貴様ら正気か!?
維新人民党には13人の幹部がいる。
幹部は騎士団内から選出された帝国剣術九段保有者であり、独自の奥義の開発に日夜挑み続ける勤勉なる剣士である。
彼ら九段保有者は実力者だ。
だが、いつだって帝国剣聖ノ会の誇る華やかな剣聖たちの活躍によって、影に埋没する。
ゆえ、その名前が広く知られることはない。
「剣聖め……剣聖め……剣聖どもめ……!」
維新人民党幹部、新しき剣聖、序列7位。
ジャグリン・ホフレは、炎輝の剣聖アーサーへ剣を突きたてる。
もちろん、本人ではない。
油絵で描かれた重厚な絵画だ。
執拗に、怨念をこめ、何度も剣を突き立てる。
ここは騎士団本部だ。
1,000名近くの騎士が駐在しているが、すでにその多くは制圧済みである。もちろん、維新人民党の電光石火の制圧作戦によってだ。
ジャグリンが今いるのは、併設されている剣聖たちの記念館だ。
当代の剣聖たちのコーナーである。
「ざまぁみろ! この私を侮ったから天罰がくだったんだ! 私たちは皇帝陛下への信仰にとどまらず、この国への信仰を捧げた。いつもいつも本物、本物、本物──って、こっちがニコニコしてれば言いたい放題煽りやがって!」
ジャグリンは絵画を切り捨て、アーサーにトドメを刺すと、今度は史上最年少で剣聖となったイレイナ・スティングスの絵画へ近寄る。
「19で剣聖だと? ふざけるなよ、生娘がっ! 19で剣の何がわかる! 剣術を舐めるなッ!」
ジャグリンは今年で40歳だ。
4歳の頃から剣を振りつづけ、先月、ようやく九段保有者になった。
「どうせ身体とお綺麗な顔を使って卑怯な手を使ったに違いない! そうに決まっている! 私より若くて剣聖なれたやつはみんな卑怯者だ!」
そうだとも!
剣聖などという偶像的崇拝を加速させるためだけの悪しき制度がいけない!
帝国民たちの前にでる機会が多いから、チャラチャラした顔のいい女や男が選ばれているだけなんだ。
真の実力者だけを選べば、イレイナ・スティングスや傲慢なアーサー、オキナやクソジェントル野郎なぞが選ばれる訳がない!
「我々、維新人民党こそ真実の剣聖であり、本物なのだ、その裁定は神のみぞ知るところ。我々が生き残っているのがすなわち天命だ!」
維新人民党幹部の平均年齢は42歳。
多くの者たちが、華やかに活躍する剣聖たちに暗い感情を抱いている。
ジャグリンは例外なく、維新人民党員であり、典型的な″九段止まり″の騎士団長であった。
ジャグリンは記念館でひとしきり鬱憤を晴らしたあと、騎士団本部中庭へと足を運んだ。
そこでは、ほかの幹部3名と党員300名が武装していない騎士たちを1箇所に集めている最中だった。
今夜の革命における党員の配分は、
200名が帝城へ。
200名が騎士学校へ。
500名がこの騎士団本部だ。
中庭にいない200名の党員は、現在、残党狩りを続けている最中である。
ジャグリンは騎士たちがおとなしく捕まっている壮観な光景に、清々しい思いだった。
お前たち剣聖にこの光景が作れるか?
私にはできたぞ!
