第22話 想い


「どういう事??」


 フランソワーズは巷の噂に困惑する。


 公爵が王宮で拐われた事は大々的に公表され、騎士団や兵ら、冒険者達すら巻き込み、国を挙げての大捜索が始まった。


 これに度肝を抜かれたのは王宮である。


 内密にされていたのが水の泡。あわよくぱ公爵家に責任追及しようなんて考えるお馬鹿もいたのだが、王宮で拐われたと言う事実がその信憑性を下げまくった。

 ドリアは再三の国王の呼び出しを無視し、国中を馬で駆け回り情報収集。

 国王を無視するなど不敬極まりないと兵士をやり、槍を突きつければ、ならば爵位を返上しますと睨めつける始末。

 喉元に突きつけられた槍に怯みもしない。


 そんなこんなで三日もすると、国王は諦めたかのように沈黙した。


 フランソワーズは茫然として、それらを反芻する。


 ゲームにこんなくだりはなかった。

 終盤で消えるのは、いつもドリアである。

 恋人と駆け落ちか、義弟に捕まり獄死か。

 何れにせよ、ドリアを失って義弟が魔王化するバッドエンドの序曲。

 なのに、今回消えたのはリカルドだった。いったい何が起きているのだろう。

 自分に目覚めた予知の能力を使い、攻略対象らへ情報を流していたフランソワーズにも分からない。

 ドリアが冒険者をやっていたとかも、通常ルートでは語られていない話だ。しかも義弟と仲睦まじい。


 どうする? どうしたら良い?


 そしてふと予知の仕方を思い出した。


 基本、予知能力は、思い描いた相手に対して働く。フランソワーズは何時もドリアを思い描き、彼女の未来を予知していた。

 何処に現れるのか。何をしているのか。結果、リカルドの甘い折檻をも予知してしまい、ベッドで身悶えたのも良い思い出。


 結局、フランソワーズの奮闘も虚しく、ドリアはリカルドに蹂躙されていた。

 あの小さな子供の身体で、彼女の全身を隈無くいたぶるリカルド。


 ただ違うのは、彼が至福の笑みを浮かべている事。


 歓喜極まりない笑顔で、甘く恍惚としたリカルドの表情。

 されてる側なはずのドリアも、まんざらではない雰囲気だった。

 従順に受け入れ泣き叫ぶ彼女にも、嫌悪や拒絶といったモノは窺えない。むしろ誘うように熱い眼差しでリカルドを見つめている。


 思わずフランソワーズの身体が火照るほど、愛情に溢れ、ありったけの想いがこもる甘美で濃厚な折檻だった。


 陰惨で残酷な通常ルートとは全く違う二人の関係。


 この予知の対象を王太子や義弟に変えてみたら? 彼等の未来を予知出来るのではないか?


 思うが早いか彼女は教会に向かい、何時ものように祈りを捧げる。ゲームで慣れた行動だ。


 そして頭に浮かんだ光景に眼を見開いた。

 思わず絶句し、せりあがる吐き気を必死に呑み込む。


「......何て事っ!!」


 フランソワーズは肩で息をしながら立ち上がり、一路公爵邸へ駆け出した。


 彼女の脳裏に浮かんだもの。


 それは、拷問の果てに絶命したリカルドの無惨な遺体と、怪しく紫眼を輝かせる王太子だった。


 あの場所は知っている。


 オレンジ色の少女の絵が並ぶ、豪奢な屋敷。


 公爵家領地端にある離宮だ。


 リカルドが死んでしまう。それ以上に、魔王の呪いが王太子の紫眼に移ってしまう。最悪の状況。


 間に合えっ!!


 フランソワーズは馬車の中で祈り続けた。




「魔王の呪い?」


 初めて知る事実に、ドリアは瞠目する。


 お伽噺は知っていた。女の子なら誰もが一度は憧れる物語だ。

 しかしそれが実話で、裏には魔王が絡み、平民だったサンドリヨンが王子と結婚した理由が呪いの封印のためだとか。


 眉唾にも程がないか?


