信頼関係の夜
俺たちを乗せた馬車はノースフォートレスへ到着していた。
「私たち帝都まで行くわ、ねえお兄さま」
「そうですね、それがいいです、ねえお姉さま」
とのことで、カーとスーは案の定どこまでもついてくる。
「いやはや、まだしばらくの付き合いになりそうじゃな」
「また明日出るのか?」
「いいや、ノースフォートレスには2日はいる予定じゃな。ここで少し荷を積みたいからのう」
行商のじいさんがそう言うので、俺もまたしばらく要塞都市にいることにした。
「え? おじいさまが? 一体何の用かしら、ねえお兄さま」
「おじいさまがきてるとなると……何でしょうか、ねえお姉さま」
カーとスーは不思議な会話を残して、人混みへ消えていった。
要塞都市の繁栄具合は凄まじかった。
俺の故郷が早朝から1日中、畑仕事していた幼少期だったのに比べ、この町の子どもは土すらいじったことがなさそうだ。
この町に生まれただけで、本当にムカつくくらいさぞ豊かな生活が送れるのだろう。
そこら中で鋼を打つ音が聞こえる。
フッドから運び込まれた大量の資源は、ここで使われているようだ。
「聞いたかよ、フッドが吸血鬼に襲撃されたらしいぜ」
「聞いた聞いた、騎士団が壊滅させられたって話だろ? やばいよな」
「それもそうだけどよ、ヤバさで言ったら真実の剣聖のほうがすごくないか? だって吸血鬼を1人で倒しちまったんだぜ。それも素手でって話だ」
「え? 真実の剣聖? なんだよそれは?」
「素手とかありえねえだろ。そんなホラ信じる奴いるのかよ」
要塞都市を歩けば、フッドの一件に関する会話がチラホラ聞こえてきた。
「でも、誰なんだ真実の剣聖って?」
「さあ? 剣聖さまに、そんな二つ名の方はいなかったしな」
「剣鬼アガサこそ真実の剣聖の正体らしいぜ?」
「それはデマだって話だろ。情報が古いぞ」
1日ブラブラした結果、すでに幾十にもデマと噂が混在して、人々のなかに漠然とした真実の剣聖が出来上がりつつあるようだった。
ある者は真実の剣聖こそが本物の英雄だとうたった。
ある者は現剣聖への反対勢力がつくりだした虚像と主張した。
ある者は真実の剣聖を目撃して、それが儚げな美少女だと講談した。
ある者は自分こそがその真実の剣聖だとホラを吹いた。
その晩、俺は要塞のうえを歩いていた。
巨大な砦を見ていると、人間の誇りのようなものを俺も感じることができた。
洒落た店を見つけた。
眼下100mの町の明かりを見ながら、一杯1,000マニーの高級ティーを嗜めるらしい。
行商人のじいさんから報酬としてお小遣いを貰っていたので、それで注文をし、テラスへ行ってみる。
たしかに。
なかなかどうして悪くない景色だ。
「あなたを殺すことはとても難しいわ」
カーが手すりを乗り越えて、俺の向かいの席にすわった。手すりの先が100mの高さの絶壁なことを考えると人間業ではありえない。
「ずいぶんな小言だ。もう正体隠さなくていいのか、悪魔」
「気がついていたの?」
カーは心底驚いたような顔をする。
「……。それで、何が目的なんだ」
「気がついてたのね……人間如きにインテリジェンスな戦いで引けを取るなんて屈辱だわ、ねえお兄さま」
「屈辱だよ、棒を振るしか脳のない剣術馬鹿だと思っていたのに、ねえお姉さま」
いつからか背後にスーが立っていた。
いっしょに旅したからか、こいつらのポンコツ具合にもすこし愛着が湧いてきた。
「もう一度聞くが、何が目的だ。俺を殺そうとしていること自体、象牙連盟の方針とは相容れないように思うんだが」
「おやおやぁ、ネタバラシしてしまったのですねぇ。だから言ったじゃありませんかぁ、剣聖アガサ・アルヴェストンを侮ってはいけないと」
一番見覚えのある白塗りの悪魔が、どこからともなく現れて、あたりまえに席につく。
続いてスーもやってきて、俺とカーの間に腰を下ろした。
皆、勝手に茶菓子やらティーを注文しだす。
気がついた時、俺は悪魔たちの茶会の参加者となっていた。
「前にも言いましたけどぉ、剣聖アガサ、あなたは悪魔たちに恨まれていますぅ。貴方は象牙連盟と盟約を結んだのであって悪魔すべてと契約したわけではありません」
「私たちはあなたを殺すしか道がないのよ、可哀想でしょう、ねえお兄さま」
「悪魔なのに人間に怯えながら生きなくちゃいけないなんて、こんなのあんまりです、ねえお姉さま」
「なんの話をしてる。俺にわかる話をしてくれないか」
「我々は生き延びる為の信頼を結びたい」
突然会話に割り込んできたのは、しわがれた声であった。
車椅子に乗った老人がやってくる。
黒い服を着ている。
状況的には悪魔だと思うが……こいつは初見だと分からないかもしれない。気配を隠すのが上手い。
車椅子の悪魔は黒い本を取り出す。
「象牙連盟には敵がいる」
「そうか」
「君ではない。君は同盟者という立ち位置だ」
「あんまり興味のない話だな」
「そう言わずに。象牙連盟の敵は君の敵でもあるのだから」
「分からないな。何が言いたい」
「さっきも言った通り、我々は生き延びる為に信頼を結びたいんだよ、剣聖アガサ・アルヴェストン」
黒い本を差し出してくる。
悪魔たちの視線が集まる。
大切な物のようだ。
受け取ると、そこには俺の読めない文字で文章が書かれていた。内容は長編物語のようだ。
