私が斬りましょう
──2日前
人類の要塞ゲオニエス帝国帝都からイレイナ・スティングス率いる第11騎士団が、ガライラ剣術修練学校へと到着した。
第11騎士団はほかの騎士団よりも精強で勤勉な剣士がそろっていることで有名だ。
その騎士団を率いるイレイナもまた、勤勉で非常に優れた剣士だ。
今回、彼女に帝国剣聖ノ会の一員として仕事があった。
剣術指南であった。
とはいえただの剣術指南ではない。
剣の冴えでもって、帝国の威光をしめすプロパガンダ的イベントだ。
その大役を担うのは剣の究極にたどりついたと、帝国全土で噂される帝国剣術十段の剣士──すなわち、剣聖である。
イレイナ・スティングス。
それは至高の剣聖十柱のひとりの名でもあるのだ。
「剣聖イレイナ様! ようこそガライラ剣術修練学校へいらっしゃいました! 誉ある帝国剣術十段のおひとりを我が校に迎えられて大変光栄であります!」
学校の教官が総出でイレイナと騎士団を出迎えた。
彼女はつまらなそうな顔をして校舎のほうを見やる。
「校長殿、この学校からは活気が感じられません。どういうことですか」
辺境都市の騎士学校などこの程度か。
イレイナは瞳の奥に落胆の色を落とさずにはいられなかった。
「そ、それは……大変申し上げにくいのですが……」
「構いません。おっしゃってください。遥々帝都から参上したのですよ」
「は、はッ! 申し訳ございません!」
校長は数日前に起こった学校始まって以来、最悪最大の悪魔的事件をイレイナに打ち明けた。
「なんですか。そのバカげた話は」
イレイナはため息をつく。
それもそのはず。
校長の話は突拍子もなさすぎた。
だが、その場に集まっている教官たちの青ざめた顔を見やれば、まったくの冗談でもないと思えた。
仕方なく、イレイナ率いる騎士団は、悪魔的事件の被害者が搬送された病院をたずねることにした。
そして見た。
大量に急設された簡易ベッドを。
絶望に光を失った目をするあふれるほどの生徒たちを。
「この事件の犯人はたったひとりの生徒であります」
校長の言葉にイレイナは目を見張る。
「生徒の名は?」
「アガサ・アルヴェストン」
「アガサですか。変わった名前ですね。バリードの出身ですか」
「おや、よくわかりましたな」
「ええ、まあ。それで、彼はいったいどれほどの剣術の使い手なのですか」
「担当の指導教官は殺されてしまいましたが、あまり優れた生徒ではなかったと成績表にはありますな。毎日のように追加指導を受け、まわりの生徒とも衝突が絶えなかったようです。こういってはなんですが、落ちこぼれであります」
イレイナはアガサ・アルヴェストンのこれまでの成績や、人物像などの記録に目を通した。
本当になんの変哲のない平凡な生徒だ。
しいて言うなら、バリード出身者ということ。
そのせいで学年問わず、生徒たちに迫害じみたあつかいを受けていたこと。
「復讐でしょうか」
「ええ、実は当時、修練場で彼は決闘をしていたとか」
イレイナはたやすく情景を思い浮かべることができた。
おおかた、バリードの落伍者を見世物にした処刑ショーだったのだろう。
「皮肉なものですね」
「え? いまなんと、イレイナ様……?」
「殺そうと思った相手に殺されてしまうのですから」
「っ、い、イレイナ様?」
「だけど、仕方のないことですね。この病院の生徒も、決闘の相手も、指導教官も、皆、アガサという青年に負けたのですから。彼が己をいつでも殺せる
「そ、そんな……! あんまりであります! 未来ある帝国のこどもたちの剣士としての誇りを踏みにじられ、剣士生命を絶たれたというのに!」
「アガサ・アルヴェストンも帝国の子供では」
「……やつはバリードの子供であります!」
「そんなことを言っているから足元をすくわれるのです。あなたもさして強くないのですから、罵倒する相手を選ぶことですね。でないと、殺されても同情してもらえませんよ」
「うぐっ……そ、それは」
「弱ければ罵る権利なんてありません。戦いがあった。敗者がいた。それだけ。ただ、それだけの話。人間と怪物のやりとりとなにも変わりません」
校長は冷酷なイレイナの一面に蒼白な顔を向ける。
これが実力主義の剣士たちの頂点の思考。
最強の剣士、剣聖イレイナ。
「う、美しい……!!」
校長は禿げあがるほどに惚れてしまっていた。
孤高の剣姫に。
「とはいえ、皇帝陛下のため、この無法者をほっておくわけにはいきませんね」
「イレイナ様、もしや!」
「私が斬りましょう。剣の才能をもっているようですが、彼はこの道のほんの始まりに立ったにすぎません。まだ究極の剣のほんの一欠片として理解していないでしょう」
「おお! イレイナ様! なんと頼もしい!」
「ふふ。彼に格の違いをわからせてあげますよ」
イレイナの端正な顔には、お祭りをまえにした子供のような笑みがあった。
この”くだらない”プロバガンダ遠征も、すこし楽しくなりそうだ。
若き剣聖は内側にひそめた獣性がうずくのを感じていた。
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