帝国剣聖ノ会、序列五位、幻にして悪魔の剣聖ベイオマッツ



 なんで俺の部屋には頭のおかしい来客しかこないのだろう。

 アガサは困惑しながら人間やめているベイオマッツを見つめる。


 あたりには溶岩化した石と、瓦礫が折り重なってできた山。

 破壊と爆心地の真ん中で、恐ろしい形相の怪人は笑う。


「はははははははッ! あーはははははッ!」

「そんなに面白いか」

「面白いさ! まさか、暗黒波動滅砲に耐えるとは思ってもみなかった!」

「そんなに期待されてなかったか」

「だから楽しいのさ! この私を楽しませることができそうな奴に出会えたんだからな!」


 アガサはだらりと脱力した姿勢で、ポケットに手をいれる。

 深くため息をついた。

 

 どうしたものか、頭を悩ませていたのだ。

 同時に思考を邪魔する頭痛に耐えていた。


 そんな無防備な姿を怪人は見逃さない。

 風の揺らめきすら置き去りにして、彼はアガサの顔面に蹴りを叩きこんだ。

 アガサは抵抗すらなく数十メートル吹っ飛んで瓦礫の山につっこんだ。


「舐めるなよアガサ、私は幻にして悪魔の剣聖だぞ。お前が図に乗れる段階は終わったのだよ。はは、絶望的な彼我の実力差を思い知らせてやる」


 ベイオマッツは全身から黒いオーラを放出する。

 闇の力で増幅された剣気圧だ。

 おぞましい密度の鎧圧がベイオマッツの周辺の空気の色を暗黒にそめあげているのだ。


「これが私の新しい力──暗黒波動滅拳!」


 アガサはこめかみを抑えながら「頭痛が……」と、瓦礫を押しのけて出て来る。

 そこへ、ベイオマッツの渾身の拳撃が襲い掛かった。

 アガサは瓦礫の山ごとふっとばされる。


 これぞ最強!

 これぞ無双!


「これが真のチカラ、暴力流の威力だ」


 ベイオマッツは空を仰いで高らかに笑った。


「たいした術理だな」


 気持ちよく笑っていたところへ、冷たい声が届いた。


 慌てて振り返るベイオマッツ。

 アガサが立っていた。

 直立不動の姿勢で。

 拳を喰らったはずの頬にはアザのひとつもない。

 完全なる無傷だ。

 

「馬鹿な……あの技をまともに受けてどうして立っていられる……」

「技って呼ぶな、おこがましい。ただのパンチだろう」


 ベイオマッツは面食らったように奥歯を噛み締める。

 が、すぐに余裕が戻って来た。


「ふはは……そうか……そうか、そうか、私に今以上のチカラを解放しろと言うのか!」


 期待した眼差しで、全力を解放しようとする。

 が、アガサがそれを手で制した。

 彼は視界の端でゲニライラの悲劇をとらえていた。

 泣き叫ぶ子供が瓦礫を下に必死に手を伸ばす。

 火だるまになってもがき苦しむ人々。

 アガサは無情の瞳で腕を一度ふると、瓦礫も、火もすべてを消し飛ばした。


「続きはよそでやろう」


 そう言った瞬間、アガサの瞳が蒼光を灯した。

 目を見開く怪人。

 直後、強烈な衝撃が体を襲った。

 胸に突き刺さる鋭利な剣の感触。

 氷のように冷たく、意識の外から一刺し。

 その冴えは竜殺しの剣聖が放つ天穿など比較にならない。


「うがぁア、ァッ!」


 怪人は一撃でゲニライラの町の外までぶっとばされ、深い森のなかに落下した。


「ア、ア゛! ぅグアア!」


 どくどくと血が流れる。

 怪人は胸を抑えて、もだえ苦しむ。

 だが、悪魔の力を受けたおかげか、次第に傷口は再生しはじめた。

 数秒すれば傷は完全にふさがり、血も流れなくなった。


 ベイオマッツが顔をあげると、アガサが腕を組んで木に肩をあずけて眺めていた。

 まるで観察するかのような冷めた眼差しだ。


「アガサぁぁあ!」

「……」

「く、く、くははははは! 面白いぞ!」

「そう」

「ああ! 最高だ!」

「なぜ」

「お前ならば私の全力、100%を出すに値するからだ!」


 そう言うとベイオマッツは剣を抜いた。


「ここでやっと抜くのか……」


 アガサはこてんっと頭を木の幹により掛からせて、警戒心無くボソっとつぶやく。

 

「とくと見ろ、これが純然たる最強のなかの最強形態、100%中の100%だぁああ!」

「うるせえよ」


 真実の一太刀がその首を刎ね飛ばす。


「…………へ?」

「俺を誰だと思ってる」

「………………ぇ?」


 視界がくるくるまわって宙を舞う。

 首が斬られたらこんな視界になるのか。

 ベイオマッツは理解できずに目を点にする。


「…………私は、まだ……全力を…………」

「お前はもうとっくにターンを使い果たした。終わってんだよ。俺という人類史上最高傑作への謁見は」


 とことん傲慢。

 あまりにも理不尽。

 どこまでも唯我独尊。


 だが、ベイオマッツは納得させられてしまう。

 そして、ようやく気づかせてもらえる。

 自分は試されていただけなのだ。

 本来彼がすべきことは、あくまで剣聖として、究極の存在、無想の領域のお方の御前で、彼の機嫌をそこねないように自分の全力を披露すること。

 なのに自分がやったのは期待されてない裸踊りだけ。

 そのあとで全力を見てもらおうなど、通るわけもない。

 

「ま……ま、て、ま、って……ください……」


 遠ざかるアガサの背に手を伸ばす。

 剣の皇帝に1%も相手にしてもらえなかった。

 黒く染まった瞳に涙があふれてきた。

 お願いします、私の剣を、見て、ひと目だけでいいんです。


「ぁぁ、ああ、ああ!」


 首を落とされた体がぎこちなく起きあがる。

 壊れた機械人形のように最後の力を振り絞って。


 死を前にベイオマッツは無我、無窮のほんの一端を垣間見る。

 透き通った世界が見えた。


 首無し体が最大最高の剣気圧をまとう。

 死の間際に悟った究極の片鱗。

 腐っても剣術にたいして真摯だった人生のすべて。

 

 ──帝国剣術奥義・無尽の幻剣


 本来、肉体から分離させた超高密度の鎧圧を剣の形状にし、縦横無尽に操れる浮遊剣を7本同時に生みだす神業。

 悪魔の力で強化されたそれは、浮遊する剣にとどまらない。

 一気に黒い剣が空へ放たれた。

 その数11本。さながら黒い流星のごとく昼下がりの空をふわっと舞うと、地上めがけて次々と落下してきた。

 アガサへ暗黒の流星が連弾となってふりそそぐ。

 一発一発が爆発を起こして、地面にクレーターをつくりだした。


「ぁ、ぁ、ぁ……」


 すべてがおさまったあと。

 アガサは無傷でその場に立ち尽くしていた。

 汚れてすらいない。


 ベイオマッツの首無し体は、剣を手につっこんでくる。

 生涯を共にした宝剣ベオウルフがひと際輝きを放つ。


 最後の突貫。

 だが、現実は無情だ。

 真実の一太刀が放たれた。

 怪人の体は木っ端みじんに斬り刻まれ、跡形もなくなる。

 真っ二つに斬られた宝剣ベイオウルフの刃が墓標のように地面に刺さった。


「発想は悪くない。だが、お前は愚かすぎだ」


 アガサはそれだけ言い残して歩き去った。


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