 訝しげなドリアに、家令が捕捉説明した。


「事実でございます。ゆえに我々は公爵家に使え、封印が綻びぬよう守り続けておりました」


 絶句したドリアに、家令はさらに説明する。


「そのために真実を知る我が一族のみが代々公爵家に仕えております。ですが..... リカルド様は幼い頃にも拐われた、想像を絶する拷問の果てに..... 壊されかけました」


 色を失うドリアの顔。


 然もありなん。ドリアを執拗に折檻するリカルド。その根底が幼少期に自らが受けた拷問のトラウマなのだ。


 人を支配するのに、自分が心折られ壊されたその行為しかリカルドは知らなかった。

 ドリアを手に入れるため支配するために、心を折り、従順にさせたいリカルドはそれに倣ったのだ。

 つまり今まで彼がドリアに行ってきた折檻は、彼自身が受けてきた行為。

 それもリカルドのように深い愛情がある訳ではないのだから、容赦なく残忍な拷問だった事は想像に容易い。


 まだ年端もいかない子供に、大人が本気で、性的、暴力的折檻を延々と行った。


 肉体が完全に壊れぬよう、治癒魔法で癒しつつ、執拗に何十日も毎日..... 

 手を変え品を変え、まるで玩具の如く、大勢から拷問を受け続けたのだと言う。


 あまりのおぞましさに、ドリアの全身が粟立ち、身震いした。


 それを察したジャックは沈痛な面持ちで眼を伏せる。


「幸い.... とは決して申せませぬが、完全に壊される前にリカルド様の潜在能力にあった膨大な魔力が爆発し、辛くも窮地を逃れました」


 その凄惨な出来事が魔王の呪いを綻びさせたのだと家令は言う。冷酷で残忍なリカルド。これは魔王の憎悪に引きずられている証拠なのだと。


 その家令に頷き、フランソワーズはドリアを真っ直ぐに見つめる。


「わたくしの予知では、リカルド様は殺され、魔王の呪いが王太子様に移動していました。何故か既に王太子様は絶望に侵されていて、オレンジ色の髪の乙女を持たぬ彼は..... 貴女に眼をつけます」


 ここでリカルドを失えば、今度は王太子による支配がドリアを待ち受けているのだろう。


 あんの鬼畜開発陣どもはーっ、どこまで彼女を奈落に落とす罠を張り巡らせているんだっ!!


 あまりの憤りに言葉もないフランソワーズ。それをドリアは静かに見つめていた。


 予知..... 過去にそういった能力を持つ者がいたのは知られている。聖女と呼ばれ尊ばれた女性達。

 まさか、フランソワーズが聖女だったとは。


 信じられないと言うドリアの眼差しに、その脳裏を察し、フランソワーズは柔らかく微笑んだ。


「秘密にしてくださいね。王太子様や僅かな側近の方しか御存じないので」


 そして、再び真摯にドリアを見つめると、急くように言葉を紡いだ。


「お急ぎください、サンドリア様。既に公爵は酷い拷問を受けている事でしょう。過去の凄惨な記憶も相まり、絶望に染まったら魔王の呪いが成就してしまいます。さらには..... 万一、亡くなれば..... わたくしの予知通りになってしまうかもしれません」


 リカルドならば魔王落ちしてもドリアがいる。親密な愛を紡いでいるこの二人ならば、魔王の呪いに押し勝つだろう。


 しかし、王太子では.....


 ガタッと大きな音をたてて立ち上がり、ドリアはフランソワーズに頷いた。


「場所は公爵領地端の離宮です。......行っても驚かないでくださいね。貴女の御祖母様の肖像画が沢山ありますので」


 肖像画?


