剣聖アガサの復活


 ゲニライラに戻ってくると悪魔が瓦礫に腰かけて待っていた。


「これで悪魔にとって不利益な存在が2人消えましたぁ~、よって悪魔であるわたくしがささいな気持ちとして治癒チケットを献上する事が許されることになりますぅ~」

「いいからよこせ」


 悪魔からひったくるように券を受け取る。

 それで先にもらっていた4枚と合わせて5枚で再提出する。


「はい、どうぞぉ」


 悪魔が指を鳴らす。

 視界が一気に悪夢の辺境に切り替わった。

 懐かしさなんてこれっぽっちも感じないが。

 数秒後、俺の視界はゲニライラに戻ってくる。


「こ、これはなんの騒ぎ!?」


 視界の端でプラカトレアが部下を率いてやってくる。

 混沌とした町のありように狼狽している。


「あ! アガサ様!」

「お前か」

「……はい、プラカトレアです。その、また、なにか、あったんですか?」


 プラカトレアはレオパールにいじめられていたらしく、俺が彼を倒したと知るなり、プラカトレアファミリーの最上の賓客として扱ってくれるようになった。

 実は俺が止まっていた宿屋も、明日にはプラカトレアファミリーの館の最高級の部屋にしてもらう予定だったりする。


「剣聖だよ。俺を殺しに来たんだ」

「まだ生きていらっしゃるということは、つまりそういう事ですか?」

「ああ」

「なるほど、流石はアガサ様です!」


 少女は心底誇らしげに言うと、喜色満面の笑みで俺の手を握ってくる。


「宿」

「え?」

「宿、壊して悪かったな。俺が戦ったせいで、ここいらもめちゃくちゃだ」

「い、いえ、お気になさらず! アガサ様はふりかかる火の粉を払っているだけなのですから!」


 強いことは得だ。

 女性に好意を寄せてもらえるし、それがマフィアのボスならいい待遇を受けれる。

 かつて必死になって強くなろうとしていた俺も報われるというものだ。


「ああ。ありがとう」


 プラカトレアの頭をポンポン叩いて、背を向け歩きだす。

 彼女に叶わぬ期待を持たせるのも悪い。


 俺とて人間。

 できるだけ、好意には報いたい。

 もちろん、悪意には報復あるのみだが。


「どこへ、行くんですか、アガサ様!」

「留守にする。長い留守になる」

「そ、そんな……」

「帰ってくる。いつかな」


 嘘だ。

 二度とここへは帰ってこない。

 剣聖流の道場を開くにはこの町は不都合だ。

 もっとデカくて、まともで、才能ある若者が集まる場所がいい。

 となると、やはり……あそこしかない。


「行先は帝都ですか?」


 答えずに歩きだす。

 悪魔は黙って横をついてくる。


「帝都ですね?!」

「……」

「帝都に拠点を移します! だから、連れてってください!」

「……」

「勝手についていきます! どこまでも!」

「ぼ、ぼす、流石に無茶なんじゃ……」

「お気をたしかに!」

「俺たちのファミリーはこの町だからこそ……」


 乱心したボスを憂う部下と、少女の宣誓が響く。


「可哀想ですねぇ~、叶わぬ恋とはぁ。ですが、好きになる相手が悪すぎですねぇ、ぶっちゃけ趣味悪すぎではないかと説教を垂れたくなりますねぇ~」

「あいつの部下には迷惑をかけられてる」

「それが理由ですかぁ~?」

「いや、違う。迷惑と恩はプラマイで、かなりのプラスだろう。だからこそもうこの町にはいられない」

「ふーん、そうですかぁ~、でも、いいんですか~? 恋する女ほど簡単に利用できる物もありませんよぉ?」

「ほう、例えば」

「人間の最大の武器はその数、つまり繁殖能力ですぅ、あなたの子供でも仕込んでおけば、彼女は喜んで産み育てますよ~、きっと第二の剣聖としてぇ~」

「子供ができてたらいいな、ってくらいの話だ」

「え? ああ……そうですかぁ」


 やることはやってます。

 

「それより、悪魔」

「はいぃ?」

「ベイオマッツのことだが、あいつは悪魔の力を取り込んでたんじゃないのか」

「ええ、おそらくはぁ~」


 悪魔はニヤリと笑みを深める。


「本当に自殺志願者なのか?」

「まさかぁ……お耳を拝借ぅ」


 悪魔が指を鳴らしたかと思うと、俺の脳内に声が直接響いてきた。


「象牙連盟も一枚岩ではないということですよぉ~」

「……」

「というより、あなたは象牙連盟のうち一派閥と契約を結んだのであって、悪魔という種族と契約をしているわけじゃありません。勘違いしてはいけませんが、象牙連盟が人間に対してある意味では”降伏”ともとれる情けない態度をとったことを快く思わない悪魔は非常に多い……ゆめ忘れぬことですぅ、あなたは悪魔が恐れ敬うと同時に、恨まれ敵視されていることを」


 脳内の声が止んだ。

 同時に悪魔の姿が消えてなくなる。


「はぁ、まあいい。多少は刺激がないとな」


 別にベイオマッツと同じではないが、俺も本気をだせる相手をいつも探している。

 強い奴を探して悪魔狩りをしてたわけだし。

 最強になるといういうことは孤独でもある。

 いつか孤独を分け合える実力者に逢えたらいいと思っている。


 ──一方その頃


 世界各地では、必然か偶然か、強者、指導者、有力な者たちは一斉に恐ろしい混沌の襲来を感じ取っていた。


 執務を遂行中の皇帝は不自然に壊れたペンを見つめ、嵐の到来を予感した。

 無想の剣聖は瞑想のさなか、静かに目を開いた。

 真実の一太刀を知ろうとする少女は、背筋を貫く悪寒に身震いした。

 人間国の王は軍備増強の政策を決める元老院会議で、王権を発動、ただちに6万の常備兵増強の意思を固めた。

 怪物の王たちは、それぞれが遥かなる英雄の降臨に自らの死の可能性を自覚した。


 これらすべてアガサ復活の瞬間の出来事であった。

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