妙手を指す



 俺は無言で赤ハチマキ集団から離れる。

 思うな奴らは勘違いをしている。

 それも重篤な勘違いだ。

 言葉を重ねるほど、よくない方向へ向かうのは目に見えている。


 ゆえ、俺は沈黙という最善手を差すのだ。


「アガサ様、こいつらみんなアガサ様のことキラキラした目で見てますよ、ねえお姉さま」

「私たちでは及ばないヴィジョンを持っているアガサ様のこと。あの行動にも意味があるのね、ねえお兄さま」


 無い。

 関わらない方がいい空気感をひしひし感じたから離れているだけだ。


「同志アガサ、なぜなにもおっしゃってくれないのですか!」

「もしや、アガサ殿は我らに背中を見せることで道を示そうとしているのでは?」


 赤ハチマキ集団がざわつく。

 ざわざわは全体へ広がっていき「同志アガサに続けぇええ!」ととち狂った咆哮へ至った。


 お前たち冷静になれ。


 武装集団は俺につづいて、というか俺を追い越して駆けていき、大ゲオニエス帝国剣術修練学校へ突入していく。

 

 校舎、学生寮、修練場、どこへかしこも土足で突っ込んでいき、悲鳴がそこらじゅうから聞こえてきた。


 今中に足を踏み入れたら巻き込まれそうだ。

 校庭の隅っこに座って見守る。


「アガサ様の指揮する維新人民党は革命の最中のようです」


 カーとスーにそれとなく状況把握を頼んだ結果、そんな回答が得られた。


 致命的に前提の部分──特に俺の指揮するあたり──が間違えている感はあるが、まあ状況は掴めたのでいいとしよう。


 彼らのマニフェストは人類史上主義、人類統一、獣人やエルフなど亜人たちの強固な奴隷制の実施、そして怪物領域へを大軍をもちいて侵攻だそうだ。


 歴史の授業で習ったゲオニエス帝国の最初期と似たような構想を持っているようだ。

 今では獣人などの文化的価値や、森の資源の利権関係などから、ゲオニエス帝国はそこまで排斥運動が盛んではなくなった。


 維新人民党はゲオニエス帝国の勢いが衰えている理由をそこに求めた。

 それら思想を復活させ、過激で最高、強くて無敵の侵略国家ゲオニエスを取り戻すらしい。


「ゲオニエスを、取り戻す、か」

「アガサ様の勢力はかなり勝手に行動しているようですね、粛清したほうがいいと思います、ねえお姉さま」

「主人の言うことを聞けない眷属なんて殺してしまうべきよね、ねえお兄さま」


 カーとスーのなかでは、維新人民党は俺の指揮した組織であるが、俺の目の届かないところで、勝手に革命を開始した武装集団という位置づけになってるらしい。


 こいつらほんとポンコツだな。

 

「粛清はいらない」


 とはいえ、俺は現状すべてが悪い方向へ動いているとは思っていない。

 むしろ良い方向に傾いている部分も多分にあると思っている。


 すなわち、彼らに利用価値はあるだろう、という問題である。

 どうにか上手いこと俺の思惑にそってコントロール出来れば、役に立つと思うのだ。


 夜の涼しさのなか、校舎から聞こえてくる喧騒と悲鳴に耳を傾け、すこし頭を悩ませる。


 良いことを思いついた。

 維新人民党が皇帝を打倒する時に、一緒に帝国剣術を廃止してもらい、剣聖流剣術を騎士団の正式剣術に採用してもらうのはどうだろう。

 

 こうすれば面倒なことは向こうでやってもらって、俺は自分の剣を広めることだけに専念できる。


 我ながら冴えているのではなかろうか。

 はは、これが妙手という奴であろう。


「粛清は必要です。アガサ様、眷属が勝手に動くなんてあってはならないことなのですよ」

「いいんだ。これもすべて俺の思惑どおりだ」


 思わず、そんなことを口走ってしまう。

 カーとスーはハッとして顔を見合わせた。


「なるほど、そういう事でしたか……流石はアガサ様」

「僕たちを試していた、と」


 ん?


「わかりました、あとはこちらでアガサ様の意思を反映させていただきますわ」

「すべてはアガサ様のご意思のままに」


 カーとスーはそう言って姿を消した。

 今、なにか致命的なミスをした。

 そんな思いが心の片隅にふと湧いた。

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