大総統アガサ・アルヴェストン


 アガサ様は言った。

 すべては思惑どおり、と。

 それはつまり、アガサ様が維新人民党のたずなを握れていないように見せかけたのは、私たちを試す意味合いがあったということ。


 それに気づけていない時点で、アガサ様は私たちのインテリジェンスを見限った可能性がある。


 でも、アガサ様は意外と優しい。

 なので、たぶんまたチャンスをくれる。


「アガサ様の意思、ちゃんとわかりましたわ、ねえお兄さま」

「アガサ様は僕たちが手となり足となることを望んでいらっしゃいます。であるならば、やることはひとつ」


 ええ、そう。

 たったひとつ。

 わかりきっている。


「さあ、行きましょう、お兄さま」

「はい、行きましょう、お姉さま」



 ──しばらく後


 

 大ゲオニエス帝国剣術修練学校は、悪魔の力を授けられた200名の革命家たちによって、めちゃくちゃに破壊されていた。


 在籍していた生徒たちは、ひとり残らず修練場に集められ、抵抗した者は斬られた。


 刃をぶつければ砕け、鎧すらたやすく裂く剣の冴え。

 圧倒的な力を誇る革命家たちは学校を制圧すると、修練場で演説を行った。


 練習に練習を重ねられた視線の動きと、ハンドジェスチャー。

 よく通る声と、カリスマあふれる言葉選び。


 強さこそ正義。

 強さこそが人間のすべて。

 それが人類全体の共通理念であるこの時代。

 若い生徒たちは、革命家たちの力強い演説と、実際に力強い剣を体験した。

 

「帝国は腐敗した! 皇帝陛下はもはやただのお飾りでしかない! 帝国剣術は崇高なる信仰に応える剣である! 汝らが信じ崇拝した現皇帝の帝国剣術と、我ら維新人民党の信じる新しい帝国を信じる剣、どちらが強いのかは明白であろう! さあ、今こそ新しい時代へ漕ぎ出す時である! 若者たちよ、目を覚ますのだ! 今人類に必要なリーダーは、マグナライラス皇帝ではない! 維新人民党である! 我々は真実に目覚めた! さあ、立ち上がれ、共に戦うのだ、夜明けは近いぞ、同志諸君!」


 多くの学生たちの目には革命の炎が宿っていた。

 かつて誰かが言った。──叛逆は伝染する、と。

 

「魅惑の声と、人心掌握能力と追加しておいたのよ、アガサ様の意をわかっているからできることというわけね、ねえお兄さま」

「僕たちの秘術を持ってすれば、人間を操るなんてたやすいことです、ねえお姉さま」


 アガサは両手の袖を左右から引っ張られながら、修練場の演説を聞いていた。


 カィナベルとペォスを見下ろす。

 2人とも頬を紅葉させ、胸を張りながらも、チラチラと視線を送ってきていた。

 よくやったと、褒めて欲しいようだ。


 アガサは「なんでこうなった……」と眉間にしわをよせて、難しい顔をする。


 ただ、しばらく考えていると「いや、そんなに悪くない展開なのか?」と思い直すようになった。


 維新人民党の革命が成功することは、結果として剣聖流の普及につながる。

 だったら、双子の悪魔のやったことは悪くはない……のかもしれない。


 でも、あいつ演説で帝国剣術の力って言ってなかったか?

 そこら辺はもっと大きな演説される時には、修正しておかないとまずい。


「これからは君たちも同志諸君である! さあ、ともに維新人民党の新しき指導者、アガサ・アルヴェストン大総統閣下へ忠誠を捧げるのだ!」

「ん?」


 アガサは耳を疑う。

 

 修練場の全員がざわめきつつも、アガサのほうへ向き直っていく。


「アガサ・アルヴェストンってあの剣鬼アガサか?」

「本物? 帝都までたどり着いていたのか」

「革命のために遥々辺境都市ガライラから参上してくださったのである! 同志諸君、敬礼!」


 一斉に新・帝国式敬礼を行われる。

 アガサは凛とした顔で、内心「ん?」と疑問符を増殖させながら崇められ続けた。


「「「「「「「「「「アガサ・アルヴェストン大総統閣下、バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」」」」」」」」」」」


「……カー? スー?」


 アガサは双子の頭に手を置く。


「思想の誘導、ちょっとした認識の書き換えは悪魔の十八番なのです、アガサ様」

「大躍進するにあたって誰が主人なのか明らかにしたほうがいいと思いましたので、維新人民党の革命家たちに『大総統アガサ・アルヴェストン』のイメージをインプットしておきました。『同志』より、『大総統』のほうが凄そうでしょう、アガサ様」

「いや、どこから持ってきたそのイメージ」


 そんなイメージはない。


 アガサは何かがちょっとずつおかしく──否、だいぶおかしくなりはじめている事を自覚し、こめかみにそっと手を添えた。なんでか頭痛がした。


「アガサ様……もしかして、余計なことをしてしまったのでしょうか……」


 悲しそうな顔になる、カィナベルとぺォス。

 

「……いや、上出来だ。上出来じゃなくても、その時は俺が勝手に始末をつけるからお前たちは気にするな。……よくやったな、カー、スー」


 そういって、アガサは柔らかい銀髪を撫でた。

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