維新人民党、序列7位、風剣トリオカリア
「アガサ様、普通に殺しまくっちゃっているわ。いいのかしら、ねえお兄さま」
「アガサ様のやることに間違いなんてないですよ、ねえお姉さま」
「それもそうね、ねえお兄さま」
「でも、あの剣は拾っておいたほうがいいですね、ねえお姉さま」
「あ、本当だわ、あれって悪魔武器だものね。やったわ、これで私たちも悪魔の主人だわ、ねえお兄さま」
カィナベルとペォスはくすくす笑いあい、てってってーと、血に塗れたリングへ駆け入ると、無剣フーラの手から黒い剣をひったくり、そのまま走り去っていった。
アガサは「何してんだ、あいつら」と訝しむ目を向ける。
──帝国剣術試作・双竜剣
トリオカリアの二刀流からなる連続の剣を、アガサはカーとスーをよそ見しながら避ける。
「こっちを見ないと? そういうの嫌いじゃないね」
トリオカリアは双剣へ特殊な鎧圧操作を加えた。
──帝国剣術奥義・神動剣
すべてを斬り裂く剣。
共鳴の剣聖の秘剣をくわえ、手数も抜群のコンビネーションだ。
「剣聖は気に入らないが、生み出された技には価値がある。帝国剣術には存在しない二刀流を取り入れ、さらに防御力を無視した刃を付与する! 当たればおしまいだよ! だが、この手数を避けられるわけもない! どうだ、この完全なる剣術は! 嫌いじゃないだろう!」
「嫌いだ」
アガサは手刀を一閃する。
双剣の剣身が重なった瞬間を狙って、正確無比に放たれた真実の手刀だ。
神動剣よりも遥かに優れた切断力でもって、トリオカリアの双剣は斬られた。
「ぇ?」
時間が止まった。
トリオカリアは鋭利な切断面をまじまじと見つめて、次にアガサの手へ視線を向ける。
ありえないことが起こった。
それだけ認識した。
「くっ! 気持ちよく勝てないのは嫌いだねぇ!」
──帝国剣術試作・風剣
トリオカリアの剣気圧が、彼の性質に呼応して独特なオーラへと変わっていく。
彼の固有オーラは『風』。
何者も捕らえること叶わぬ奔放の象徴だ。
「千尋の鼓動となれ!」
トリオカリアは多大な圧を一気に放出した。
逆巻く風は旋風の檻をつくりあげていく。
風の牢獄がアガサをとじこめる。
縦横無尽に斬りつける刃。
一度、捕まえればあとは自動的に敵は死ぬ。
「この技を使うと本気を出してしまったようで気持ちよくならないんだ。最強である剣士というのは常に慢心していて、奥の手は決して使わない。そういう唯我独尊な姿勢こそふさわしいからね」
この技を使って殺せなかった敵はいない。
トリオカリアは壊れた武器を放り捨てて「でも、最後に死んでくれれば嫌いじゃない」とアガサに背を向けた。
「発想は悪くない」
「ッ」
声が聞こえた。
竜巻の中から。
トリオカリアは勢いよく振り返る。
アガサが散歩でもするように出てきた。
「究極とは無限であり、有限の剣だ。無想、無窮に広がり、無垢に収束する。お前の殺意や敵意に関係なく、疾風が敵を屠り、なおかつ十分な力を内包していたのなら、真実の一太刀に近い剣となりえるかもしれない」
アガサは圧によって生み出された鋼のように硬質な風に指で触れる。
そんなことをすれば手が千切れ飛ぶ。
もちろん、真実の剣聖アガサならば例外だ。
アガサは風を掴み取ると、中庭中央を占領する直径3mの竜巻を″コントロール″した。
トリオカリアの身体から半透明の魂のようなものが、スーッと抜け出て、アガサの手へ集まっていく。
剣気圧の支配権をアガサに奪われ、トリオカレアは一気に痩せ細り、その場に膝をついた。
剣気圧とは生命力の奔流である。
通常、奪う奪われる──そんな話とは無縁なものだ。
ただ、アガサにとってはその限りではない。
剣の神は、剣のすべてを知っているのだ。
アガサは特質な圧を自在にコントロールし、それを圧縮して、一振りの魔法剣を錬成した。
緑の魔法剣。
すなわち、風の魔法剣だ。
通常なら魔術師たちが膨大な術式と魔力、長い時間と労力をかけて大自然の魔力エネルギーから抽出する神秘の武器である。
かつて炎輝の剣聖や、凍圧の剣聖が使った物と、本質的には同じものであった。
「うぅーん、上出来ですねぇ。流石はアガサ様ぁ」
白塗りの悪魔インダーラがどこからともなく現れて、アガサの魔法剣を称賛する。
彼は先日「魔法剣ですかぁ? アガサ様なら特別な圧使いを材料に作れるんじゃないですかぁ?」と適当なアドバイスをした張本人だ。
「まさか本当に作れるなんてぇ、普通にドン引きですけどぉ、どういう領域の圧操作なのでしょうかねぇ」
「引っ込んでろ」
アガサは緑の魔法剣をインダーラの胸に突き刺して、悪夢の中へ押し戻す。
売れば多少は価値がつくだろう。
そんな打算からつくったいつも財政に頭を抱えている配下へのプレゼントだ。
「協力感謝する」
アガサはトリオカリアへ向き直る。
痩せ細り、骨と皮だけになった剣士は、揺れる瞳でアガサへ手を伸ばす。
「あんたのおかげで圧から本当に魔法剣が作れることがわかった」
「ぁ、ぁ、わ、私の、私の圧が……っ、私の、40年の、研鑽が……っ! こんなの、嫌いだ、ね、ぇ……──」
不可視の神剣が枯れたトリオカリアを粉砕した。
「うわぁ、アガサ様、もうやりたい放題だわ、ねえお兄さま」
「アガサ様がひさしぶりにイキイキしていて僕は嬉しいですよ、ねえお姉さま」
「言われてみればそうだわ。アガサ様が満足なら、それですべては正しくまわっているね、ねえお兄さま」
「さて諸君、これが剣聖流の奥義『真実の一太刀』なわけだ。どうだ剣聖流に興味が出てきただろうか」
アガサは暴れまわったあと、そのまま勧誘に乗り出した。
ただいまの殺戮劇は、剣聖流剣術は、帝国剣術よりはるかに優れた剣だぞっと、この場の皆へデモンストレーションをかねていたのだ。
「ちょっと待てよ、剣鬼さんよ」
「ん」
「俺がまだ残ってるぜ。遊んでくれないのかい?」
そう言い、怪しく微笑む壮年の男。
総髪と無精髭の流浪人然とした男だ。
この場にいる維新人民党最後の十三きしでもあった。
「さんざん剣術見せてもらえて、あー、こりゃたまげたっと思ったけどよぉ。あんちゃん、手の内見せすぎやしねえか?」
アガサは声の主人へ向き直る。
男は髭を撫で、手に持つ槍をくるりとまわした。
「見つけたぜ、あんちゃんの剣の弱点。それも致命的な弱点だぜ、俺ならそこに手が届く」
「……そう。それは楽しみだ」
アガサは槍使いを見て優しく微笑んだ。
彼が身に纏うのは練りあげられた圧。
もしかしたら初めてかもしれない。
こんなマトモな実力の戦士は。
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