ナダの血脈、第十二席次、賢血ルドルフィーナ
「あっち、あっちだよ、ねえお姉さま」
「いいえ、こっちよ、ねえお兄さま」
「お前ら俺に話しかけてるんじゃねえのかよ」
デタラメなナビゲーションに従ってアガサは駆ける。
「がははは! 人間殺すの楽しイイ!」
「うわあああ、ママぁああ助けてぇえ!」
「あ、いた」
真実の一太刀が放たれる。
血の使徒は横からスライスされ前面と背面にパックリ分かれる。
死を自覚する前に、さらに究極の剣が三斬放たれ、血の使徒の心臓は完全に破壊された。
これで滅殺完了である。
死骸が蒼焔に包まれていく。
「ぅ、ぅう、お、お兄さん、ぁ、りが、どう゛……」
少女が避難するのを見送る。
アガサはふとなにか思いついたように腰を落とした。
「何してるのかしら?」
「何の姿勢?」
「いい事思いついたんだ」
アガサは飛んだ。
とんでもない脚力による跳躍で夜空へ舞い上がったのだ。
カーとスーは「あばばば?!」と何事かと目を白黒させる。
ほどよい高さに飛びあかり、吸血鬼のボスがいる場所を確認、鎧圧で身体の重心をそらして、落下場所を調整、天空から現場に急行する。
カーは「なんて無茶を……!」と人間がやっちゃいけない技に戦慄した。
地上では吸血鬼と血の使徒があわせて3匹、冒険者たちに囲まれていた。
「くたばれ怪物ッ!」
「やーだ」
冒険者がまたひとりぶっ飛ばされ肉塊となる。
ルドルフィーナは脆弱な人間の無駄な抵抗に笑いをこらえきれなかった。
「なんで王も始祖の方々もこんな弱い種族を恐れているのかしら。こんなにも簡単に絶滅させられると言うのに。いいえ、きっと私だけが賢いのね。だからきっと、王も始祖の方々も自分たちがいつでも勝てる戦いを延期させていることに気付かないのね」
ルドルフィーナは知らない。
吸血鬼と人類の微妙な均衡のことを。
「剣鬼を洗脳して、悪魔を御したら今度は吸血鬼の新しい指導者になるのも悪くないわね」
夢の広がりを妄想しながら、指先で冒険者を血のシミに変える。
と、その時、轟音と共に横に何かが落ちてきた。
爆風に髪がなびく。横を見やれば剣鬼が立っていた。
彼は両脇にぐったりして白目をむく双子を抱えている。
その足先は落下の一撃で、正確に血の使徒の心臓を貫き、地面にずぼっと突き刺さっていた。
アガサは何事もなかったかのように、血の使徒ごと地面に深く突き刺さった右足を引きぬく。
冒険者もルドルフィーナも最後の血の使徒も、みなが目を点にして言葉ひとつ発することができない。
ぐったりしていた双子がハッとしてアガサの腕から抜けると、そのまま人混みのほうに逃げていく。
ルドルフィーナは「ぇ、あんた達……」と口を開きかけるが、それはアガサの回し蹴りによって顎を破壊されることで不可能となった。
ルドルフィーナが頭を砕かれ、物言わぬ肉と成り果て、建物を貫通して向こうへ消えていく。
同時に、血の使徒はハッとして「人間ッ!」とアガサへ殴りかかった。
アガサは拳を避けると、顎を殴って砕き、血の使徒の脇腹に右フックを入れた。
続いて膝を、上から押し潰し、ひざまずかせた。
アガサには余裕があった。
上空から確認した結果、敵勢力の残存数を把握したからだ。
であるならば、多少遊んでも何の問題のない。
「剣を使わないでおいてやる。全力で俺を楽しませてくれよ」
「ッ?! に、人間貴様ぁあああ!」
アガサは拳闘試合の形式に則って吸血鬼と真正面から攻防を繰り広げた。
悪夢で理を知ったアガサは、あらゆる武芸の習熟にハイセンスを発揮することができ、効果的に自分のモノにする隠れた能力があった。
実は昨晩、アガサはフッドの地下拳闘場をおとずれ、そこで騎士団格闘術、武術、体術を経験していた。
結果、アガサは自分がまた強くなった実感があった。
剣の道は終わった。極めきった。100点満点中100万点まで練りあげた。だが、もっと点数が欲しい。もっと強くなりたい。それはアガサの心に沸いた久方ぶりの欲求だった。
血の使徒にフルスイングの右ストレートをもらい頭を弾かれる。
アガサは学ぶために鎧圧の密度をわざと下げていた。
拳の痛みがアガサにまたひとつ教えて、理解させ、賢くさせ、拳術IQを進化させる。
次第に真正面から殴りあっていたはずなのに、血の使徒の攻撃がまるで当たらなくなった。
「やれぇえ! 誰だが知らねえが吸血鬼をぶっ倒せ!」
「す、すげぇ! 吸血鬼と打ち合ってるぞ!」
「いいや、打ち合いじゃない、完全にスクールしてる!」
「ちょこざいなッ! 死ね! 死ねッ! 死ねッ! なぜ当たらん!?」
全力の一発を当てれば勝てる。
血の使徒は殺意を込めて大振りを連打する。
「お前から学べることはもうないな」
ふと、アガサが棒立ちになった。
血の使徒はこれみよがしに思いきりぶん殴った。
だが、アガサは寸前で受け止めていた。
「ふざけ……な、な、なんなんだ、お前はァアア!」
「俺か? 俺は
アガサは腰を深く落とし、貫手で吸血鬼の心臓をつらぬいて破壊した。
蒼焔につつまれて永遠を生きる身体が朽ちていく。
一連の遊びを見ていたカーとスーは険しい顔をしていた。
「……つよいわ」
「……ですね」
「さて、もう1匹は──そこか」
アガサは
気配を覚えられさえすれば、アガサは敵を見失うことはない。
どこにいようと剣聖アガサの気配探知からは逃げるすべはないのだ。
アガサは思いきりジャンプして雲の高さまで登った。
敗走者の背中を目視で確認し、そしてわずかに剣気圧のオーラを増大させた。
────
「なになになになになにアレは?!」
夜の暗闇をルドルフィーナは駆け抜ける。
仲間の気配がすべて消失した。
全部、滅ぼされたのだ、あの男に。
「あれが、あれが人間の業だというの!? ありえない、この私が人間に蹴られただけであんな無様をさらすなんて!」
ルドルフィーナは逃げ切ったと思い、恐る恐るフッドの方角へふりかえる。
直後、彼女の首が飛んだ。
周囲一帯に猛烈な衝撃波が叩きつけられた。
地面が放射状にひび割れて木々がえぐれていく。
とてつもない威力のなにかが、途方もない距離から、超速で放たれ、無音・無殺気で吸血鬼の首を斬り落としたのだ。
「な……に……こ……れ………──」
事態を把握できていないルドルフィーナ。
二発目の衝撃が夜闇を流星のごとく駆け抜ける。
青紫の尾を引いた一太刀が、二度目の斬撃にて森に逃げ込んだ吸血鬼を襲った時、その心臓はいともたやすく破壊されてしまった。
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