真実の一太刀


「やっちまえ!」

「落ちこぼれのアルヴェストンをぶっ倒せー!」


 あたりを見渡す。

 あの時の光景だ。

 1000年も前のガライラ剣術修練学校。

 記憶が鮮明に蘇ってくる。

 

「アガサくん、頑張るねえ~」

「アルヴェストン……死にたがりか。寝ていればいいものを」


 視線を向ければ見覚えのある顔が二つ。

 指導教官と……ぁぁ、お前か、オラトロス。


 のどを押さえる。

 たしか潰されていたはずだった。

 あの激痛を覚えてる。

 しかし、痛みがない。治ってるようだ。

 悪魔のサービスだろう。気が利くことだ。


「なあ、よく覚えてないんだが」


 のどの調子を確かめながらしゃべる。

 教官もオラトロスも目を見開いた。


「な、なんで喋れんだよ、完全にぶっ壊したのに」

「喉は潰されたんじゃないのか……」

 

 俺は教官へ目をむける。


「決闘って相手を殺していいんだったか、教官殿」

「ふん、互いの正義をかけた神聖な戦いだ! そこに敗北者がでるのはやむを得ないことだろう?」

「そうか。もっともだ。お互いの正義で相手を叩き潰す。だったら俺の主張で相手が死んでも仕方のない話というわけだ」

「なにを言っている、アルヴェストン……」

「最後にいきがりたいんでしょう、お任せください、教官殿」


 オラトロスは剣気圧を増幅させ、柄をもちなおす。


「へっへ、まあ、アガサくんがタフなのは知ってるさ。この4年ずっと一緒だったからなぁ」


 木剣をひろって投げてきた。


「せいぜい抵抗しろよ、うじ虫」

「抵抗しろよ、うじ虫」


 俺は言葉をくりかえす。


「……は? おい、木剣拾えよ。俺様がわざわざ渡してやってんのに!」

「いらん」


 静かにオラトロスを見つめる。

 

「舐めてんじゃねぞッ! 構えろやッ!」

「口はいいからかかってこいよ。ああ、それと全力で打て。次の一撃の”質”にお前の命はかかってる」


 忠告をすると彼の修羅のように表情をかえ、はらわた煮えくりかえらんばかりに激昂した。


「こ、この野郎ォオッ!! ぶっころしてやるッ!!」

 

 オラトロスの渾身の上段斬り。

 頭上からの超大振り。かつ全体重を乗せている。

 くわえて鎧圧による剣身の金属質化。

 こちらを殺害する気まんまんだ。

 

 修練場から歓声があがる。

 野蛮な人間の暴力開放に興奮しているのか。


 つまらない。


 ──ギィンッ


 オラトロスの木剣は俺の鼻先三寸でとめた。

 こちらの鎧圧のオーラでだ。


「なっ! なんで剣が止まるッ!?」


 オラトロスに静かに視線を投げる。


「お前ってこんなくだらない剣士だったのか」

「ッ! クソッ! なんでだ! どうしてだ! 引くこともできねえッ!!」

「あんなに恐かったお前に、今はなにも感じない」

「ッ、ふ、ふざけんなぁあ!! この殺してやるッ! 落ちこぼれのザコが調子に──」


 俺は剣気圧の密度をあげていく。

 あたりの空気が重く、重くなっていく。

 オラトロス比で20倍ほどまで圧を上昇させた。

 

 すると、俺の鎧圧のオーラで掌握していた木剣が、オラトロスの鎧圧ごとバギンッ! と火花を散らしてへし折れた。

 

