維新人民党、序列2位、千槍ステイア


 

 剣気圧を使ったさまざまな能力が確認されている。


 基本的なのは、肉体を強化する『剣圧』

 皮膚を覆い攻撃に耐える『鎧圧』

 その他、いくつか応用技は存在する。

 『雷』『振動』『分離』『伸縮』『炎』『氷』『風』──本人の目指した剣次第で、さまざまな性質が発見され、それらは後につづく剣士たちによって模倣され、剣術は進化していく。

 なかには開発者本人しかたどり着けない特別なものも多い。


 あるいは剣の練度がものをいう真なる強者の圧『人間圧』も存在する。


 ただ、どんな能力を使うにしても、圧を使う能力である以上、大前提なのは『圧』をどこに集中させるかの違いしかないということだ。


 足に剣圧として集中させる?

 素早い踏みこみと、機動力を手に入れらるだろう。

 

 腕に剣圧として集中させる?

 剣を力強く、素早く振り、高い攻撃力となるだろう。


 手に鎧圧として集中させる?

 極めれば鋼の刃すら砕く武器となるかもしれない。


 多くの剣士にとって最大の攻撃とはなにか。

 それは、総量100%の圧使った攻撃だ。


 大上段からふりおろす場合。

 剣圧を利き手に50、添え手に30、そして、鎧圧を剣身に20だろうか。

 剣身を圧で覆うのは折れないようにするため。

 それと、相手の圧装甲を中和する働きを狙うためだ。


 良い剣を使えば10でいいだろう。

 その分、利き手に10を足して60だ。

 粗悪な剣を使うなら30は欲しい。

 出ないと自分の力で剣を破壊するハメになる。

 

 圧の配分は人それぞれだ。

 正解はない。

 ただ、総じて共通する法則は、ということだ。


「見えちまったよ、あんちゃんの弱点がよ」


 千槍ステイアは鋭い眼光でアガサの圧を観察した。


 剣鬼アガサ。

 あんちゃんはバケモノだ。

 天才なんて言葉で片付けていい領域でもねえ。

 だが、やっぱり、若いぜ。

 真実の一太刀? カッコいいじゃねえか。

 鎧圧をとてつもない速さで展開して、撃ちだし、究極の剣とする。

 その威力は十分に分かった。

 けど、俺にはわかるぜ。

 それほどの攻撃だ。

 斬撃を飛ばす瞬間、あんちゃんの防御力はゼロになってる。

 そうでないと、釣り合いが取れねえからな。

 そんなだけの威力の理屈が通らねえ。


 だからよ、悪いが──勝たせてもらうぜ。


「俺はよ、見ての通り槍使いなんだ。さして特別な圧も使えねえ。剣もよくわからねえ。だけんど、戦えたから騎士団に拾われた。腕だけ買われてるんだ。字も書けねえし、算術もなんだかサッパリだけんどよ、それなりに強いんだぜ」

「剣術段位を持たない槍使い。騎士団には変わり種がいると聞いてはいたが……あんたのことだったのか」

「おうよ、そうともさ。俺が維新人民党の一番槍、千槍ステイアだぜ。よろしくな。すぐお別れだろうがよ」

「ああ。そうだな。すぐに終わりになる」


 ステイアは全身に剣気圧をみなぎらせた。


 圧の配分は迷わずに、剣圧100ッ!

 それも両足に100だッ!

 このあんちゃんは恐らく俺の人生最大最強ッ!

 だったら、迷う暇なんてねえぜッ!


「っ」


 中庭の地面が爆発して、めくれあがった。

 それほどの凄まじいパワーでの踏み切りであった。

 姿が霞み──アガサの鎧圧へガギンッ! と大きな音を鳴らして何かがぶつかった。

 キラキラと綺麗に輝くのは、わずかに削れたアガサの鎧圧だ。

 アガサは目を丸くする。


「うっひょー、硬てぇぜこりやぁ!」

「あんた……」


 ステイアは全力全開の剣気圧を解放した。

 もちろん、剣圧100ッ!

 最低限踏ん張る力だけ残して、すべてを注ぎ込んで全力で突きまくるって!

 大丈夫でい、俺の槍は4等級ッ!

 伝説クラス、それも魔力の宿った丈夫な武器だぜッ!


