帝国剣聖ノ会、序列二位、絶望の剣聖クラトニック


「ふん、ふふーん」

「楽しそうだ」

「楽しいよ、君の剣気圧すごいからさ」


 絶望の剣聖クラトニックは、アガサの頭のてっぺんから足先までを舐めるように見る。

 真実の剣聖の圧は、氷のように冷たく、稲妻のように苛烈で、鋼のように硬い。

 

「人間でもここまで強くなれるんだねぇ」

「戯言はいい」

「それじゃ、かるく叩いてみますか〜」


 クラトニックは軽く肘を曲げ──直後、アガサは城外へ叩きだされていた。

 天守閣の四方の壁のうち、南側が大爆発を起こした。

 アガサは夜空に弧を描いて飛んでいく。


 アガサは「速いな」とつぶやく。

 速さには種類がある。

 ハンドスピード、足の移動、重心の移動。

 ただ、クラトニックのそれは人間の速さじゃなかった。

 全部が速い。

 人間なら適切なタイミングでのみ最高速を出せる鍛錬を積むが、そうしないのは、それがクラトニックにとって必要ない技術だから。

 つまり、肉体強度が抜本的に違うのだ。


 アガサは宙空で身を翻して、静かな眼差しを天守閣へ向ける。

 

「こっちー」


 アガサの後頭部に声がかけられる。

 見やれば、空を飛んで、アガサに追いついていたクラトニックが剣をふりあげている。

 剣の峰がアガサを打つ。


 たまらず地上に超速で叩きつけられる。

 クラトニックは翼を4枚生やして空を飛びながら「うーん、これくらいの長さ?」と赫糸を展開した。極細の光線のように地上へはなつ。

 アガサの足首をキャッチすると、そのまま空を飛びはじめて、地上のアガサを引きずり回しはじめた。

 犬の散歩中、帰りたがらない犬をひきずる飼い主のようだ。


「君の鎧圧だとこんな攻撃意味ないよね〜──だから、とっておきを用意したよ〜」


 クラトニックは高速飛行に突入する。

 夜空を横切る赤い彗星のように、輝線を残して飛びはじめ、アガサを帝都中の建物に叩きつけながらぐるりと一周した。

 大渓谷を挟んで、谷の両サイドにまたがって広がる帝都。

 谷の東側と西側、両方に破壊の波が広がっていく。


「あ、やりすぎ? ごめん」


 クラトニックは脳内に響く皇帝陛下の苛立つ声に、しゅんとして応えた。

 主人を怒らせるのはまずいのだ。

 

 と、その時、不可視の刃がクラトニックの胸に斬り裂いた。

 攻撃に気がつけず、クラトニックは血を吐いて、帝城へ落ちていく。


 地上のアガサは、瓦礫の山を押しのけて、落ちていくクラトニックを見つめていた。

 身体には汚れひとつ付いていない。


 そのまま、一足飛びで帝城まで戻ろうとする。

 と、まだ足の糸が繋がっていたらしく、強烈な力で足を引っ張られた。

 またしても、引きずりまわすように地面に擦られるアガサ。

 一気に帝城まで引っ張られると、勢いのままに帝城の頑丈な外壁に叩きつけられた。


 アガサはむくりと顔をあげる。

 吸血鬼、すごい戦い方をするものだ、と思っていたのだ。


 アガサのすぐ後ろにクラトニックがふわっと参上する。


 ──帝国剣術奥義・赫刀一閃

 

 夜空を舞う絶望の剣聖。

 翼を大きく広げて空中で姿勢を安定させ、地上と変わらぬ剣術を行使する。


 真紅を抜刀した。

 赤い輝きが稲妻のような尾を引く。

 直後──外壁が真っ二つに割れた。

 アガサは紙一重のところで身を翻して躱す。

 

「へえ、すごい。目が良いんだ」


 帝国剣術奥義・赫刀一閃

 それは、血の魔術と帝国剣術の融合技。

 剣気圧と血の魔術を使えるクラトニックだけが身につけられた最大のパワーとスピードで、放たれる一撃は、その余波だけで遥か遠くの敵を屠る。

 

「この奥義を至近距離で避けたのは君が初めてだよ〜」


 アガサは真実の一太刀を放つ。

 クラトニックは「来たっ!」と反射で避けてみせようとする。

 だが、避けれるわけが無い。

 気がつけただけで表彰ものだ。

 その先は、あまりにもおこがましい。


 クラトニックはまたしても胸を深く斬り裂かれ、血を吐き、地上へ落ちていく。

 

「でも、こんなの致命傷でもなんでもないよねぇ」


 ケロッとして傷を超再生させ、また翼で元気よく飛びはじめる。

 

 剣鬼アガサ。

 なるほど。所感は掴めた。

 多くの攻撃は意味がない。

 鎧圧が堅牢すぎる。

 奥義なら鎧圧を突破できるかもしれない。

 ただ、これも不確定だ。

 このアガサという男は避けることと受けることを気まぐれに行っている節がある。

 でも、なにも無敵ってわけじゃない。

 叩き続ければ鎧圧は摩耗する。

 