「耳を塞ぎ。目を瞑り、口を閉じて、剣を振り、行く道塞ぐ敵を斬る。究極の剣とはすなわち願いを叶える力だろう。ならば、究極の剣の真の威力は、ただ存在するだけで意味をなす」
言葉を咀嚼し、車椅子の悪魔の言葉を考える。
「俺を抑止力と言いたいのか」
「僭越ながら、私たちはその武力を信じることにした。そうすることでしか、我ら虚無の四大悪魔は生き残る方法がない」
「究極の剣を傘に何から守ってもらおうと言う。そもそも、俺がお前たち双子の同類を守る理由がない」
白塗りの悪魔と、車椅子の悪魔へ順番に視線向けた。
悪魔に関してはそれなりに知識を持っている。
悪魔たちは、ひとつの源から生まれてくる。
一番付き合いの長い白塗りの悪魔は『虚無』の源から出てきた。
虚無の四大悪魔というのは、双子と白塗り、そして車椅子の4者全員が『虚無』の出身者ということだろう。
彼らは同じ悪魔たちのなかでも、特に繋がりが強く仲間と呼べる間柄なのだろう。
「虚無の四大悪魔は比較的に強い悪魔群だ。しかし、昔から契約で強く縛られている。負債が多い。インダーラ、ああ、彼のことだ。君の相棒の。インダーラは上位悪魔群の起こした実験的興行へ、君を参加させた」
「興行? 悪夢のことか?」
悪魔たちを見る。
双子も白塗り──インダーラも車椅子にすべてを任せているようだ。ていうか、お前名前あったのかよ。1,000年経って初知りだ。
車椅子の悪魔はなにがあったのか話しはじめた。
悪魔の興行主にとっては、俺が1,000年正気を保ったのも、最深深度16まで到達したのも、その後に追加された深度17以降もすべて速攻で攻略したのも誤算だったらしい。
虚無の四大悪魔は俺のおかげで大成功し、借金を完済、莫大な資産を作りあげた。
一方で多くの悪魔が「俺が50年以内に正気を失って死ぬ」ことに賭けていたので、虚無は、彼らから恨みを買ったらしい。
「とある6系統の悪魔に目をつけられてしまってね、君を暗殺する依頼を受けた。依頼を断れば我々が滅ぶ状況だった。彼女は強大な悪魔なのでとても太刀打ちできなかった。君を殺すか、我々が滅ぶか、道は二つに一つだったというわけだ」
「6系統の悪魔よりも、俺を殺したほうがいいと判断したのか。愚かな選択だ」
「そうでもない。君とはなんの契約も結んでいない。クライアントの大悪魔とは契約を結ばされてしまっている。悪魔にとって契約は絶対だ」
「そうか。で、この本はなんだ」
「それは『虚無』さ」
「なに?」
「それを斬れば我々は溶けて霞と消える」
そんな大事な物なのか?
視線をめぐらせる。
インダーラは普段と変わらず、三日月のように口を裂けさせて白い歯を見せていた。
カーとスーは提供された茶菓子を全部自分たちの皿に移して頬張っているところだ。
「全然緊迫感がないようだが」
「我々の総意は先ほどすでに決めたのさ。君を殺すことことは不可能。一方であと人間世界であと1ヶ月以内に君を殺さなければ、我々はクライアントに消される。そういう契約だ。ゆえに道はひとつだ」
「それが俺の傘下に入ることか?」
「真実の一太刀は悪魔にとって神話的な意味を持ちつつある。ある種の崇拝だ。その影にいれば我々は殺されない」
黒い本を指でトントン叩く。
さて、どうしたものか。
「それ俺になんの利益があるんだ」
「傘下に入るからには何でもしよう。我々の真名も教える」
真名。
悪魔が産まれた時から魂に刻まれている名。
これを人間が掌握すると、悪魔をコントロールできると言われている。
「インダーラってのは真名じゃないのか?」
「余裕で真名ですねぇ。わたくしさっきから普通にしていますけどぉ、おじいさまがサラッと言った瞬間は全霊で殺そうかと思いましたよぉ」
そうか。
じゃあ、俺はもうインダーラをコントロールできるのか。
「『虚無』も渡した。インダーラも渡した。これが前払いだ。我々を君の傘下に入れさせてはくれないかな、剣聖アガサ・アルヴェストン」
全部差し出す、か。
こうなると人間の心情的には斬りづらい。
まあ、わかってやってるのかもしれないが。
どっちみち、俺にとって悪い話じゃない。
彼らの敵は、象牙連盟の敵。
つまり、象牙連盟的にも俺がそっちの悪魔と敵対しても迷惑じゃないはずだ。
ただ、禁止事項があったはずだ。
「契約関係はまずい。俺は悪魔と契約を結べないんだ」
「いいや、これは信頼関係だ」
物は言いようだな。
インダーラもそんな感じで治癒チケット渡してきたけど、結構判定が雑なんだな。
「わかった。虚無の四大悪魔を俺の傘下にいれよう」
「であるならば──2人とも、そういうことで話はまとまったよ」
車椅子の悪魔はカーとスーを見やる。
双子は手についたクッキーの粉をパンパンっと払うと、ひょいっと立ちあがり、俺の横へ並んで立った。
「虚無の悪魔カィナベル。私の忠誠を誓います。すべてはアガサ様の意のままに」
「同じく虚無の悪魔ペォス。僕のすべてはアガサ様のものです」
双子は儚げな表情をうかべ、上品にカーテシーをし、ペコリと頭を下げてきた。
「私はデラメストレア。我々の運命は今この瞬間をもって君に委ねられた。我々が手となり足となり、滅びる日まで共にありましょう。なんなりとお申し付けください、アガサ様」
こうして俺は悪魔の指導者という立場につくことになった。
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