 オラトロスの顔色が青を通り越して白へ変わっていく。

 股は緩み、じょぼじょぼを漏らした小便の湯気があがる。

 目は充血し、目と鼻と耳からドロッと血が出始める。


 本能は理性より危機を知っている。


 オラトロスは理解したのだ。

 彼我の間にある、あまりにも遠い距離を。


「お前じゃ相手にならないよ」

「ば……ばか……な…………あり、え……ない……!」

「十分だ。もう死んでいい」

「ッ! ま、ま、ま、待ってくださ、たの、むッ、ちょっと待ってくだ──」


 瞬間、修練場が揺れた。


「う、うわああ!?」

「な、なんだ地震か?!」

「なにかがぶつかったみたいな!」


「お、おい、あれを見ろ!」


 誰かが修練場の床を指さした。

 床には縦長の一本の線が走っている。

 鋭利かつ長大な刃で叩き斬ればこんな跡がつきそうだ。


「やっぱり、地震か……」

「地割れが起きるなんて、すごいこともあるもんだな」


「キャああああああ!?」

「う、うわあああああ!」


 誰かが悲鳴をあげる。

 修練場の地割れのうえに、胴体を縦にぶった斬られた死体を発見したのだろう。


「お、オラトロス……?」

「嘘……」

「は? は? なにが起きたんだよ」

「わかんねえよ!」

「なんでオラトロスが死んでんだよ!!?」


 だれも状況を理解できてない。

 オラトロスが真っ二つにされて修練場の床に転がっている状況を。


「あ、ありえ、ない……」


 すぐ近くで見ていた指導教官は憔悴しょうすいしきったような顔をしていた。

 全身からあふれ出す脂汗で、騎士制服をぐっしょり濡らしている。

 彼にはわざと見えるように圧を飛ばした。

 見えてなくちゃ困る。


「あ、ぁぁ、なんだ、それは……それは……なんなんだ……なにを、どうすれば、そんなことができる……」

「剣気圧だよ、あんたの大好きな」

「ばか、な、おまえのような落ちこぼれが、神聖なる剣気圧を……」

「もう嘘つくのやめてくれよ、教官殿。俺は誰よりも剣を知った。だからわかる。剣も圧も理解した。帝国剣術はただの宗教の道具にすぎない」

「そ、そんな、ことは、ない……最強の剣聖になるためには、最強にして無双の帝国剣術を極めることが不可欠、だ……その、はずだ……」


 わかった。

 あくまでそういうスタンスか。


「オラトロスぅぅ!」

「あいつだ、アガサがやったんだッ! 隙をついてこんなことしたんだ!」

「許せないわ! 決闘に乗じて殺すなんて!」

「最低のクズ! 仇を討ってやる!」


 外野がうるさい中、俺は教官に近寄る。


「俺が証明しよう。純なる剣を」

「純なる、剣、だと? お前は、いったいなにを手に入れた……」

「あんたに教える気はない。あんたとはここまでだ」

「まッ! 待てッ! 待つんだ! お前の勝ちだッ! お前はオラトロスに勝利したッ! お前ほどの実力ならば帝国剣聖ノ会の門をたたくこともできる! 私が紹介してやろう! そうすれば、お前の家族も──」

「なんだ。それは」

「……は」


 俺は教官の頬をペチペチとかるく叩く。

 彼の正気をたしかめるように。


 教官の血の気が悪くなっていく。

 剣気圧の応用技──人間圧の効果である。

 弱い生物を気絶させたり、生存を諦めさせたり──つまり殺したりできる。


「あ、謝る、謝罪を、させてくれ…………お前も、お前の家族も、立派な帝国民だ……侮辱して、悪かった、と思っている……」

「そうか」

「だから……ゆ、許して、くれ、くだ、さい……」


 教官の頭を斬り飛ばして返答とする。

 血しぶきがあがり、床と壁は残酷な赤で染まった。


 俺はもう物を斬るのに剣を握る必要がない。

 すべては圧の解放だけで始末をつけれる。


 俺のたどり着いた究極。


 無刀にして無双。

 無想にして無我。

 無窮にしてもっとも無垢なる剣。


 これこそ『真実まこと一太刀ひとたち』だ。

 

「な、なんだよ、あいつ……!」

「教官を、教官を殺したッ!?」


 生徒たちが驚いている。


 視線をむけると生徒の後ろに、なにやら黒い霊が見えた。

 悪魔が「剣聖殿の怨敵は我々の怨敵でもあります」とか言っていたっけ。

 黒付きは俺の殺すべき相手か。

 無くても恨む相手を忘れてなどないが、まあ、わかりやすくて助かる。


「人殺し!!」

「なんでこんなことするの!?」

「卑怯な不意打ちで2人も殺すなんて!」


「安心しろよ。お前ら全員ぶっ殺してやるから」


「ッ! アガサ・アルヴェストンのくせに調子に乗んじゃねえ!」

「お前ら剣とれ! このクソ野郎をぶったおしてやろう!」

「教官とオラトロスの仇をとれぇえ!」

「で、でも、いま全然あいつの動き見えなかったけど──」

「うるせえ、みんなでかかれば余裕だろ!!」


「……つまらない」


 1.2秒ののち。

 修練場にいた黒付き生徒457人の右腕が宙に舞った。


 もうここに用はない。

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