皇帝陛下への謁見



 総統ランカ率いる維新人民党精鋭部隊は、天守閣へと登りつつあった。

 

「我々は皇帝陛下の剣であるぅ!」

「バンザーイ! バンザーイ!」


 それを迎え撃つのは、城上階を護る勇ましい帝城騎士たち。

 しかし、維新人民党の誇る新しき剣聖、十三騎士の力は絶大だ。

 剣聖を越えたと自負する者たちが5人も集結し、集団で叩きのめしてくるのだ。


 強いに決まっていた。

 維新人民党は血に濡れた廊下をふみこえて、ついに天守閣へたどりついてしまった。


 天守閣は皇帝陛下への謁見の場だ。

 広々としていて、何百人もの家臣がそこに集う。

 偉大なる皇帝陛下のお言葉を一言一句聞き逃さないために、外の音を遮断する建築が取り入れられている。

 ゆえにしんと静まりかえっていた。

 外の喧騒などまるで聞こえない。

 広間は奥に50mほど伸びている。

 城のうえであることを忘れる奥行だ。

 左右には精巧な剣聖の像が70騎ほど備えられている。

 かつての英霊たちである。

 生涯忠誠をつくした者たちだけが、ここに殿堂入りを果たすことを許されるのだ。

 静けさ。荘厳さ。高貴なるひんやり空気。

 ここには崇高な気が満ちている。

 

 まさしく神のおわす世界だ。

 見事な演出だった。

 

 総統ランカは4人の幹部を一歩後ろへ引きつれ、神聖領域天守閣を土足で荒らしていく。


 皇帝は奥の玉座で待ち構えていた。

 逃げることもできただろうに。

 維新人民党を待っていたかのようだ。

 いい心構えである。


 総統ランカはニヤリと笑みを浮かべる。

 革命は成った。確信した。


「ご機嫌よろしいようで、マグナライラス皇帝陛下」

「ランカか」


 皇帝は頬杖をついて支えていた首をのっそりもたげて目を開ける。

 年老いて枯れた白い髪は、紐でゆわえられ後ろでひとまとめにされている。

 枯れ枝のような指と、骨の浮いてみえる皮膚。

 かつて剣一本で国を拓いた剣士の勢いがそこに残っていないのは火を見るより明らかだ。


 ゲオニエス帝国皇帝マグナライラスは、灰色の双眸に鋭い光を宿しランカを見つめる。


「皇帝陛下の命、頂戴しに参りました」

「そうか。ランカ、おぬし皇帝になりたいのか」

「国には指導者が必要ですから。私たちはこの国を救いたいのですよ、維新人民党だけがこの国の衰退を終わらせることができます」

「はっはは、愉快。なら、やって見せろ」


 皇帝はしわがれた声で笑った。

 そして、鋼の刃のような視線でランカを射抜いた。

 瞬間──ランカの鎧の胸当てが砕け散った。

 静寂のなか、金属片の床に落ちる音がこだまする。


 圧巻。

 見惚れる気迫。


 眼力だけで敵を斬る。

 それは、古い時代の皇帝に関する有名な逸話であった。

 帝国の民が子供の頃から何度も何度も聞かせれてきたお伽話でもある。


「バカな……」


 ランカは喉が張りついてうまく声を出せなかった。

 老いてなお冴えわたる皇帝の圧に恐れをいだいた。

 同時に誇りと信仰を捧げたくなった。

 実力至上主義、力だけが人間を救える。

 そう教え、導いた皇帝こそ、もっとも力を信じた者。

 その皇帝が弱いわけがない。

 わかってはいたが、実際にその剣の一旦を垣間見ることまで信じることができなかった。


「だが、斬りますぞ!」


 ランカは目配せして、幹部のひとりを動かす。

 

「あーダメダメ、おじいちゃんをいじめたら可哀想でしょう?」


 軽薄な声が玉座の裏側から聞こえた。

 直後、皇帝へ斬りかかった幹部の体がまっぷたつに裂かれた。

 赤く輝く糸があらかじめ設置してあったのだ。

 皇帝のまわりを守るように。

 注意して目を凝らさないと、まるで気づけない細さの糸である。


 玉座の裏から、紫色の艶やかな髪をたずさえた美しい少女が出て来た。

 腰の裏で手をあわせ、特別製の黒い騎士隊服を着崩している。

 その隊服は剣聖だけが纏えるモノだ。


 ランカと幹部たち、維新人民党のメンバーは敵の正体をさとり、皇帝を守る最強のナイトの出現に戦慄した。


 帝国剣聖ノ会、序列二位、絶望の剣聖クラトニック。

 少女は赤黒い刀を鞘からゆっくりぬいて、深紅に輝く刀身をむきだしにした。

 彼女の嗜虐的な本性が目に見えるようになった。

 血の色をした暴力の衝動。

 それがクラトニックの正体だ。

 

「それじゃあ、あそぼっか。あんたたちは前座だし、本気はださないであげるよ。どう? 頑張って組織した革命軍が、たった一人の美少女剣士ちゃんに、本気もだしてもらえず壊滅なんて……最高に絶望的でしょう?」

「我々は革命を成功させる!! これは決定事項である!」


 ランカたちは最大の敵へ剣をむけた。

 

 維新人民党と現政権の直接対決。

 帝国の未来を左右するもっとも大事な場面をこっそり見守っている者がいた。


 柱の影からひょこっとのぞく顔。


 虚無の双子カィナベルとぺォスである。

 双子は爛々と輝く瞳で、維新人民党のサポーターとしてひそかに応援をおくる。

 頑張ってアガサ様の役にたって、と。


 ──1分後


 全滅した維新人民党の情けなさに、双子はため息をついた。

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