第17話 秘密の遊び ~後編~
「また?」
昼食を取ろうと裏庭にやってきた二人は、東屋にいる王太子に気がついた。
あちらも気づいたらしく、にこやかに手を振る。不思議な事に、最近いろんな所で王太子に鉢合わせする機会が増えた。何故だろう。
見つかってしまっては逃げる訳にもいかないか。
そう考えたドリアだが、リカルドは彼女の手を引き、回れ右して歩いていく。
それに従いながら王太子を振り返ると、王太子は眼を丸くして立ち上がり、側近に某か叫んでいた。
幼馴染みで側近のアンドリウスは、大きく肩を竦め、苦笑い。
そしてふとドリアは、その横に立つフランソワーズに気が付いた。
彼女も眼を丸くして、こちらを見ている。
軽く会釈すると、同じように会釈を返してくれた。
そういえばあの事件のあと、お友達になりましょうと約束したが、リカルドがやってきてから彼とばかりいるせいか、声もかけて来ないっけ。
ドリアは手を引くリカルドを見つめ、苦笑した。
友達らしい人もいないが別にかまわない。そんなの必要ないしね。
人間は裏切る生き物だ。
信じる方が馬鹿だし、無駄である。
宿無れ感の半端ないドリアは、リカルドさえいれば良いと思っていた。不要になったら彼に壊してもらおう。
そんな自滅思考のドリアは、彼の男爵令嬢が自分を救おうとしているなど露ほども知らない。
そんな二人を見送りつつ、フランソワーズは微かに顔をしかめる。
不味いわ。このままでは王太子ルートに入る気配が欠片もないわ。
フランソワーズは焦っていた。
設定どおりなら、とうに義弟は青年で、ドリアを蹂躙しているはずだ。
凌辱と折檻の毎日に憔悴し、疲れはて、そこで出逢った王太子様と恋に落ちる。
......はずなのだが。
何度出逢っても恋に落ちる気配がない。
それどころが疲れたような風もなく、毎日にこやかに義弟と戯れている。どういう事なのか。
王太子ルートだと、ハッピーエンドの他にバットエンドが二つある。
密会がバレて不義と浮気を罵られ、王太子としての責任をとり、廃嫡&国外追放。
厳しめなのはドリアが公爵令嬢だったから。王家は絶対に封印の門番たる公爵閣下の不興を買うわけにはいかないのだ。
当然ドリアには、怒り狂った義弟のお仕置きが待っている。
こうした破滅ルートは他の攻略対象にも用意されていた。
もう一つは他と同じ。妖しげな設備の整った地下室に二人で閉じ込められ、王太子は大きな水槽の中に入れられて、そこから為す術もなく、酷い折檻に悶絶するドリアを見ているしかない。
そしてリカルドの魔法による水で溺死させられる王太子を見つめながら、義弟に凌辱されるドリア。
半狂乱で泣き叫ぶ二人に、残忍に口角をまくりあげ、恍惚と微笑む義弟。
他の攻略対象らも、逃げ切れなかった場合、同じエンドだ。通称、破滅エンドと心中エンド。
しかし、それらにも掠る気配はない。
フランソワーズは目覚めた予知の力で、攻略対象達に助言を与え、ドリアを救うはずなのだが。
今のところ全く無意味に終わっている。
なにより、折檻と凌辱で絶望に病み、暗い眼をしているはずのドリアが元気である。そりゃあもう、花が咲いたと言わんばかりの笑顔である。
そして時折見せる乙女らしい照れ笑いは、何故か義弟に向いていた。
義弟側も、これでもかと言わんばかりにドリアを溺愛している。どう見ても、虐待のぎの字も見えない。
トゥルーか? ひょっとして隠しキャラで義弟ルートが存在する?
もしそうだとしたら、未知のルートだ。誰にも攻略されてはいない。
奈落と隣り合わせの危険なルートである。
ああああ、もうっ、安全確実な王太子ルートに行って欲しいのにーっ!!
表面は平静を装いつつも、心がわきゃわきゃするフランソワーズだった。
「良いのかしら」
「良いんです」
カフェテリアで昼食を終え、二人はのんびりティータイム。
添えられたケーキで、相変わらず一口頂戴をかまし、周囲が思わず砂糖を吐く甘さを披露して、リカルドは御満悦だ。
しかし、確かに最近おかしい。
王太子もだが、他にもチラホラと鉢合わせが多い人物らがいる。
クリストファー・フレーベルク侯爵令息。彼は先頃の事件から、やけに馴れ馴れしく姉上に話しかけてくるのだ。
事件の話や姉上の話。自分の事など、とりとめのない雑談だが、ムカつく。
そしてもう一人。
宰相の息子、アンドリウス・ロイエンタール。
王太子の伝言などが多いが、その眼は姉上に向き、然り気無く嗜好などを聞き出そうとするので油断がならない。
王太子の命令ではあろうが、自身の個人的な情報を姉上に伝える必要はないよな?
