剣聖イレイナ・スティングス 参上


「ひ、ひいいいいいい!!!!」

「うわああああああああ!!!」


 血の海となった修練場で腕を失った生徒たちが苦しみに悶える。

 なかにはチラホラ無傷なのもいる。

 そういうやつらは俺へ悪意を向けていない者たちだ。


 俺の名誉のための補足だが、悪魔のマークがなくたって敵はわかる。

 俺に敵意や害意を向けてくるものはすべからく察知できる。

 これも剣の道を歩いて身に着けたチカラだ。

 ただまあ、目印があれば便利ではある。


 さあ、腕を無くした剣士に学校がどう動くのか見てみよう。

 俺は阿鼻叫喚の地獄と化した修練場をあとにした。


 ──3分後


 寮にもどって、まだ食堂が開いているのを確認して、夕食をもらう。

 騒ぎの波及速度よりはやく寮についたので、ここは日常そのものだ。

 あと10分後にはそうじゃなくなるだろうが。


 1000年ぶりにまともな飯を食べた。

 悪夢での食べ物はただ生きるために必要な栄養の詰まった謎の虫だけだった。

 悪魔は「貴重なタンパク源ですぅ」とか言って食わしてきた。

 思えば、あの白塗り悪魔こそ殺してくるべきだったかもしれない。


「もうひとつパンをください」


 飯をたらふく食べて、腹の具合がよくなってきた。

 自室へもどって眠ることにする。

 1000年ぶりに見る寮内は懐かしさに満ちていた。

 うすらと涙さえ滲んでくる。千年……本当に長い時間だった。


 だが、どうせすぐに去ることを思えば、そんな懐古的かいこてきな感傷など、すぐにどうでもよくなった。



 ────

 


 軽く寝るつもりが、気がついた時、数日が経っていた。

 こんなに眠るなんて思わなった。

 体中に怪我があるし、疲労困憊だったとはいえだ。


 もしかしたら、本来あり得ない千年後の精神が肉体に宿った影響かもしれない、と俺は考えるようになった。

 現実の矛盾をのみこむのに、俺の肉体は相当苦労したようだ。


 そのおかげで調子はすこしはよくなった。

 ただ、千年前の俺が負った怪我のせいで本調子ではない。

 なんなら体中の骨にヒビが入ってるし、打撲だらけだ。

 しばらく、どこかで静養したほうがいいな。


 俺は騎士制服の上着を脱ぎ捨てて、シャツ姿になる。

 俺はもうこの学校の生徒じゃない。

 なにも教えてもらうことはない。

 

 一番の怨敵は殺した。

 二番のクソ野郎も殺した。

 あとに残ったのは悪意ある第三者と、無自覚な加害者だ。

 

 でも、正直どうでもいい。 

 相手が突っかかってこない限り探し出して殺しなんてしない。


 それより、俺がしたいのは真の剣術の普及だ。

 純粋なる剣。そのために帝国剣術を破壊する。


 1000年考えた結果、だれよりも剣を知った。

 誰よりも純粋な剣術を身に着けた。

 だからこそ、国教の道具としての剣を廃止させる。

 帝国剣術には不純物が多すぎる。

 人類という種の為にも、より純粋な剣の教えで、剣士たちの水準を高め、より高次元での剣術でのやりとりがされるべきだ。

 帝国剣術がこのまま剣の王道をうたい、幅を利かせていたら、人類に明日はない。


「ん。誰もいない」


 部屋をでると、寮内に人の気配が感じられないことに気づく。

 窓の外を見やれば雨が降っていた。

 と、同時に、校庭に驚くべき光景を見る。

 整列した騎士たちがいた。40人前後いるだろうか。

 隊列を組んで、寮のほうを見てきてる。


「アガサ・アルヴェストン、寮から出てきなさい」


 どうにも俺が目当てらしい。


「ああ、そう」


 お望み通り、行ってやることにした。

 正面昇降口からまっすぐ歩いて出ていく。

 ブーツで地面の泥に足跡をつけながら騎士たちのまえで止まった。


「あなたがアガサ・アルヴェストンですか」

「そうだ。あんたは?」


 名を確認してきた騎士へ問いかえす。

 黄金に輝く髪をした碧眼の女性騎士だ。

 騎士にしては若い。圧倒的に若い。

 俺より2つほど歳くってるだけに見える。

 なのに、騎士団の先頭にいる。

 

「私はイレイナ・スティングス。あなたに会いに来ました」

「そうか。それじゃあこれで目的は達成だ。おめでとう。それでは、ごきげんよう」


 一礼して、イレイナ嬢に背を向け、雨の向こうへ立ち去ろうとする。

 騎士団からドッとどよめきが聞こえてくる。


「あいつ、イレイナ様に背を……!」

「彼我の実力差さえわからぬ愚か者め!」

「我々にも無礼を通しおって! この場にいる騎士全員がやつを殺す熟達の剣士であるというのに敬意が感じられん!」


 気にせず去る。


「お待ちなさい」

「待ちません」

「どれほど身の程知らずな行いをしているのかわかっているのですか!」

「わかりません」


 イレイナの息を詰まらせる様子が背中ごしに伝わってくる。

 瞬間、黄金の輝線が俺の視界をかすめた。

 風がふきぬけ、雨が衝撃に弾け飛ぶ。

 その騎士は超人的な速さで俺の行く手に立ちふさがった。

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