──と、ジャグリンは鼻を膨らませる。
「っ、あ、あなたは騎士団長ジャグリン様……! あなたまでこんな頭のおかしい革命に加担しているのですか!」
「おやおや? おやおやおやおや、これはこれはセレーナ君。もう本部への配属かい? それにその上級騎士の隊服……立派な騎士になっていたのだね」
凛とした顔つきの騎士セレーナは、かつてジャグリンが剣術講習会におとずれたガライラ剣術修練学校の生徒であった。
美しく、気高く、才覚にあふれた未来の剣聖だ。
「あの時から才能がある子だとは思っていたが……いま、何段まで昇段したのかな?」
「え? ……六段ですが……そんなことより、ジャグリン騎士団長、どうしてこんなことを──」
「六段? 六段だと?!」
ジャグリンは『六』という数字を聞いた瞬間、目をカッと見開いて、セレーナの艶やかな金髪を鷲掴みにした。
ブチブチと痛々しい音が聞こえる。そのまま、引きずり倒して、顔を踏みつけた。
「この卑しい雌豚がっ!」
「嫌っ、やめて、やめてください、痛い……いやぁああ!」
「私がお前の年齢の頃にはまだ三段だった! 貴様もあの剣聖たちと同じように汚い手を使って教官に媚びたんだろう! 剣術を舐めるなよ! 男に跨ることしかできない売春女めがッ!」
何度も何度も踏みつけられ、やがて才能あふれる若き騎士の瞳から光が失われた。
少女が動かなくなり、ジャグリンははじめて、彼女のちいさな頭蓋を踏み潰していたことに気づいた。そして、恍惚とした。
「ジャグリン騎士団長……っ!」
「なんて酷い……!」
「あなたはそれでも帝国騎士ですか!!」
捕虜とされた現政権側の騎士たちが、悲鳴と非難の声をあげる。
ジャグリンはスンッと落ち着いた顔になると「革命のために犠牲は必要だッ! なにを言っているバカモノどもがッ!」と、逆ギレしはじめ、剣を抜いて、捕虜たちを斬りはじめた。
外道を通り越して鬼畜である。
10人ほど斬り捨て、気持ちよくなると、ジャグリンは剣についた血と脂を布でぬぐい、一息つく。
あまりの兇行に騎士たちは言葉を失う。
声をあげれば、殺されると思ったのか。
いいや、あるいは、もっと別の人物の登場におののいていたかもしれない。
「貴様たちなにを見ている?」
ジャグリンは捕虜と、維新人民党の幹部と、党員たち──皆の視線があつまるほうへ向き直った。
「しまったわ、攻撃してきたから、つい殺してしまったわ、ねえお兄さま」
「いっぱいいますし、ちょっとくらい殺したって問題ないですよ、ねえお姉さま」
黒と白のモノクロ柄。可愛らしいゴシックドレスに身を包んだ少女。
情欲を刺激してくる綺麗な足をさらす半ズボンを履いた、上品な服装の美麗な少年。
よく似た顔立ちで、シルクのようなきめ細かい銀色の髪が、月明かりに冷たく輝いている。
2人は武器を持っていた。
この世の武器ではない。
光を反射しない黒より暗い闇の杭だ。
鋭利な先端は、党員のひとりを突き刺していた。
おさなげな少女は、手首の動きだけで、突き刺した死体をポイッと投げ捨てる。
この場に不釣り合いすぎる登場人物に、皆が息を呑んだ。
と、そこへ、騎士団本部の本棟から異様な声が聞こえてきた。
だんだんと大きくなっていき、それは瞬く間に、目の前へとやってくる。
大人数が声をあわせて、何度も何度も何度も繰り返している。
「「「「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」」」」
「「「「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」」」」
「「「「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」」」」
「「「「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」」」」
「「「「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」」」」
「「「「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」」」」
「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! 大総統アガサさまのご入場であるっ! 総員、敬礼ーっ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
双子の後ろから″波″がやってきた。
人の波だ。多すぎて黒い波に見える。
大行進する集団が押し寄せてきた。
次々雪崩れこんできて、あっという間に中庭が狭く感じるほどになった。
「な、なんの騒ぎだ! っ、貴様は人民党員ではないか! なにをしている! こんなもの今夜の作戦にはないぞ!」
ジャグリンは勝手な行動をする党員の胸ぐらを掴んで、怒鳴り散らす。
彼らは本来、騎士学校を制圧し続けていなくてはいけない者たちだ。
ここ騎士団本部へやってくる予定はない。
