雨空の下で
「私は剣聖イレイナ・スティングス。帝国剣聖ノ会にて帝国剣術十段に到達した10人目の騎士です。一介の剣術見習いにすぎないあなたが無礼を働くには、いささか以上に立場が釣り合っていません」
「丁寧な言葉のわりに、言っていることは舐められてムカつくってことだろう。なら、ハッキリそう申せばよろしいのでは。バリードの貧民、うざいので死んでくれって」
「私はそういう話をしているのではありません」
イレイナは鋭い目つきで睨みつけてくる。
まわりの騎士たちが動揺しはじめた。
「なんという人間圧の波動だ……」
「あんなの達人じゃなきゃ死ぬぞ……」
言われてみれば、イレイナから圧力を感じる。
「なんだろうか。言いたいことがあるなら言葉で話したほうがいい」
「……なぜ立っていられるのですか?」
説明しても納得しないだろう。
彼女の口調から自分の実力への自負が感じられる。
もはや言葉は意味をなさない。
「待ちなさい!」
「待ちません」
「あなたには決闘相手の生徒一名、指導教官一名、そのほか修練場にいた400名以上の生徒の剣士生命を絶った疑いがあります! ここにきて釈明でも反論でもしてみなさい!」
俺は立ち止まる。
釈明してみても面白い。
振りかえり、澄んだ碧眼を見据える。
「殺したよ。オラトロスと指導教官を。それと腕を斬り落とした。生徒たちの。何人かは覚えてない。たくさんだ」
「……。それは罪の告白ですか」
「いいや、断罪報告。ああ、違う。断罪というのは高尚にすぎる。もっと、こう、単純な話だ」
「彼らがあなたに悪意をぶつけたから?」
「それが一番わかりやすい。わかってるんだな。うぜえからぶっ殺したんだ」
「そんな野蛮な人間が、あれほどの惨状を作り出せるとは。帝国剣術の神髄たる剣気圧は、皇帝陛下がつくりだした平和への感謝と、崇高な理念をもとに、健全なる精神をはぐくむことにあるというのに」
「笑わせるなよ。あんた相当、頭おかしく見えるぞ。強くなるには、ひたすらに剣を信仰すればいいだけだ」
「剣の信仰? なにを言って……」
「俺はそうした」
イレイナはハッとする。
「あなたは帝国剣術を使って殺したのではないのですか?」
「それは捨てたよ。1000年くらい前に」
「ッ、なんという悪徳! 帝国剣術を学んでおきながらほかの流派を選ぶなど! そして、その剣で学友たちを斬ったという卑劣極まりない咎、情状酌量の余地がありませんね」
「なあ、ひとつ質問いいか」
「……」
雨が木の葉をたたくザーザーという音だけが聞こえる。
沈黙を許可と受け取る。
「これは印象なんだが、あんた皇帝陛下を尊敬してるわけじゃない」
「……なにを言っているのですか」
「皇帝陛下の理念に協調し、強くなる、それが帝国剣術だ。その頂点にのぼりつめた。あんたは逆だ。強くなりたいから、皇帝さんを利用してる。信仰心が高いふりをしてる」
「シェパード」
イレイナが一言つぶやくと、すぐ隣の精悍な男が一歩前へ出た。
剣をぬき走り込んでくる。
「無礼者ッ! 死をもって詫びろォッ!」
「あんたは愚か者だ」
シェパードに人間圧をぶつける。
瞬間、白目をむいて泥水のなかに頭から突っ込んだ。
息をしていない。
「シェパード? シェパード、なにをしているのですか?」
「死んだぞ」
「ッ、あなた、まさか、人間圧を……? 使えるのですか?」
「多少は」
「そんな、馬鹿な……選ばれし人間にしか使えないはずなのに……」
たぶん、そんなことはない。
「それでどうする。俺は意外と優しいし、面倒だから先に言うが、俺と戦うならあんたら全員死ぬことになる」
「アガサ・アルヴェストン」
イレイナは腰のつるぎに手を伸ばす。
「あなたに決闘を申し込みます」
「そんな形式はいらない。ただ斬りかかってこい」
「いいえ。必要です。私が勝ったら、あなたを帝国剣聖ノ会に迎えいれます。この場の騎士たちに立会人になってもらいます」
「なっ、スティングス騎士団長! 正気でありますか!?」
「人間圧の使い手は人類の貴重な戦力です。怪物たちに占領されているこの大陸の9割を取り戻すためには、たとえ1万人の凡人を生贄にしても、彼のような剣の申し子が必要です」
「な、なんと苛烈……。お、お美しい……」
騎士団の連中はイレイナの理念に心酔してるらしい。
どんな無茶苦茶でも強けりゃ通せる。
強さとは正義だ。強さとは人間の法律だ。
能書きたれても強くなきゃなにも始まらない。
だから人類みんな憧れる。
徹底した実力主義を受け入れる。
誰よりも残酷にこの主義主張を貫く剣聖を崇拝する。
「わかった。それじゃ俺が勝ったらあんたが死んでくれ」
「大口をたたいていると、うっかり私が殺してしまいそうになりますね」
正直なところ俺は彼女に興味があった。
帝国剣聖ノ会は最強の剣士があつまる場所だ。
そのなかでも、帝国剣術十段とかいう1000年前の俺ならまるで空よりも高いように見えた領域の剣士が、どれほど強いのか。
俺の起源は最強の剣士への夢だった。
いまは特にない。強くなりたいとは思わない。
無の極致にたどり着いた結果、欲が薄くなった気がする。
でも、自分がどれくらいの実力か図るには物差しが必要だ。
だから、俺は強いやつとやりたい。
騎士のひとりが、イレイナの命令で、俺に剣を渡してくる。
受け取り、刃を確認してみる。錆びた刃だ。
よくこんなわかりやすい不平等を演出できるな。
しかし、考えどころだ。
真実の一太刀でもいいが、久しぶりに真剣でもいい。
イレイナの剣を感じるにも打ち合ったほうがいい気がする。
そんな風に思う遊び心があった。
合理の究極と化した俺が、最後の100年で人間性をとりもどしたゆえだ。
人間性を喪失したままだったら、たぶん10分くらい前にイレイナの首を刎ねてる。
イレイナは剣を正眼に構える。
「剣聖の刃の冴え、お見せしましょう」
それじゃあ俺も。
剣を右手に、だらりと脱力した。
刹那ののち、閃光のごとき一太刀を受け止めた。
感想は──軽い。それだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます