怪人


 翌日。

 フォーリアの町には地獄が顕現した。


「ははははは!! 奪え、犯せ、殺せ!!」


 破壊と殺戮を繰りかえす元騎士団長の怪人ひとりの手でだ。

 狂気に落ちた騎士団長を止めに入った第7騎士団は壊滅。

 被害はまだまだ広がりつつある。


「イイ感じの仕上がりですね、ねえお姉さま」

「ええ、悪くないわ。ちょっと野蛮すぎて見てられないけれど、ねえお兄さま」

 

「ベイオマッツ殿、なにをしておられるのか」


「「あれ?」」


 双子の悪魔は暴れまわる怪人強姦劇場の闖入者を見やる。


 灰髪のガッチリオールバックがトレードマーク。

 見通すような青瞳には教養が。

 端正に着込んだスーツには品格が宿っている。


「荒廃した瓦礫の町、あの穏やかなフォーリアが見るも無残な光景になるとは」


 鋼の紳士はその聡明な瞳で怪人を射抜く。


「真打登場。ようやく参上いたしました。吾輩こそが帝国剣術十段にして『竜殺しの剣聖』の異名をもちし剣聖ジェントル・ディアスモート三世なり!」

 

 双子の悪魔は腕を組んで、なにやら面白そうなことが始まりそうだ顔に笑みを浮かべた。


「この町の惨状はあなたがやったのか、ベイオマッツ殿」

「はっはははは、だったら、どうした」

「あなたは誰よりも信心深く潔白な騎士であると聞いていましたが、どうやら噂にすぎなかったようですな」


 ジェントルは腰のレイピアをゆっくりと抜く。


「お前たちは下がっているがいい」


 『竜殺しの剣聖』の率いる第9騎士団は、一歩さがり傍観をする姿勢を取る。


「はははは、序列9位の貴様が、この幻の剣聖ベイオマッツをどうにか出来るとでも思っているのか?」

「吾輩がなぜ9位に甘んじているか、お教えいたしましょう。それはひとえに先輩方への礼節を尽くすため。その気になれば、1位の座を取ることもたやすいのです」


 ジェントルは剣聖のなかでもとりわけ天才と名高い。

 ちょび髭のせいでわかりにくいが、26歳という年齢も彼の才能を証明している。

 ベイオマッツは大きなため息をつき背中をむける。

 

「なんのつもりか、ベイオマッツ殿」

「相手にならんぞ、お前では」

「その言葉、撤回させてみせましょう」


 ──帝国剣術奥義・天穿


 ジェントルの剣気圧が膨れあがり一気に放出される。

 大きく一歩踏みこむ勢いで地面がひび割れる。

 それは天空を飛ぶ竜すら穿ち落とした無双の一刺しだ。 

 槍のように形状変化した剣気圧がものすごい速さで空を貫いた。


「ッ!」


 20m以上離れた位置にいたベイオマッツはその場を飛び退いた。

 ベイオマッツの頬から血がしたたる。すこし当たったようだ。

 

「ほう、ジェントル、貴様がこれほどの実力者だとは思わなかったぞ。ははは、なるほど、剣聖の中でも上位の実力者という噂は本当らしい」

「今のは本気ではありません」

「……なに?」

「今しがたの天穿はせいぜい20m。吾輩の天穿の最大射程は200mです。そして、今の一刺しと同じ時間で最大威力・最大射程の天穿を放つことができます」

「……」

「つまり、こう言っているんですよ、ベイオマッツ殿。吾輩の本気”10%”も出していない攻撃をぎりぎり避けている程度ではとうてい100%の天穿を避けることなど不可能だと!」


 第9騎士団から歓声と拍手があがる。

 

「流石はジェントル様!」

「その剣の冴え、まさしく帝国最強!」

「あの奥義を避けられる者はこの世にいない!」


 部下たちの騒々しさを指を鳴らしてオシャレに制するジェントル。


「では、さようならです、ベイオマッツ殿」


 ジェントルはレイピアを構え、そして天穿を放った。

 空気が破裂し、余波は地を削り、竜殺しの一撃が炸裂する。

 すべてが晴れた時。

 剣気圧で延長されたオーラの先端はベイオマッツによって掴まれていた。


「ッ?!」


 刹那ののち、強烈な殴打でジェントルは吹っ飛ばされた。

 赤レンガの建物を4棟ほど貫通して遥か向こうまで吹っ飛ばされる。

 竜殺しの騎士は白目をむいて完全に気を失った。

 

「ははは、言い忘れてたよ、ジェントル、私は5%も実力を使ってなかったことを」


「ば、バケモノだ……」

「ひいいいい!」

「よ、よくもジェントル様を!!」


「喚くなゴミども。てめえらの尻を犯されたくないだろう?」


 恐ろしすぎる脅迫に騎士たちは青ざめる。


「ははは! 私は最強だ!! 今ならあの剣聖オキナも確実に倒せる! 私が全生物最強なのだ!! ははははは!!」


 狂気に満ちた瞳が地平線を見つめる。


「待っていろ、剣鬼アガサ! いま貴様を殺して私の力を証明してやるぞ!!!」


 

 ────



 アガサはベッドで布団をかぶり、体の芯から冷えるような感覚と、割れるような頭痛に苦しんでいた。

 と、そこへ、数日前のように部屋の扉が蹴り破られる。

 掛布団のすきまから顔をだして、じーっと不埒者を見つめる。

 その者には角が生えていた。

 黒い角だ。皮膚をつきやぶっておでこから生えている。

 目は真っ黒で、皮膚には黒い血管が浮き上がっている。

 どうみてもまともじゃない来客にアガサはうんざりする。


「私は幻の剣聖ベイオマッツ!!! 剣鬼アガサよ、いざ尋常に勝負なりィいい!」

「また変なのが来たな」


 アガサは頭を抱えながらベッドを出た。


「とりあえず、俺は意外と優しいことを証明するために、お前にも生きたいか死にたいか選ばせてやる。ちなみにお前の外見からすでに弟子にして生かしてやるという選択肢は失われていることを先に言っておく」

「戯言を! 私の圧倒的な力を見てまだそんな余裕をかましていられるかな!!?」


 ベイオマッツは胸の前で黒いエネルギー弾を溜めはじめる。


「喰らえ!! 暗黒波動滅砲ッ!!」

「いや、剣使えよ」


 直後、宿屋含め、周囲の建物は跡形もなく蒸発した。

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