願いを叶えるチカラ


 

「な、んて……人間圧なんだ……」


 ランカは血だまりのうえで膝をつく。

 見上げる先には絶望の剣聖が、ニヤリと嗜虐的な笑みをうかべて立っていた。

 赤い刀身が血に映える。

 クラトニックは剣先でランカの胸を突き刺して、片手でその体をもちあげてしまう。


 ランカは刀身を握りしめ、自重で傷口が広がらないように、懸命に刀にしがみついた。


「革命なんてできるわけないじゃん。この私クラトニックちゃんが死ぬ瞬間まで、皇帝陛下の身をお守りするんだからさー」

「なぜ、吸血鬼が、皇帝陛下のそばに、お仕えしているのだ……! お前たちは人類の敵のはずだろう……!」

「のんのん。ちがうよ。そんなこと思ってるの人間だけだよ。人間って言うのは傲慢だからさ、自分たちか、それ以外かで線引きして、人類生存領域だとか、怪物の領域だとか、国境線をしいてるけど、そんなの人間の都合にすぎないんだよ」

「ぐぬ、くそ……!」

「吸血鬼は種族じゃない。個人だよ。ほかの怪物たちも同様さ」

「そんな理由で、人間側についた、のか……」

「? 物わかり悪いなァ。人間側なんてないって言わなかった? 私は皇帝陛下に仕えてるんだよ。あそこのおじいちゃんだけ。あの今にも死にそうな老骨だけが、私の主人ってこと」


 クラトニックは涼し気に笑うと、ぽいっとランカを投げ「じゃあね〜」と言いながら、胴体を真っ二つにしてしまった。


 この瞬間、革命の狼煙はかき消された。


「アガサ君こないかなぁ。最強の剣士……あぁ、いいね、どこまで付き合ってくれるのかなぁ……」


 クラトニックは足元の血をつま先でつつく。

 血の魔力でコントロールを伸ばした。

 血の池が重力に逆らうように天井へのぼっていき、赤い大きな球体を構築していく。

 球体から血の糸が伸びはじめた。

 糸は維新人民党の構成員をからめとると、血の球体のなかへ吸収してしまった。

 

「命の源たる地獄の河よ、温かな窯のなかで、新しき創造をせよ」


 クラトニックがパチンっと指を鳴らす。

 血の球体は肥大化していき、形を変え、高さ20mの上背を誇る巨人となった。

 アイデンメイド。

 強力な吸血鬼だけが召喚し、使役することができる血の眷属である。


 マグナライラス皇帝は、アイデンメイドを冷めた目で見あげ、頬杖をつく。

 クラトニックが好き勝手やっていることを咎めるつもりはないらしい。


 しばらくして、静謐な謁見の間に来訪者が参上した。

 

 黒髪に、蒼い瞳をした青年。

 大総統だの剣鬼だの真実の剣聖だの呼ばれる──アガサ・アルヴェストンだ。

 カツカツと革靴のかかとを鳴らす。

 天を衝く巨人の怪物。

 魔剣を手にする剣聖。

 皇帝陛下の視線。

 アガサはそれらを前にして、臆する様子を見せない。

 

「ここに維新人民党の幹部たちがいると思ったんだが」

「それなら、もうリサイクルしちゃったよん」


 クラトニックが指でアイデンメイドを示す。

 アガサはじーっと血の巨人を見つめて「そう」とつぶやく。


「おぬしアガサ・アルヴェストンと言うらしいな」

「ああ。そういうあんたは皇帝陛下なのか」

「いかにも。わしがマグナライラスじゃあ」

「俺が知ってる皇帝より、ずいぶんじいさんなんだな」


 アガサはガライラ剣術修練学校で毎日見せられていた皇帝の絵画をおもいだす。

 食堂にも、修練場にも、学校の廊下にも、学生寮の扉のまえにも『国父こくふ! 剣聖マグナライラス・ゲオニエス皇帝陛下! 万歳ばんざい!』という文字がそえられ飾られまくっていた。


