剣術体系を構築しなおしたのだ。


「はやく来い。時間が惜しい」


「ゲンロック……ッ!」

「あの男、なんと珍妙な技を……っ、剣以外の技を使うなど、剣士の恥だ……ッ!!」


「剣と向き合って40年程度のひよっこがなにをほざく」


 アガサは冥王流師範たちに3分だけ謁見の時間を与え──そして、そののちに彼らを葬ることにした。


 冥王流師範ルーザーはつまらない剣士だったので、同じく鋼返しで無力化した。

 次は師範メリクラスへ迫る。


 メリクラスは冷や汗をぬぐい「やむを得まい」と、小瓶を取り出して、黒い液体をグビッと飲んだ。

 悪魔の一部を取りこむことで、人間を越えた力を手に入れる術だった。


「すごい、すごいぞ! 力が溢れてくる! ──ハハハ、アガサ・アルヴェストン、久しぶりだなッ!」

「……」

「見たぞ、見たぞ! どうやら!」


 急に口調が変わったメリクラス。

 メリクラスのソレは、悪魔から力を分けてもらう類のものではなく、悪魔の一部を憑依させるものであった。

 そして、その悪魔はかつて悪夢で面識のあった悪魔であった。


 アガサは立ち止まる。


「この気配は……5等級の悪魔、か……」

「この事を悪魔世界に知られたらどうなるか!」

「……」

「ハハハ、いいや、それよりもあの悪夢の剣聖アガサ・アルヴェストンを討ったほうが私のネームバリューがあがるというもの! ここで復讐を成功させよう! 象牙連盟にいつまでもデカイ面をされるのは癪に触るしなぁあ!」

「象牙連盟の敵対悪魔か。なら斬っていいな」


 アガサの蒼瞳に″黄金の輝き″が宿る。


「ははは! 凄んでも無駄だ! アガサ・アルヴェストンッ! お前は弱くなっ──」


 メリクラスの腕が。気持ちよく喋っていた悪魔は「……ぇ?」と状況を把握できていない顔をした。


「どうした。アガサ・アルヴェストンといえばソレだろう。それで斬られて死にたいから俺の前に現れたんじゃないのか」

「ば……ば、かな……お前は、もう圧を使えなく、なったんじゃ……!」

「いったいいつから真実の一太刀が使えないと錯覚していた」

「……ッ」

「真実の一太刀がなんなのか、お前はまだ何も知らない」


 メリクラスはアガサの瞳の奥に金色の輝きを見た。

 直後、その身体は無限の刃によって、バラバラに破壊されてしまった。


「すごい……あれが真実の剣聖アガサ様の、真実の一太刀……!」

「大師範……っ! お見事です!」

「はじめて見ました! あれがアガサ様のたどり着いたと言われる究極の剣なのですね!」


 何も答えず、目尻を押さえ、軽く揉んでマッサージをする。

 次に目を開けば、瞳はいつもの冷めた蒼色に戻っていた。


「掃除をしておくように。それと現時点をもってガライラ道場の代表者を師範イレイナに引き継ぐ。シュバルツは役目を全うした」

 

 最後に亡き弟子へ視線を送ると、背を向けて修練場をあとにした。


「インダーラ、双子を呼べ。道場破りどもを悪夢に連行させろ」

「死んでいては買い手はつかないと思いますよぉ〜」

「2人は生かしてある。臓器の間を通して、剣を返した」

「あの一瞬でそこまで正確にぃ? さすが、お見事ですなねぇ……。それなら、人間収集家に売れますよぉ」


 インダーラは言葉を一旦区切り、訝しむ流し目をおくった。


「ところで、アガサ様」

「……」

はなんですか?」

「……。お前たちの信頼に俺は報いた。お前たちも俺に報いろ」

「あなたは間違いなく剣気圧を使えないはずですよねぇ……答えてください、あれは、なんですかぁ?」

「究極の剣、何度も言ってるだろ」

「アガサ様……悪魔以外とも、契約していましたかぁ……」

「裏切りなどと言ってくれるなよ」

「もちろん、ですが、まさか使なんて、思いませんでしたからぁ……すこしびっくりしてしまいまして」

「俺はそうは思わない。。使うたび、俺は人間ではなくなってしまう」


 アガサは知っていた。

 黄金の力は高次元と繋がる力だと。

 ゆえに過度な使用は、悪夢にいた頃の自分に近づくことになると。


 インダーラはアガサの黄金の力を知っていた。


 アガサは本来真実の一太刀を放つのに剣気圧を必要としない。

 だが、本人は剣気圧でそれを


 圧の真実の一太刀。

 それが今までの究極の剣──模倣。

 今しがた使われたのは究極の剣──本物。

 より根源的、原理的、原則的な力である。

 

 人は天に手を届かせられない。

 同様にアガサは斬られない。

 朝になれば陽が昇る。

 同様にアガサは

 

 斬ろうと思ったら、斬れる。

 距離、時間、空間、何者も究極に達した刃を妨げることはできない。


 それが究極の剣の正体。

 アガサ・アルヴェストンとは、神器すら超越した剣の名である。


「悪魔の作戦は上手くいった。最後の100年、俺は灰色の都市で過ごした。そこで俺は人間性に心惹かれ、そして人間でありたいというあたりまえの欲求を再び芽生えさせた」

「人が900年かけて剣になり、そしてまた人間に戻った……奇妙な人生を送られていますねぇ、アガサ様ぁ」

「おしゃべりしすぎたな。時間が押してる。もう行くぞ」

「はい、アガサ様ぁ」


 赫刀を一振りして、時空をわかつ。

 2人は帝都へも渡った。

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