 フフ──どれで殺そうかな。


 クラトニックは思案し、自身の持つ″11″の帝国剣術奥義のなかから、アガサを殺せるものをセレクトする。


「これでいってみよっかぁ」


 クラトニックの真紅の刀に黒い稲妻が宿りはじめた。

 赫糸を大量展開して、アガサを捕縛して、帝城の二ノ丸の地面に叩きつける。

 黒い稲妻は、牙を剥く獣へと化けると、空高くへとんでいき──雷のように落ちて来た。激流の一牙をアガサへ突き刺す。


 アガサは真実の一太刀で黒雷を斬り裂く。

 だが、雷は飛散して、ちいさな獣となると、アガサへなおも突貫してきた。


 アガサは1匹ずつ真実の一太刀を浴びせて斬り刻みながら、慌てた様子なく、ニノ丸の真ん中であぐらをかいて静かな眼をたたえていた。


「うっわぁ、生意気すぎんだけど〜!」


 アガサを包囲する赫糸が燃えはじめる。

 糸を形成する血を高速で流転させることで摩擦熱をうみだし、発火させる技術である。

 高速で動き続ける血は、触れるだけで物体をたやすく斬り裂く切断力を誇る。


 クラトニックの死の赫糸が、アガサの横っ面を殴った。

 アガサは避けようとするが、血の糸は意志を持ってまわりこみ、その体を捕縛した。

 アガサともども地上が一気に炎に包まれる。

 

 クラトニックは糸を端っこを城のあちこちに楔として撃ち込んでいった。

 これでアガサが丸焼きになるまで彼は拘束されるだろう。

 

 とはいえ、そんな希望的観測は叶わないとクラトニックは悟ってしまう。

 絶望を愛する自分が、希望的に物事を考えはじめるなんて。


 そう思った時、炎の赫糸がブチブチと一気に切断された。

 アガサの鎧圧が膨れあがり炎が散らされる。

 血の糸の切れくずと、炎の残滓のなか、アガサはクラトニックをまっすぐに見つめていた。


「いろいろ持ってる」


 アガサは血の糸の切れ端を手に取り、首をかしげる。

 ほかには何を持ってるんだ。

 クラトニックは彼がそう訊いて来ているような気がした。


「嬉しいよ! まさか、こんな戦える人間が皇帝陛下以外にもいたなんて!」


 クラトニックは熱い吐息を吐きながら身悶える。


「私はね、ずっと昔、皇帝陛下に斬られて以来、この命を捧げたんだぁ〜、それから強くなって、皇帝陛下は年老いて……たくさんの剣士を倒したんだ、たくさんの怪物を殺したんだ……戦える強い奴はみんな倒した……騎士団内のやつにはみんな喧嘩を打って、決闘して、ぶっ倒した。ナダだって斬ったし、悪魔も斬った、だけど満足できた戦いなんて一度もなかったんだよ」


 クラトニックはアガサへ真っ赤な瞳を向ける。


「世界で私と戦える者なんてもう残ってないと思った……ましてや、人間なんて、ね……あはは、アガサ、君は自分が最強だと思ってる?」

「ああ」


 即答だった。

 アガサはつまらなそうに首の裏をかく。


「わかるよ、君は知ってるんでしょ? もうとっくのとっくに最強の頂に辿り着いてしまったことを自覚してるんだよね? だから、出会った時からずーっとそんなつまらなそうな顔してる」

「この顔は生まれつきだ」

「生まれつきそんなつまらない顔にはならないよ、フフ」

「うるせえ」

「君は退屈してたんだ……私たちが出会ったのは必然だよ……」


 クラトニックは帝城の屋根にゆっくりと降りてきて、静かに息を吐く。


「私はナダの血脈、第零席次、絶望の血ナディア、アガサ、君にならすべてを見せてあげられるかもしれない」

 

 世界を旅した。

 皇帝陛下の力を借りて、世界中の猛者と戦った。

 すぐに戦える者なんていなくなった。

 退屈な100年を越えて君に出会えた。

 よかった生きてて。よかった吸血鬼で。

 この瞬間の為に、長い時間を旅してきたのかもしれないね。

 

「血脈開放」


 紫色だった髪が赤く赤く、燃えるような真紅へと染まっていく。

 瞳が輝き、全身に血の紋様がうきあがる。

 帝城全体が揺れはじめる。

 クラトニックの全身から混沌の赤い魔力が溢れだし、それはだだそこにあるだけで帝城の屋根に亀裂を走らせていた。

 破壊の純粋エネルギーである。


 吸血鬼は最強の種族だ。

 人智を超えた再生能力をもち、さまざまな血の魔術を使える。

 永遠の時を生きる権利を神に与えられ、最も力強く、最も素早くあれ、と創造者たちにデザインされた。

 クラトニックは生まれた時から、そんな吸血鬼種のなかでもとりわけて血の力が強かった。

 ゆえに封印され恐れられた。

 それでも、鬼神の子のごとき恐ろしき姫を押さえつけることは叶わなかった。

 自分を封印した吸血鬼の長老たちを殺した。

 先日の遠征では、産みの母をも殺した。

 彼女は追放された吸血鬼だ。

 

 止まるところを知らず肥大化していく混沌の魔力。

 

 アガサはじーっとその様を見つめる。


 クラトニックは全ての潜在能力を解放した。

 刀を鞘におさめ、屋根に置き、両手をゆっくりと顔の前であわせる。


 赤い刀に闇が灯る。

 再び抜刀した時、剣は漆黒へと変貌していた。


「第二ラウンドだよ」

「付き合おう」


 アガサが淡白にそう応えた途端。

 黒刃が首筋にせまった。

 アガサは目を見開く。

 驚き、咄嗟に上体をそらした。

 前髪を切られる。

 意図せず紙一重で敵の攻撃を避けるなんて……一体何百年ぶりだろうか。

 

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