妖精術師対策会議
巨大な渓谷に築かれた偉大なる帝国の都。
帝都ゲオニエス。
深谷の真ん中に、天から剣が落ちてきたかのような摩天楼が立っている。
摩天楼は全帝国騎士が羨望と尊敬を向ける最強の剣士たちのおわす場所である。
その廊下を歩く笹傘を頭に乗っけた中年男。
着くずした騎士隊服は、胸元をはだけさせ、総髪に束ねられた濡れたように艶々した髪と相まって、やたら色気があった。
彼の隣を歩くのは、ちんまりとした小柄な女性。
やたら童顔だが今年で30歳。
騎士隊服をちゃんと着こなしていて、ひょっとすると一般騎士に紛れ込んでしまいかねない覇気の無さだ。
ただ、腰に下げられた水色の魔法剣が、彼女の身分と正体を合わしている。
帝国剣王ノ会、元稲妻の剣王ゼラフォト。
帝国剣王ノ会、元凍圧の剣王クリスティーナ。
2年前に騎士団を去り、今では文化の道を歩く2人が、どういうわけか帝国剣王ノ会の摩天楼へ戻ってきた。
ゼラフォトは最上階にたどり着くなり、扉を押し開いた。
「おいおい、また1人だけですかい」
「剣王ノ会は集まりが悪いですからなァ」
相変わらず閑散とした会議室。
長机に座する赤い髪の男。
クリスティーナより少し年上に見える青年だ。
彼の名はアギト。
かつて維新人民党にて序列1位の座についていた強者である。
アガサを目撃した直後、敵前逃亡して生き延び、のちに帝国剣王ノ会にスカウトされたのである。
「おっ、クリスティーナ先輩も地下から出て来たんですかァ?」
私に話しかけないでください……っ!
と、クリスティーナは内心で強気に言いつつ「ぇ? ぁ、はぃ、まぁ」とボソボソ言いながら、極まったコミュ障をこじらせ、ゼラフォトシールドの背後に隠れる。
「それじゃあ、自分が話を始めさせてもらいますぜェ」
「そいやぁ、こらなんの集まりで?」
「集まりかりどうかも怪しい出席率ですけどね……(ボソ)」
「速い話が先日のあれ、あれですよォ」
会議室に緊張が走る。
「帝国剣王ノ会メンバー連続暗殺事件ですわァ」
「こらまーた物騒な話になってぇ……」
実はこの7日の間に、帝国剣王ノ会の剣王が2人も遺体で発見されているのだ。
根本の問題はこうだ。
ソーディア剣術王国の剣士ゲンロックが、剣聖流の師範代を斬ったことにより、剣聖流の威信におおきな傷がついた。
結果、分裂した3つゲオニエス帝国が、本家本元であるアガサ・アルヴェストンおよび剣聖流のノースゲオニエス帝国へちょっかいをかけはじめたのである。
その被害者こそ、帝国剣王ノ会だ。
「でも、どこの誰が剣王斬れるって言うんですかい。お世辞抜きにかつての帝国剣聖ノ会よりもレベルの強い剣士が揃ってると思いますぜ」
「ゼラフォトさん、なんでゲオニエス帝国が分裂したかわかりますかァ」
「藪から棒ですなぁ、アギト君」
「食い破られた、それが分裂の正しい表現でしょォ」
かねてよりゲオニエス帝国は″極めて強行な帝国主義″により、敵が多かった。
とりわけ、多種族を迫害してきた歴史は長く、土地をあっちこっちから奪い、特に獣人やエルフら森の民たちへは酷い仕打ちをしてきた。
「結果、今になって帝国が揺らいで、復讐の好機が生まれて、んでエルフたちが介入して、ゲオニエス帝国の領地を分割して、ぶんどって行きました、とさァ」
「そういう事らしいぜ、クリスちゃん」
「この国って血生臭いですよね……」
「まあ、あのスーパーじいさんが、剣一本で創り上げた領土のうえに出来てるからなぁ、1億の犠牲を築いて、そのうえに1000万の繁栄を乗せてるってわけさ」