 きょん? と眼を丸くするドリアに、フランソワーズは含み笑顔でコテリと頭を傾げた。


 その情報は瞬く間に国中、騎士団、冒険者らへ通達された。魔術具によりもたらされた情報に従い、多くの人々が公爵家の離宮へ向かう。


 こうして、魔王との決戦の幕が切て落とされた。




 ちなみに時間を遡る事、三日前。


 離宮地下にある遊戯室で、甲高い鞭の音が響いていた。

 そこには両手を鎖に繋がれ吊るされるリカルドがおり、鞭で打たれる度に悲鳴を噛み殺している。


「しぶといな。婚約解消の書類にサインすれば解放してやるのに」


 さも嬉しそうな王太子。


 その手には殺傷性の高い、刺付きな長い鞭が握られていた。

 その鞭が空を切る度リカルドの背中が裂け、血飛沫が飛び散る。

 すでにズタズタなリカルドの背中は、無残に肉が見え、滴る血液が足を伝いポタポタと爪先に血溜まりを作っていた。

 噛み締め過ぎた唇からも血が滴り、彼は息も絶え絶えに、ひゅーひゅーと浅い呼吸を繰り返している。


 この遊戯室はリカルドが作ったものだ。いずれはドリアを閉じ込めようと、日常生活に支障のない作りになっている。

 公爵邸の地下室をさらにグレードアップさせたもので、背徳な行為に耽る設備や備品がこれでもと揃っていた。

 ただし、殺傷的に痛めつけるモノはない。どれもがただ、ドリアを陰湿で執拗に辱しめ、ほんの少しの苦痛と膨大な悦楽を引き出すための物である。


 件の凶悪な鞭は王太子の持ち込んだものだ。


 その部屋を軽く見渡し、王太子は人の悪い笑みを浮かべる。


「良い趣味だな。前公爵か? いや、どれも真新しい。使用感がない。....お前の趣味か?」


 くっくっくっと笑いながら、王太子は近くのソファーに腰かけた。


「ああ、良い眺めだ。お前には煮え湯を呑まされ続けたからな。お前のが死んでも、ここなら誰も気付くまい。好きなだけ強情を張るが良い。彼女は俺が存分に可愛がってやるから、安心して逝け」


 逝けるかっっ!!


 しかし、ここでは魔力が発動出来ない。


 手も足も出せず、リカルドは虜囚となった。


 この離宮は元々紫眼の領主を閉じ込める檻だったのだ。

 過去の長い歴史の中には、絶望に染まり、魔王を顕現させかかった者もいる。

 そういった危険な領主を閉じ込めるために作られた離宮は、魔力を封じる仕掛けが幾重にも込められていた。

 万一、魔王が呪いを成就させ、復活しても、ここなら閉じ込められる。

 さらに次代に呪いを継承させるまで。あるいはオレンジ色の髪の乙女が、領主を絶望から救い上げるまで。


 王太子の部屋には、危機のさいに発動させる転移魔法が設置してあった。

 その座標をこの離宮にし、リカルドの魔力を封じ込めて捕らえたのだ。


 離宮には王太子の手の者が潜んでいて、あれよあれよという間にリカルドを鎖に繋ぎ、吊し上げた。


 呆気にとられるリカルドに、王太子は一枚の書面を見せる。そこには、ドリアとの婚約を解消する旨が書かれていた。

 王太子は残忍に口角を歪め、それにサインすれば解放してやると言う。


「冗談ではないっ!!」


「そうか.....」


怪しくギラつく王太子の瞳。


 リカルドの叫びが合図のように、残酷な宴が幕を上げた。




「あれから何日だろう.....」


 いくら肉を抉られても首を縦に振らないリカルドに業を煮やし、王太子はあの手この手と手段を変え、リカルドの心を折りにかかる。


 一昨日は水責め、昨日は蝋燭や火責め。今日は何だろうな。


 生かさず殺さずな絶妙なラインで王太子はリカルドを拷問する。

 これがドリアでなくて良かったと、リカルドは心の底から安堵していた。

 この狂気が彼女に向いていたらと思うとゾッとする。


 そんな事をつらつらと考えていたリカルドの元へ、食事を持ったアンドリウスが現れた。

 その顔は苦々しく歪み、なんとも言えない表情でリカルドを見る。


「そこまでか? そんなに.... このままじゃ死ぬかもしれんぞ?」


 ベッドに横たわるリカルドを起こしながら、彼は苦痛に喘ぐように唇を噛み締めている。


 いや、満身創痍で呻きたいのは、こっちなんだが?