何で誕生日ネタを披露する? 来月誕生日だから思い出した?? おかげで姉上は、知ったからには無視出来ないわよねと、手袋とか縫い始めたんですけど??!!
どうしてくれようか。
姉上には、そういった物は誤解されるから他の物を家令に贈らせると説得し、事なきを得たが。
さらにはスライドして、そのままリカルドに手袋を縫ってくれる事になったので、ある意味、グッジョブなのだが。
何にせよ、目立つ男どもが姉上に色目をつかっている。由々しき事態である。
王太子の犬のヨシュアも、何か言いたげに姉上を見てるしな。
「姉上」
「なあに?」
「キスしてください」
「...........」
前のめりになってドリアを見つめるリカルド。
ドリアは真っ赤になり、思わず眼を逸らす。
それを許さず、リカルドはさらに呟いた。
「また僕の言うことがきけないんですか?」
昨夜、王太子と話すな、眼も合わせるなと言われ、不敬にならないのかなと思ったドリアが首を傾げると、リカルドは僕の言う事が聞けないんですねと呟き、彼女を地下室に連れ込むと散々お仕置きした。
屈辱と恥辱と引き出される何とも言えない悦楽に、ドリアは泣き叫んで許しを請うた。
それに満足したリカルドは、今と同じ眼をしていた。他の異性に近寄るなと。自分の言う通りにしないなら、またお仕置きだと。
それを思い出してドリアの顔が、ぴゃっと上がる。その真っ赤な顔に溜飲を下げ、リカルドは早くと言わんばかりに、ちょいちょいと指招きをした。
慎重に周囲を窺いつつ、ドリアはリカルドの薄い唇に、ちゅっと軽く口付ける。
何とも言えない満足感がリカルドを満たした。
リカルドは、真っ赤に俯く可愛い婚約者を優しく見つめ、その頬に手をやると静かに唇を重ねる。
濃厚ではないが、それなりのキス。
茫然とするドリアを悪戯気に見上げ、リカルドはにんまりと笑う。
「姉上のせいですからね。可愛いすぎます、姉上」
ドリアが顔から火を噴くと同時に、背後からミシリと不穏な音が聞こえた。
訝しげに振り返ったドリアの瞳に、深い陰を落とした王太子の姿が映る。
その傍らにはアンドリウスとヨシュア。
「.....同感だがね、公爵。学院でやる事ではないよな?」
彼は手にしていた包みを握り潰してしまったらしく、ぐしゃぐしゃなそれをアンドリウスに渡していた。
リカルドはドリアの背後から近づく王太子に気づいていたのだ。その手に贈り物らしき物があるのも。
ゆえに煽った。
一部始終を見ていたらしい王太子は、案の定、贈り物をダメにしたようである。
狡猾に嗤うリカルドを忌々しく睨み付け、王太子はドリアに話しかけた。
「王宮のバラ園が見頃なんだよ、公爵。よければ、御令嬢とともに見に来ないか? 次の週末にでも」
相変わらずの人好きする笑顔。
バラ園と言われて、ドリアの視線が微かに動いた。ドリアも女の子の例に漏れず、綺麗で香しい花が好きである。しかも王宮の物となれば、見事なバラ園に違いない。
これはアンドリウスが得たドリアの情報から持ち出した話だろう。全く、迂闊なんだから姉上は。
他の人間には分からない僅かな仕草の違い。
それで十分。リカルドはドリアがソワソワしているのに気付き、剣呑に眼をすがめた。
「その日は姉上と秘密の遊びをする約束なんです。申し訳ないが御遠慮しますね」
にっこり微笑むリカルドに、ドリアの眼が輝く。花と冒険者。どちらを取るなんて自明の理。
嬉しそうに微笑み顔を赤らめるドリアに、周囲は絶句。
何だ? 秘密の遊びってっ??
二人にだけ共通する密やかな秘め事的な雰囲気に、良からぬ妄想をする王太子御一行。
歯噛みし、ワナワナと震える王太子の後ろで、フランソワーズは眼を丸くしていた。
秘密の遊び? ひょっとしてそれが義弟ルートのきっかけ? トゥルーエンドを見られるのかしら?
問い詰める事も出来ず、三種三様の思惑を胸に、カフェテリアでの噂は、学院内を席巻した。
公爵家の二人がカフェテリアでキスしていたと。
後日、噂を聞いたワンコが地団駄を踏んで暴れていたのは御愛嬌である。
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