維新人民党、序列11位、柔剣ジャグリン 


 ジャグリンの剣気圧が膨れあがり、鋼の刃を包みこんだ。

 彼のオーラはまだ独特の性質を獲得するに至ってはいない。

 だが、この技は間違いなくジャグリンだけが行える特別な剣術である。


 金属のように重たく硬い鎧圧。

 なのに彼のそれはよくしなり、伸縮性をもっていた。


「あれは『柔剣』ジャグリンの鞭剣……!」


 誰かがつぶやいた。

 アガサはその言葉を聞いて「鞭?」と首をかしげる。


 ジャグリンは得意げに笑い、圧の鞭をもちあげる。

 二、三回加速をつけるために振られる。

 鞭の先端は音速を越え、放たれた。

 狙い違わず、アガサの頬を打たんとする。

 アガサは珍妙な攻撃に目を丸くし──一歩だけ下がった。

 ヒュンッ! 鞭が空を切る。

 外れた一撃は芝をえぐり、近くにいた捕虜数名を木っ端みじんにした。

 鞭の先端の鎧圧の密度が高いのだ。重量60kgは下下らない。

 当たれば人体などひとたまりもないだろう。


 捕虜たちは戦いに巻き込まれないように、悲鳴をあげながら逃げ惑う。

 

「鞭ってそういうことか。そうか」

「はは、流石に剣聖を倒しただけはあるな、目は悪くないようだ!」


 アガサは静かな瞳でジャグリンと目を合わせてつづけ、その珍妙な技を観察する。

 しなやかな鎧圧。操る技術。

 そう。そうか。


「それで。次は?」

「生意気なガキめ。一撃避けれたくらいで勝ち誇るなよ。まだまだ、ここからなんだ」

 

 ジャグリンは剣の柄を操作する。

 すると、ガギっと不協和音が聞こえ、その剣身が変形しだした。

 彼の剣は特別製なのだ。

 刃は複数の金属パーツから構成されていおり、それらのパーツを、真となるワイヤーを通すことで、その刃を分裂させ、蛇腹状にすることができるのだ。

 つまり、鎧圧を延長させた鞭だけにとどまらず、金属の刃すら鞭のように操る事が出来るのである。

 その射程──脅威の15m。


「鎧圧は身体から離れるほど貧弱になる。だが、この剣は特別だ。芯のワイヤーは剣気圧をよく通すのさ。それにより、鞭の先端でも指先に鎧圧を纏わせるのを変わらない精度でコントロールできる──この意味がわかるか」


 ジャグリンは鞭を目に見えない速度で、ふりまわし最高速度へ加速させながら、このうえない自慢顔を向ける。


「わからん。さっさとかかってこい」

「っ、このクソガキが!! 紙一重で避けてる程度のてめえの反射能力じゃかわせないって言ってるんだ!!」


 強烈なしなりで、金属の鈍刃が放たれた。

 不規則な軌道でせまるそれを、アガサはじーっと目で追いかけ、ひょいっと避ける。言うほど速いか……? それがアガサの感想だ。


 ジャグリンは一打目を避けられ、一瞬、意味がわからなくなった。

 が、すぐに「久しぶりに使ったからな……手元が狂ったんだ……」と自分を納得させて、攻撃を再開した。


 鞭剣はアガサに一歩たりとも近寄らせず地面と空を叩きつづけた。


 傍観者たちは鞭剣が地面をえぐり、凄まじい衝撃波をだすたびに「つ、強い、あの剣鬼アガサを押してる!」「本当にジャグリンさんって強かったのか……」と意外そうな声をあげていた。


 ほかの幹部たちは「俺たちの出る幕はないべ」と澄ました顔で剣をしている。。


「どうした、剣鬼! 手も足も出ないのか!」


 避けるだけのアガサに、ジャグリンはだんだん機嫌がよくなり、威勢よくそんなことを言ってみた。


「あのさ」


 アガサはおもむろに口を開く。


「どうした! 降参か! 維新人民党を内部分裂させようとした罪をどうやって償うのか、算段はついたのか!」

「いや違う。あんた、ひとつ聞いていいか」


 アガサは困惑した顔で、


「これだけなのか」

「え?」


 アホウな声をあげるジャグリン。

 アガサは立ち止まり、鞭の先端を手で掴んだ。

 べヂンッ! と空気の破裂する音が響いて、高速でふられつづけた鞭が止まる。

 ジャグリンは必死に剣を引っ張る。

 だが、ビクともしない。


 傍観者たちの顔色が変わりはじめた。

 アガサの足元を見たのだ。

 彼の足元には、直径1mほどの緑の円が描かれていた。

 そこの芝だけ綺麗なままだ。

 あたりは禿げ上がり、鞭で叩かれすぎて凸凹だと言うのに。


 考えられる可能性はひとつだけだ。

 剣鬼アガサは円の中心に左足を添え、右足をその範囲内で動かし、上体を移動させることでのみ、今しがたのジャグリンの猛攻を凌いだ。

 足元の綺麗な芝が、雄弁にアガサのバケモノ具合を証明していた。


 ジャグリンは目を点にして、のどが急速に乾いていくような錯覚を得た。

 自分はひょっとしてヤバい敵と戦っているのではないか。

 そんな自覚が芽生え始めていた。


 一方で、アガサは「こんな感じか」と言って、自分の指先から鎧圧を延長させると、それを柔らかく、柔軟にして、金属と革素材の中間のような質感に表面を整えはじめた。


「あ、あれは……!!」

「む、鞭剣を、あいつも使えたのか……!」

「いや、違う……あれは……学んだんだ、今のやり取りで、理解したんだ、騎士団長ジャグリンの剣術を……」


 ありえない領域の鎧圧操作に、目撃した者たちは鳥肌が止まらなかった。

 鎧圧は、通常なら肌表面から3cm離すとコントロールが効かなくなる。

 なのにアガサは数十メートルの長さの延長部位を、意のままに加工しているのだ。


 ジャグリングが30年かけて磨いた技術が、アガサの手によって完全なる上位互換としてコピーされていく。


「ば、ばか、な……ぁ、ありえない……」

「あんたこんなつまらない術に人生賭けてたのか」


 アガサはそう言うと、鞭剣──否、真実の鞭剣とも呼べる究極の鞭をふった。

 ジャグリンの身体は音もなく、引き裂かれ、中身をぶしゃっと弾け散らした。

 絶望に目を見開き、地面に転がる死体のひとつと成り果てた。


「つまらない剣だな」


 アガサは自分の鞭剣を見て「なんて駄作だ」と眉根をひそめた。

 

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