クリスティーナはぷるりと震えて「みんな仲良くしましょうよぉ……」と甘ったれたことを言う。
「んで、誰が剣王斬ったかーつぅ話ですけどォ、これは斬られたという表現より、焼かれたって言ったほうがいいですなァ」
「剣士じゃないと?」
「ええ。敵の名は『トムランタ』。分裂したゲオニエスを統治してる6人の妖精術師たちですわァ」
「聞いたことねぇな。クリスちゃんは?」
「私も初耳ですね……」
「そっかぁ、んでアギト君、元老院はなんか言ってましたかい」
「ゼラフォトさんとクリス先輩呼ばれてる時点でわかるでしょうォ?」
アギトは疲れた笑みをうかべる。
「つまりィ、帝国剣王ノ会はぶっ殺されないように自衛しつつ、エルフの妖精術師たち『トムランタ』を逆に狩って、分裂地域を取り戻し、二度とエルフに舐めた事させないようにする必要がある訳ですわァ」
分裂したゲオニエス帝国同士が潰しあえば、エルフたちの思う壺。
そのため、国を分割統治しているエルフたちを除去して、追い出し、3年前の混乱とともに食い破られた帝領を、再び統一をする必要があるのだ。
ゼラフォトとクリスティーナは「まあ、自衛は頑張ろうと思います」と声を重ねて言った。
と、ここでクリスティーナは思いついたように声をあげる。
「そうだ、アガサ様に全部やっつけてもらえば丸く収まるんじゃないですかね」
配下とは思えない発言だ。
とはいえ、みんなが思うことでもあった。
「まあ、俺たちの剣聖さまは国家安定にあまり興味がないみたいですからなァ、あんまり助力は期待しない方がいいと思いますぜェ」
「アガサ様が動いてくれたら勝ち確通り越して、敵全滅だと思うんですけど……そう上手くは行きませんか」
クリスティーナは命を狙われる側になったことに、ホロリと涙をこぼした。
「さあてェ、ほかの剣王たちはもうトムランタ狩りに動き出してるみたいですし、俺たちも行きますぜェ、先輩がた」
「ええ、みんなやる気満々じゃないですかぁ……」
一方、その頃。
アガサとインダーラは馬にまたがり、サウスフォートレスへとやってきていた。
妖精国へ赴くためには、ここを通らなければならない。
「おい、聞いたか? ノースゲオニエスの剣王が2人も殺されたって話」
「聞いた聞いた、我らがトムランタさまがやったらしいな。流石はエルフの王たちだよ。俺たちサウスゲオニエスはアガサ・アルヴェストンなんかじゃなくて、エルフたちとくっつくべきなんだ」
街中がそんな話題で持ちきりだった。
この3年で世論はかなり変わり、信仰大好きな帝国民たちはエルフたちを新しい崇拝対象に祭り上げていた。
「面倒なことになってるな」
「ですねぇ。よろしいのですかぁ、剣王ノ会が攻撃されてますけどぉ」
「気が向いたら援護をしよう。だが、これは俺の戦いじゃない。俺の戦いは賢者の石を手に入れることだ」
「冷たいですねぇ」
「剣王たちが負けるのなら、そこまでだ」
アガサの思考の根底は実力至上主義である。
「おい、お前たち向こうでノースゲオニエスの剣王と妖精術師さまが戦ってるぞ!」
「まじかよ、やべえじゃん逃げねえと!!」
「何言ってんだ、世紀のビッグマッチだぞ! 野次馬するに決まってんだろ!!」
町中が騒がしくなり、逃げる者と野次馬する者に大きく二分されていく。
「アガサさまぁ?」
「どうせ通り道だ。すこし見ていく、妖精術師とやらを」
アガサは黙って馬を前進させ、野次馬たちを追いかけはじめた。
インダーラは笑みを深めて、彼のあとに続いた。
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