道場破り


 シュバルツは真剣を中段に構える。

 ゲンロックは厚いブロードソードを軽くまわしながら、間合いを図る。


 互いの剣気圧強度は五分。

 否、わずかにゲンロックの圧が強い。

 

「おうおう、どうした剣聖流、怖くて踏み込めねえのか?」

「ほざけ。貴様こそ圧の優勢を持ちながら待ちの一手とはな。どこの木っ端流派の木っ端剣士か知らないが、あまり威勢よく吠えすぎると痛い目を見ることになるぞ」

「ははっ、面白えじゃねえか」


 ゲンロックは一気に踏みんで、真正面から斬りかかった。

 金属の刃がぶつかり、火花と鎧圧の破片が飛び散る。


 一振り、二振り、真剣がぶつかり、甲高い音が響く。

 手数ではシュバルツの剣が勝る。

 近距離でのソードワークもシュバルツが上手い。


 なんだ、格下か。

 そう思い、シュバルツは身を引いて、手首を取りにいく。

 命まで取るつもりはなかったからだ。


 だが、その甘さが剣に出た。

 ゲンロックはあろうことか、鎧圧を手に集中させ、手刀のように斬り払った。

 シュバルツの剣は大きく弾かれた。

 ニヤリと笑むゲンロック。すかさず斬りこむ。

 シュバルツは鎧圧で受けきろうとするが、熟達の剣士の一撃を防ぎきる強度はない。

 脇腹を斬られた。膝を屈した。


「はっは、ちょっと実力隠して遊んでやったらすぐに油断しやがる。帝国の剣術も地に堕ちたもんだぜ」

「くそっ、なんて情けない話だ……」


 この男は強い。

 あの一瞬、手刀で弾く判断はできない。

 格下なんてとんでもない。ずっと格上の剣士だ。


 シュバルツはゲンロックの手刀を見やる。


「冥王流の修行は、夜の闇に身を浸すところから始まる。1時間、2時間、3時間、やがて丑三つ時の誰もいない密林にて夜明けを待ち、最後には暗黒の洞窟にて7日間の暗黒修行を経て、一人前となる。人の持つ闇への恐怖を完全に克服した剣士は、最大の圧で持って鋼の刃にすら怖気ず、このとおり五体に宿る鎧だけで勝ってみせるというわけだ」


 シュバルツは「三流剣術が……」と悪態をつくことしか出来なかった。

 負けたのは事実だからだ。


「これぞ冥王剣術の真髄よ──剣聖流、敗れたり!」


 ゲンロックは「師範クラスでこの程度とは片腹痛い!」と高らかに笑い、ひざまづくシュバルツのもとへ近寄り、剣で腹を突き刺した。

 シュバルツは苦痛に顔を歪める。


「怪物の脅威に立ち向かうためには、数ある流派を最も優れた剣に統一することは必須! 喜べ、剣聖流、冥王剣術会はお前たちを受け入れてやろう!」


 古来より剣術は淘汰と統合を繰りかえすものだ。

 他流派同士の師範が剣を交え、敗れた流派は飲みこまれる。

 生存競争が剣の術理を進化させるのだ。


 シュバルツの首を叩き斬り、その首を修練場の真ん中へ放り投げた。


 悲鳴をあげる剣聖流の門下生たち。

 ゲンロックは仲間のメリクラスとルーザーに目配せをして「ご立派な道場はこれより冥王剣術会がいただく!」と高らかに宣言した。


 300名以上の野次馬の塊が、ざわざわしはじめる。

 決闘により、師範が斬られ、道場を奪われたのだ。

 剣術家たちの共通の認識として、たしかに冥王剣術会とかいう名も知らない流派のものになってもおかしくない状況だった。


 ゲンロックは「押せばいける」と思った。


 ただ、野次馬たちのざわめきの意味合いが違うことに気がついた。

 野次馬たちが割れていく。

 門下生たちは「大総統閣下……!」「道場破りですよぉぅ……!」「シュバルツ様が……うぇぇん……っ!」と口々に声をあげた。


「……」

「おお! お前、お前が噂に聞くアイツか! アレ! アレだよ、そうそう、剣聖流のアガサ・アルヴェストンだ!」


 ゲンロックは仲間を肘でこづき、アガサが実在したことに興奮をあらわにした。

 アガサは赫刀を弟子の一人に預けると、無手のままゲンロックのもとへ。


「決闘だッ! 剣聖流のアガサ・アルヴェストンッ!」

「待つんだ、ゲンロックお前はもう戦っただろ、ここは俺がやるぞ」

「待つんだよ。私だって戦いたい」


 言い争いをはじめる3人の剣士。

 アガサは3人の横を通り抜ける。

 シュバルツの首を両手で拾いあげると、スタスタ歩いて、それを胴体の元へ返した。


 まだ温かい血。

 赤く濡れた手を見下ろし、アガサは静かな眼差しをゲンロックたちへ向ける。


「時間が惜しい。まとめて来い」

「はははは! 威勢の良いガキじゃねえか! だが、残念、3対1で勝っても意味がねえんだ。だから、俺から行かせてもらうぜ!」

「意味ならある」

「あ?」

「俺がお前たちを遥か上回る剣士だと証明される」


 アガサはつまらなそうにボソボソっと喋る。

 別に怒っているような声音ではない。

 どこまでも冷たい。感情は動かない。

 まさしく明鏡。地底湖の湖面のごとく、揺らぎ無し。


 一方で激情したゲンロック。

 舐めるなよ。クソガキが。

 ”偽りの設定”で担がれてるだけの若造が!

 生意気にこんなデカイ道場構えやがって!


「腕のいい剣士だったら冥王剣術会に招いてやろうと思ったが、もうその選択肢は無くなっちまった」


 鎧圧がパキパキと音を立てて構築されていく。

 冥王流の特有の集中型の鎧圧である。


「さあ! 剣を待て! 圧をまとえ! その首を叩き落としてやるッ!」

「必要ない」

「……あ゛?」

「このままでいい」

「剣も……圧も……使わねえってのか……?」


 アガサは心底つまらなそうな面のまま、ゲンロックを見つめる。

 無言の肯定だ

 その澄ました顔が癪に触った。

 舐め切った態度に腹が立った。

 次の瞬間に、ゲンロックは無防備なアガサの胴体を両断する勢いで斬りかかっていた。


 クソガキが。イキリやがって。

 本場の剣術を教えてやる。

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