維新人民党、序列12位、無剣フーラ
ジャグリンが一撃でバラバラにされ、血肉が中庭に散らばった。
フーラ・ヘレンツの白い頬に、血の跡がつく。
彼女は血を手でぬぐい、その温かさに愛しい者の死を認識した。
フーラは維新人民党でも若く、特別な才能を持つ剣士だ。
幹部としての序列は12位に甘んじているが、その能力までもが数字に甘んじる訳ではない。
「ジャグリン、あなたのおかげで新しい世界秩序の創造を夢見ることができました」
フーラは黒い剣を手に、一歩、二歩、血に濡れた芝生を踏みしめる。
中庭は未だ「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」と忙しなく大総統閣下へと讃歌を捧げる者どもであふれかえる。
萎縮した党員と、萎縮した捕虜によって血の武闘場──リングが形成され、そのカタチが定着しつつあった。
フーラは静かな闘志をたたえ、アガサの鞭を剣で斬りあげた。
金属がぶつかり合い、火花が散る。
重響音が中庭へひろがる。
わかりやすい宣戦布告だ。
フーラが戦いを挑む一方で、ほかの幹部たちは高みの見物を決め込んで、自分の出番は来ないと考えていた。
フーラの能力は初見にめっぽう強い。
それが、幹部たちの共通認識だからだ。
「器用なものですね。ジャグリンの鞭剣をコピーできるなんて。それがあなたの能力なのでしょうね」
フーラは得意げに言い「その能力ならば、多くの剣聖たちが面喰らって負けたのも納得できます」と続ける。
アガサは鞭に飽きて鎧圧の形状をもとに戻した。
「俺の配下に言われていてな。あんまり殺してばかりだと未来が繋がらないようなんだ。理解はできる。だから、あまり気は進まないが、お前を仲間に加えて俺の勢力を拡大させたい」
「では、なぜジャグリンを殺したのですか?」
「俺の敵となったからだ」
「敵ですか」
「ごく単純でだろう」
「戦意を失った敵を殺す必要はないでしょう」
「詭弁だ。当たり前すぎて忘れてしまう摂理だから、そんな性善説を吐ける」
アガサは思う。
敵なら、殺せ。
人間は文化的に理性的になりすぎて、道徳や慈悲を説きたがるだろう。
だが、殺せ。
悪魔でさえ俺にそんなことを言い出す世のなかだ。
それでも、殺せ。
俺は嫌なんだ。敵として、俺に生死をかけた闘争を挑んでおいて、俺の方が強いからと『情けをかけてやれ』という、善人たれ強迫観念に駆られるのが嫌なんだ。
「斬っていいのは斬られる覚悟をしたやつだけだろう」
「あなたは一つ勘違いをしていますよ」
「勘違い、とな」
「ええ。それはあなたが私に勝てる前提で話を進めていることです。あなたは負けます。あっけなく負けますよ」
「そう。ずいぶんな自信家がいたものだ。いや、あんたみたいな奴こそ剣聖らしいというべきか。あのひぇひぇしてる奴のせいで忘れかけてたよ」
アガサは鼻で笑う。
青い瞳でフーラを正面から見据え──彼女の姿を見失っていた。
気配が消えた。
アガサの瞳孔がわずかに開く。
「さよなら、殺人鬼」
直後、フーラはアガサの陰からヌっと飛び出した。
黒い刃がアガサの背中へせまる。
その正体は、悪魔産の武器である。
陰を媒介とした転移能力は魔剣の恩恵である。
カーとスーは「あの武器……」と眉根をひそめる。
黒い刃がアガサの背へ突き立てられる。
通常なら、剣鬼の鎧圧を突破できるわけもない。
しかし、黒い剣はアガサの超高密度のオーラをなんの抵抗もなくすり抜け、その先端をアガサの肌に届かせた。
これこそが彼女の試作奥義。
──帝国剣術試作・無剣
快挙。その刃の近さ。
あんたがはじめだ。
「でも不足だ」
アガサは剣の先端が皮膚についてから、前へすこし倒れこむように姿勢をさげて、刃から逃げた。
真実の剣聖は剣が身体にふれてから回避行動をとっても、無傷で間に合わせることができるのだ。
フーラは渾身のひと刺しを避けられ、絶句する。
人間ではとても考えられない反応速度だ。
いいや、怪物であろうと、そんなデタラメで、雑で、自分の身体能力だけにすべてを委ねた紙一重の回避をわざわざ行えるだろうか。
「面白い。圧の無力化。あんたの剣が最も俺へ剣を届かせうるかもしれない」
「っ! 風剣! 千槍! 援護をッ! この男は強い!」
フーラはブワっと噴き出る冷や汗をぬぐい、維新人民党幹部の2人へ呼びかける。
「待て。それはダサいだろう」
アガサの怒気を孕んだ声。
真実の一太刀が放たれた。
フーラの顔が四等分され、中身がこぼれ落ちる。
身体は糸の切れた人形のように、膝から崩れ落ちた。
アガサは軽蔑をふくんだ冷めた目で死体を見下ろす。
「あんたの能力ならもっと遊べたのにな」
アガサは暴食家であり、美食家だ。
それぞれがたどり着いた剣を楽しみたい。
しかし、食事の邪魔はされたくない。
どんな高級料理でも、ひと切れずつ舌つづみを打ちたい。
皿のなかを混ぜて欲しくない。
「残念だ。で、次はどっちがやる。ああ、それとひとつ忠告を。もはや、お前たちを逃すつもりがなくなった。死ぬか、俺に勝つか。俺は意外と優しいが、それ以上に意外と怒りっぽいんだ。仲間の責任はお前たちの剣で払ってもらう」
悪魔のような殺人宣言であった。
「ははは、面白いじゃないかね、君みたいな生きの良いガキは嫌いじゃない」
そう言って、左右の手に長剣をたずさえ、長身白髪の男が歩み出てくる。
「私は序列7位トリオカリア。維新人民党で最強の剣士だ。私はね、強い者と戦うのが大好きなんだ。せいぜい退屈させないでくれよ」
「どう考えても俺のセリフだろう」
「ははは──面白い冗談だ。嫌いじゃない」
男は剣気圧を爆発的に展開させると、強く地を蹴り、アガサへ肉薄した。
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