 不思議そうに彼を見つめるリカルドの口に、アンドリウスは匙を運び、小さく千切ったパンを食べさせた。


 三日前。王太子は何の相談もなく転移魔法を発動し、我々側近らは共にこの離宮へ転移させられたのだ。

 茫然とするアンドリウスやヨシュアを放置し、いきなり現れた十数人の男達が公爵の側近や護衛を殺害。

 そして公爵本人を捕らえると、天井から下がる鎖に無慈悲に吊るした。

 姿だけとはいえ身分ある子供にする行為ではない。


 そこからは悪夢だった。


 眼を血走らせて拷問する王太子。飛び散る血飛沫、水面に溺れる公爵、肉の焼ける煙と匂い。


 沸き上がる嘔吐感に凄まじい嫌悪感。アンドリウスとヨシュアは、人が変わったかのような王太子に何の言葉も発せず身震いした。


「サインしちまえよ、あんな王太子、もう見たくない。獄死したいのか?」


 悲壮な顔で説得するアンドリウス。それを冷めた眼で見つめ、リカルドは心の中で小さく嘆息した。


 脆いな、こいつ。


 今にも泣き出しそうなアンドリウスを冷たく見据え、リカルドは口の中のパンを咀嚼する。


 こんなの七年前の地獄に比べたら緩い緩い。


 悦に入ってるお馬鹿王太子には悪いが、こんなんで折ろうなんて臍が茶を沸かすわ。


 結局、育ちが良いんだろうな。


 リカルドは皮肉気に口角を上げた。


 そして七年前の悪夢が脳裏を過った。


 人としての自尊心を粉々に擂り潰すえげつない行為の数々。肉体的にも精神的にも粉々にされた悪魔達の遊戯。


 リカルドの背筋がブルリと震える。


 まあ、万一同じ事になっても、所詮二番煎じだ。あれから自分も成長した。むやみに壊される事もないだろう。


 リカルドの唯一の不安はドリアの事だった。


 もしドリアを人質にされたら、リカルドは簡単に折れるだろう。いや、壊れるかもしれない。


 ......そして魔王の呪いが成就する。


 彼はミッターマイヤー家の後継者として、封印を受け継いだ時に呪いの事も聞いていた。

 だからだろう。オレンジ色の髪をした乙女に強烈に惹かれたのは。


 自分を救ってくれる唯一無二。


 今現在、王家にも公爵家にもオレンジ色の髪を持つ乙女はいない。

 すでに封印が綻びかかった自分には絶望でしかなかった。


 そんな絶望の中で見つけたのだ。姉上を。


 あの時の感動をどう表現しよう。奮える歓喜に言葉もなかった。


 だから姉上。僕は貴女を守ります。


 絶望しかなかったリカルドに一条の光をくれた少女。彼女を守るためなら死んでも構わない。

 食事をさせてもらいながら、食欲が満たされたせいか、リカルドは睡魔に襲われる。

 ウトウトと舟をこぐリカルドを支え、再び横にしながらアンドリウスは難しい顔で、その幼い寝顔を見つめた。


 このままでは本当に公爵が殺される。


 ヨシュアも王太子の行動に耐えきれず引き込もってしまった。

 この離宮には得体のしれない奴等が詰めていて、自分達を見張っているので逃げ出せない。


 どうすれば良い?


 固く眼を閉じて天を仰ぐアンドリウス。


 しかし彼の苦悩を余所に、大勢の人々がリカルドを救おうと離宮に向かっていた。


 魔王の呪いを知る王家も立ち上がり、歓呼の声が鳴り響く。


 そんな事を知るよしもないアンドリウスは、包帯を替えたり食事をさせたり。甲斐甲斐しくリカルドの世話をしていた。


 ある意味、一番修羅場なはずの場所が、一番平穏である。

 

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