 と、意気込み、一呼吸のうちに7発突くと、瞬間、その場を飛びのいた。

 アガサは「そうか。わかるんだな」と嬉しそうな顔をした。

 

 ステイアは冷や汗びっしょりになり、されど攻撃の手をやめない。


 山育ちのステイアには特別な勘があった。

 危険がわかるのだ。第六感とも呼べる特別な才能だ。

 コインの裏表を当てる賭け事のたぐいも得意だった。


 ステイアは思う。

 

 今、迷ったら、俺は死んでいた。

 あんちゃんの真実の一太刀は俺の鎧圧100でも受け切れるもんじゃねえ。

 避ける。無理。放たれたら? 終わり。

 放たれる前に、予知して、攻撃させない。

 それしかねえッ!


 一呼吸だけ入れて、ステイアは汗を散らし、アガサへ渾身のひと突きを繰りだした。

 アガサは槍の先端を膝蹴りで打ち上げてそらした。

 ステイアは諦めずに、槍をズバッと引き戻すと、瞬きの後には、すでに第二撃を突き出していた。


 ステイアの予感が叫ぶ。

 殺されるッ! あの剣が来るッ!


 だが、ステイアは逃げない。

 逃げればジリ貧だ。

 最大のスタミナ、最大の圧。

 恐れがまわり切らないうちが勝負。


 だから逃げない。

 自分のできる全てでもって届かせてみせる。


 遥か格上の怪物のなかの怪物──そこに一撃を通してみせよう。


 ステイアの両腕がぶった斬られる。

 不可視、無限、気配すらない。

 超常的な能力だけが、その存在を悟れる領域の神事の中の神業。


 だが、ステイアは諦めていない。

 否、すべてをやりきった。


 ステイアは圧のすべてを鎧圧100に振っていた。

 だが、守るための鎧圧100ではない。

 攻めの鎧圧100だ。そしてひとつのウソで隠した『分離』の圧だ。

 かつて幻の剣聖と呼ばれた男がたどり着いた剣──浮遊剣、それと同様の力でにより、手に馴染んだ武器を鎧圧として再現して、体から離して、操作する神業である。


 鎧圧は身体から離れるほどコントロールが難しくなる。

 それなのに、完全に切り離して、独立して操るなど離れ業以外の何物でもない。


「届け──」


 あんちゃん、あんたは真実の一太刀を使っている。

 この瞬間だけなら、俺の拙い槍でも通る。


 ──帝国剣術試作・千槍


 達人の槍は足元からやってきた。

 アガサの真下から20本以上、鋭利な槍が飛び出した。

 ステイアの愛槍と同型の、青紫のオーラで構築された鋼よりも頑丈に作られた槍だ。

 その寿命はわずかに2秒。

 だが、一撃だけでも通せればそれでいい。


 アガサは槍の攻撃を見つめ──


「……ぁ?」


 アガサは千槍のうえにつま先で立っていた。

 ステイアは両腕を失い、地面のうえに寝ながら、その神々しい立ち姿を見つめる。

 アガサの身体を覆い尽くす青白く輝く剣気圧。

 蒼雷が彼のまわりをただよい、ビヂッ、と空気を焼く音さえ聞こえ、わずかに焦げ臭くもある。


 アガサは敵を正しく認識し、すべての力を出し尽くし、その先に針の穴を通すような賭けに出てまで勝とうとした戦士へ、おおきな敬意を表した。


 ゆえ剣気圧の全力解放を披露したのだ。


 ステイアは神を感じた。

 アガサはすぐに剣気圧の解放をやめてしまう。

 

「……そうか」


 アガサは眉根をひそめ、自分の手を見下ろす。

 皮膚のしたに青白い稲妻のような模様がはしっていた。

 彼は自分の圧でズタズタに体の内側を壊してしまったのだ。


 一連の不可解なアガサの行動を見ていたステイアへ「危ないところだった。お前は勝っていたかもしれない」と淡々とのべる。


 ステイアは苦笑いをうかべる


「うそ……つけ……」


 か細い声で最後にそう言った。


「本当だとも」


 アガサはそう答えると──不可視の剣でステイアの心臓を突き刺した。


 こりゃあ……つえぇえ……強すぎる……。

 あんちゃんにとっちゃな真実の一太刀は鎧圧100の遠隔攻撃でもなんでもねえんだ……全力ですらない……ただ、煙を払う程度の些末な圧の解放だけで作り出している現象なんだ……。


 ステイアは人類史上最強の戦士へ敬服しながら、静かに息を引き取った。

 自分は戦えた。

 彼に斬られた。

 その痛みさえ、死の瞬間には戦士の誇りとなった。


 

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