「はは、それは半世紀以上も昔の姿じゃろうて」

「だろうな」


 アガサは遠い目をする。

 

 かつてガライラ剣術修練学校であじわった数々の屈辱。

 信仰心を叩き込まれ続けた。

 帝国剣術をあつかえないゆえ無価値な人間だと蔑まれ、畑を耕すことしかできない存在だと馬鹿にされてきた。畑を耕す尊さと労働の意義も知らない、クワをもったこともないような温室育ちの奴らにだ。


 アガサは思う。


「して、アガサよ、なぜここへ参った」


 皇帝マグナライラスは問いかける。


「あんたの帝国剣術が気に入らない」

「ほう、そうか。わしの剣はいまや世界の主流であり、もっとも多くの怪物を斬った剣であるというのに、気に入らないか」

「体制の方さ。俺は剣を誰よりも味わいつくし、誰よりも極めた。だからわかる。あれは剣よりも支配に重きをおいた剣術体系だ」

「傲慢じゃ。だが、よくわかっておる」


 マグナライラスは目を細める。

 アガサの内から感じるとてつもない気迫。

 その身が剣になったのではないかと見間違うほどに洗練され、磨き上げられた圧。

 

 この若造はとてつもない。

 マグナライラスにはわかっていた。


「帝国剣術はあんたに信仰をささげ、バンザイをくりかえすほどに強い剣士をつくりあげるらしい」

「はは、そういうことになっておるな」

「気に入らない」

「国家の構築とはそういうものじゃあ。統治とは、支配とはそういうものじゃあ。アガサ、おぬしにはまだわからんだけじゃ、覇道こそ剣術! ──いずれわかる時が来る」

「……」

「わしとてかつては鋼の鈍き輝きに全霊をかけて、血と死のなかをかきわけ、泥と汚濁の境界線を這った身じゃ。だからこそ、わしの主義主張は今日の人類に多大な影響をもっておる」

「そうか。なら、俺が主義主張をぬりかえよう。帝国剣術を俺の剣の礎とし、新しい剣の道を拓こう」

「ほう、おぬしが支配者になると?」

「まさか。俺は支配に興味がない」

「では、なぜ剣を広める」

「そうしたいからだ。俺が真実を知っているからだ。皆に教えてやりたい。ひとつの思い付きを実行する力が俺にはある」

「そうか、いや、そうじゃな……思いつきを実現する力、自分の願いを通す力、それが真実の力じゃ。他者の願いを踏みにじることへの負い目など微塵も必要ない。そうしたいから、する」

「あんたが正当化した治世だろう」


 マグナライラスは「はっはっはっは」と豪快に笑う。


「アガサ、おぬしは誰よりも、わしの理念を理解しておるようじゃ」

「洗練の結果が同じになっただけだ。……そろそろ、おしゃべりも飽きて来た」

「ああ、そうじゃのう。おしゃべりは十分じゃ」


 かの者は剣聖。

 剣を極め、国家を拓いた。

 草を食べ、川で身を洗い、怪物に怯える人類。

 孤立したコミュニティを結合した。

 すべてを統合する思想をつくりだした。

 そのすべてを己の剣にたばねた。

 人々の願いを積みあげ成長する永遠の強国を作ろうとした。

 

 かの者は剣聖。

 剣を極め、思想から解放された。

 信仰し、間違いに気づかず、腐敗していく剣。

 支配の道具たる剣術が根付けば、剣の明日は無し。

 神への祈りなぞ不毛。

 祈りをやめた時、無想がはじまる。

 剣術の夜明けへ皆を一歩近づけさせよう。


「剣は願いを叶えるチカラ」


 アガサは一歩ふみだす。

 真実の剣聖のまえにクラトニックが立ちはだかった。

 

 理解を得ようなんて思ってない。

 死にたくなかったら、そこをどけ。

 それがお前にできるただ最善、最良、唯一、最後の選択だ。


「でも、残念、私はどかないよ」

「そうか。なら死ぬしかないな」


 剣聖は圧の楔を抜いた。

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