帝国剣聖ノ会、序列九位、竜殺しの剣聖ジェントル


 ゲニライラを出立した俺は、その足でファーレアを目指した。

 ファーレアはならず者の町とは違い、水路と赤煉瓦が特徴的で、雰囲気の良い穏やかな町だと聞いていた。

 なので、ちょっと楽しみにしていた。

 

 ファーレア到着後、俺はその惨状を見て言葉を失った。

 

「ここで何があったんだ?」

「剣鬼アガサ・アルヴェストンの仕業だ。やつは悪魔と契約し、破壊的な力を持って暴虐の限りを尽くした」


 どうやら俺のせいになってるらしい。

 ファーレアの町を歩いてみる。

 ところどころ建物が壊れていたり、ガタガタになっていたり、乾いた血が壁の地面も生々しく赤色に染め上げていたり。

 見るからにこの地に地獄が顕現していたあとだったようだ。

 

 町を散歩していると宿屋の前に騎士たちがいるのを見つけた。

 どうにも剣鬼被害対策本部として設置されているらしい。


「待て、関係者以外立ち入り禁止だ!」

「落ち着けよ」


 真実の一太刀の峰打ちで番人たちを気絶させる。

 体は絶好調だ。以前までは剣気圧を1%までしか出力できなかったが、今なら10%で運用しても問題ない。

 悪魔いわく悪夢にいた頃の俺にはまだ程遠いが、少なくとも剣気圧を出力しても壊れない体に調整してくれたとのこと。

 無理しなければ真実の一太刀をリスクなしで使える。

 無理すれば30%くらいならまあ可能ではあるだろう。

 

「邪魔する」


 一言断ってから剣鬼被害対策本部のなかへ足を踏み入れた。

 騎士に「騎士団長殿に急ぎの話がある」と伝えると、動揺した騎士は俺の身分も確認せずに、場所を教えてくれた。


「アガサ・アルヴェストンだ。あんたは剣聖か?」


 机に書き物をしていた男が顔をあげる。

 

 灰髪のガッチリオールバックがトレードマーク。

 見通すような青瞳には教養が。

 端正に着込んだスーツには品格が宿っている。


「アガサ、だと……?」

「あんたが思ってるアガサで間違いない」

「……吾輩こそ帝国剣術十段にして『竜殺しの剣聖』ジェントル・ディアスモート三世である」


 ジェントルはゆっくり腰をあげて、傍のレイピアに手を伸ばした。


「まさか、こんなところにまで来るとはな」

「あんたらが俺を探しているように、俺もあんたらを探してるんだ」

「なるほど。しかし、何のために? わざわざ我ら剣聖に狩られるようなことを」

「わからんのか。お前らは狩られる側だってことだ」


 俺はベイオマッツの宝剣の柄を、ジェントルの机に放り投げる。


「ッ」

「俺は帝国剣術を破壊する。俺の導く新しい剣で人類を啓蒙し、水準を押し上げる。そのためには帝国剣術が邪魔だ。俺には若い才能が必要だ。才能は希望を生む。人間にはこれだけの事ができる、と夢を見させる才能が必要だ」

「帝国剣術の破壊であるか。ふん、ふざけたことを申すではないか。吾輩はこう見えて正義を成すためなら命を捧げてもいいと思っている。剣鬼アガサ、貴様に帝国が80年に渡り築き上げた秩序を破壊させはしない」

「その秩序に未来はない。本質を見ていないからだ。本物じゃなければ、純粋じゃなければ破綻する」

「では、そなたは帝国に滅べと言うのか!」

「別に。結果として帝国が滅ぶのは仕方がない。だが、それ自体は悪い事じゃない」


 いびつに積み上げた積木はいづれ限界がくる。

 そのまま先へいくより、80年くらいの蓄積を崩して新しくはじめたら後から振り返った時「英断だった」と思えるだろう。


「話にならん!」」


 ジェントルの剣気圧がふくれあがる。

 

「吾輩の剣で悪を斬ろうッ!」

「試すだけなら構わない」

「戯言を!」


 ジェントルは机を蹴りあげる。

 俺の視界いっぱいに机がせまり、ジェントルの姿が完全に隠れた。

 瞬間、机を突き破って槍が突き出されてくる。

 首を振って避ける。

 机を真実の一太刀で木端微塵こっぱみじんに破壊すると、その向こう側で目を見開いて、ポカンと口を開いたままのジェントルの姿があった。


「ば、ばかな……この距離、タイミングで……吾輩の、本気の天穿を、かわす、など……」

「それは帝剣の奥義か。つまらないな」

「ぁりぇなぃ、ありぇなぃ……ありぇないッ!」


 ジェントルの瞳に涙が溢れでてくる。

 彼はそのままレイピアを投げ捨てると「うわああああああああああ!」と叫び声をあげて部屋を出ていってしまった。


 俺は歩いて後を追いかける。

 町の外、街道をまっすぐに走って遠ざかるジェントルの背中が見えた。

 剣圧で強化された身体能力だ。

 すでに点にしか見えないほど遠い。


「砕けろ、折れろ」



 ────



「はぁ、はぁ、はぁあ!」


 ジェントルは涙をこぼしながら、懸命に走った。

 ファーレア周辺はなだらかな丘がつづく草原だ。

 ひと呼吸のうちに出来るだけ走ったあと、ジェントルは振り返る。

 すこし高くなった丘からは、遠くにファーレアの町が見えた。

 

 1,000……いや、2,000、いいや、2,000と500mは離れただろう。


 この数日の間に、2回も敗北した。

 最強にして天才を自負をしていたジェントルにとって、あまりにも手痛い仕打ちだった。


「吾輩は、吾輩は、最強なんだ……!」


 涙が溢れて止まらない。

 ふと、強烈な気配を感じた。

 ファーレアからだ。

 ジェントル個人へ向けて遥か遠方から人間圧がぶつけられている。

 この覇者の圧は……アガサか!!?

 

 と、思った瞬間、ジェントルの腹を神槍が貫いた。

 見えない。感じれない。

 避けれるはずがない。

 殺気なんてまるでない。

 無我、無想、無垢──その意味が、わずかに脳裏をチラつく。


「あがっ、ハッ?!」


 ジェントルは街道のうえに倒れ伏した。

 今の一撃の余波であたりの地面にヒビが走り、地盤が砕けている。


「ぁり、ぇ、なぃ……どれだけ、離れてると、思っているのだ……」


 ジェントルは真実の剣聖との”距離”に絶望し──のちに、遥かなる究極を体感した光栄に涙を流しながら気を失った。

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