「そうだ、責任者だ! お前たちを統率していた幹部は誰だ! ──そうだ、フィリップだ! フィリップはどこだ! 作戦責任者をだせ!」
「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! どうした、同志ジャグリン! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
学校で革命に参加した生徒たちと党員──総勢1,000人を越えるバンザーイ大合唱をかきわけて、フィリップ騎士団長がやってくる。
中庭の真ん中に捕虜。
それを囲む維新人民党。
さらに、その外側から謎のバンザーイ大合唱軍団──カオス極まる現場だ。
「フィリップ! 貴様、これは何のマネだ!」
ジャグリン含め、騎士団本部を制圧していた4名の幹部が、フィリップに詰め寄った。
フィリップは「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」と虚な目で続けながら答える。
「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! 我々は維新人民党の真実にして本物の大総統閣下アガサ・アルヴェストンさまのもとに革命に挑んでいるさなかである! 我々の本当の指導者が帝都へご帰還なされた! さあ、同志諸君、我々に合流し、ともに革命の狼煙を猛々しく高めるのだ!」
「バカか! 14人目の幹部アガサ・アルヴェストンはただのプロパガンダだろうが! やつは党員でも何でもないぞッ! 寝ぼけたことを抜かすな!」
維新人民党の13幹部は、900名の党員の結束を固めるために、たくさんの嘘をついていた。
14人目の幹部であり、維新人民党のために動いている剣鬼アガサ・アルヴェストンという虚偽の偶像も、その一種であった。
とはいえ、もはやフィリップの頭のなかでは『大総統閣下アガサ・アルヴェストン』は現実であり、この場にいる1,000名の大合唱団にとっても同様である──。
「大総統閣下アガサ・アルヴェストンさまのご入場である!」
人混みが割れて、グワっと道を作った。
その真ん中を、ひとりの青年が歩いてきた。
「彼こそが維新人民党の真実の指導者・大総統閣下アガサ・アルヴェストンである!」
「貴様ら正気か!?」
「「「「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」」」」
「「「「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」」」」
「「「「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」」」」
「「「「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」」」」
「ジャグリン卿、このままだと、あのアガサ・アルヴェストンとかいう剣鬼に、党を乗っ取られかねませんよ」
ジャグリンへそう憂いの耳打ちをするのは、同じ幹部、序列11位のフーラだ。
ジャグリン、フーラを含めた、4名の幹部はそれぞれ顔を見合わせて、アガサへと向き直る。
アガサは中庭を突っ切って、堂々とジャグリンたちのもとへやってくる。
捕虜たちは「剣鬼アガサ……!?」「本物だ!」「あれが剣聖を倒したっていう……」と驚愕しながら、彼のために道を開けていく。
アガサはジャグリンの剣が血に濡れ、足元に死体が転がっていることに気づいた。
「おう。クズ発見」
淡白な表情で、アガサはつぶやく。
ジャグリンは眉根をひそめた。
アガサの登場は看過できない。
異様な状況も同様である。
しかし、なによりも噂に聞く剣鬼が若いことに腹が立っていた。
こんな若造が、剣鬼と恐れられ、真実の剣聖と崇められているというのか?
気に入らない。
気に入らない。
気に入らない。
「お前は維新人民党のただの道具にすぎないのだ……思想統合のためのキャラクター。ただされだけだったのに……今や、これほどの脅威になるとは」
ジャグリンは圧を解放する。
──帝国剣術試作・鞭剣
鎧圧の形を変質させ、臨戦態勢にはいった。
ジャグリンの目に殺意が宿る。
私は勝てる。
剣鬼は剣聖を倒したらしいな。
だが、そんなもの知らない。
お前はアイドルがすこし棒振りをかじった程度の素人を倒しただけにすぎない。
やつはまだ、私という本物の実力者と戦ったことがないのだ。
「俺は意外と優しい。チャンスをやる。俺のために働き、俺の思想と剣を広まるために協力する気はないか」
「維新人民党をそのために使うのか? バカバカしい。身の程を知れ、弱者め」
「そうか」
「すこし調子がいいからと、助長してしまったようだな。我ら維新人民党こそ真実の実力者集団だ。帝国剣聖ノ会を倒して有頂天になった貴様に、私が剣術のなんたるかを教えてやろう」
ジャグリンは邪悪な笑みをうかべ、剣を勢いよく振りぬいた。
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