報復吸血鬼会議


 もう久しく使われていない古代の遺跡。

 闇のなかに隠されるように築かれた石室のなかには、恐ろしい怪物たちが集まっている。


 混沌のいたずらで人間から作られた血──吸血鬼である。

 巨大な円卓には40もの席が用意されている。

 ほとんどは埃を被っている

 経年劣化によって壊れてしまっているものも少なくない。

 現在埋まっているのはわずかに3席だけだ。


「まさか3騎も集まるとは思わなかったです」


 白い肌に紅瞳をした青年が言った。

 品があり、物静かな印象を見る者に与える。

 古い血の貴族が栄華を極めた時代の、赤黒い退廃的な礼服を着ている。


「予想を良い意味で裏切られた風に言うではない、ヴァルフラム。我らナダの子供たちにとってはこれほどの一大事だと言うのに、ほかの者たちは何をしているというのだ」

「わたしたちは孤高の怪物ですよ。同じ名を冠していても結局は吸血鬼ですからね。協調するなど土台無理な話です」


 不義な同胞に怒りをあらわにする初老の男。

 彼の名はハドスレイ。

 怪腕の血である。


 ハドスレイをたしなめるのは若い少女の吸血鬼だ。

 第二席次シュトレヒトライア。

 ナダの2番目の子であり、人間と共に歩む者。

 怪物屈指、異端中の異端、そんな風変わりを地で行く少女である。


「それにしてもルドルフィーナちゃんが死んでしまうなんて奇想天外ですね」

「そうでもないわい。奴は徒党を組むことで支配者を気取るだけの道化であった。優れた血の使い手ではあったがな」

「でも、ルドルフィーナちゃんはその気になればたくさん血の使徒を量産できるんですよ? すごいことだとわたしは思いますけどね」

「やつが3人しか飼っていなかったのがわからんのか。それがやつの術の限界だ」


 シュトレヒトライアは瞑目し、腕を組み、しばし考え、目を開く。

 

「確かにそのとおりですね。ルドルフィーナちゃん、ご愁傷様です」


 他人事ごとに手を合わせて同胞を弔う。


「100年生きずに滅殺されるなど、一族の面汚しめ」

「そういえばルドルフィーナちゃんはなんで滅んじゃったのですか?」


 シュトレヒトライアはピンク色の唇に指にあてた。

 視線はヴェルフラムへ向けられる。


「もしや伝説に聞く狩人に見つかってしまったのでしょうか」

「彼らではないでしょう。活動範囲が違いますよ。ルドルフィーナは帝国内で滅んだのですから。あそこと人間国は仲が悪いので狩人に偶然見つかることはないと思います」


 ヴェルフラムは静かに言う。


「では帝国の剣聖とかいう英雄ですか? あまり強い噂は聞きませんけど……だとしたら可哀想ですね。ルドルフィーナちゃんは自信家でしたから。殺されるなら狩人のような実力者をのぞんだでしょうに。今ごろ混沌の中で泣いていると思います」

「どこで死んだのだ」


 ハドスレイはヴェルフラムへ視線を投げる。


「わかりません。帝都の近郊で滅んだのは確かですかね。おそらくあの鉱山資源の街でしょう。名前は忘れました。あの地域のどこかにルドルフィーナは拠点を構えていたと思います」


 ヴェルフラムはかつて会った時の記憶をひっばりだしながら喋る。

 もう10年も前のことだ。


「ならば話が早いではないか。その町へ行って人間を皆殺しにし、ナダの血脈を敵に回したことを後悔させてやればいい」

「わたしは報復にはあまり興味ないです。吸血鬼も人間も仲良くすればいいんじゃないでしょうか」

「それ以上口を開けば、我の血がお前を砕くぞ、シュトレヒトライア」


 ハドスレイは隣の少女へ睨みを効かせる。

 シュトレヒトライアは黒く尖った爪をいじりながらどこ吹く風だ。

 彼女はナダの吸血鬼の中でもっとも壊滅的な能力を備えた、絶望の怪物であるが、その恐るべき力が人間へ向けられたことは少ない。

 吸血鬼たちにとっては、彼女ほどの怪物が、世にも珍しい親人派なことが悔やまれる。


「でも報復しない方がいい気がしますよ。勘ですけど藪蛇になる気がします。最近は人間の英雄もレベルがあがってますから」

「だから何だと言う。やつらは我らの捕食対象にすぎないのだ。元来、吸血鬼は長い歴史のなかで常に支配者であったのだ。今は異常な時代。すぐに我々は攻勢へでて、時代を取り戻す。お前もそう思うだろう、ヴェルフラムよ」

「ええ、その通り。血の一族は復興します。始祖ナダならば、それもたやすいことでしょう」


 ヴェルフラムは疲れたように笑みを浮かべ、少女を見やる。

 シュトレヒトライアは足を組んで椅子にもたれかかる。


「でも、もう500年ですよ? 人間の亡国が1,200年が続いて、そこから血が300年。そこからそこから500年また人間。ほら、吸血鬼って意外と支配者感ないですよ」


 指を折りながら少女は肩をすくめる。

 場に殺気が満ちていく。

 軽薄な態度に男たちは我慢の限界だった。


「お前はもうダメだ。吸血鬼の誇りを失ってしまった。人間と馴れ合ってすっかり変わった」

「そうでもないです。やることはやってます。でも、人間って私たちが思っているほど違わないって言うか……まあ、別に理解を求めはしないです」

「ヴェルフラム、お前はどうするのだ」

「せっかく3騎集まったのですから行動を共にしたいところかと。ここにいるのは吸血鬼種のなかでも、とりわけ協調性に優れたメンバーだと思いますから」


 三者はそれぞれの顔を見合うと、普通の同胞を思い描く。

 たいていは話を聞かないし、協力すると言う発想が出てこない。

 それに比べたら、この場には話し合いという秩序が確かに存在している。


「でも、わたしはパスします。家庭があるので。1週間は村の種まきを手伝うので、今日はここら辺でさようならです」


 シュトレヒトライアはペコリと一礼して、スタスタ歩いて遺跡会議場を出て行こうとする。


「何をしに来たんだ、やつめは」

「顔を出して一応の義理をとおす。血と人間のあいだをたゆたう。彼女はそういう方ですから」


 ヴェルフラムは懐から人の皮で作られた悪趣味な手記を取り出す。

 血を一滴紙面に垂らした。

 乾いた紙面に粒となって浮いた一滴の血は、意思をもったかのように蠢いて、紙にシュトレヒトライアの名を刻み付けていく。

 途端、石室を出ようとした少女は血を吹き出して、その場に膝をついた。


「おや、死にませんか。おめでとうございます、これであなたへの呪いは弾切れです」


 シュトレヒトライアは裂けた身体を、すぐさま再生させると「それじゃあ、帰りますね」と言って、何事もなかったかのように行ってしまう。

 並の吸血鬼ならたやすく滅んでいる呪いを受けてなお、彼女にとっては些事でしかない。


 ヴェルフラムはため息をつき「流石に強すぎますね」と、くたびれた手記をを大事そうにまた、懐へとしまいこんだ。


「それでは報復はこちらで。そろそろ行きますしょう、ハドスレイ。帝国は遠いですから」

「お前がいれば心強い。愚かな人間どもにナダの血脈を侮った罪を償わせてやろうではないか」


 弩級の脅威をほこる2騎の厄災が帝国へとせまりつつあった。

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