第18話 刹那の奇跡
「.....ドリア。....死な...ないで」
呼吸器を付けた朦朧とした状態で、少女はスマホを起動した。そして見慣れたゲーム画面をリスタートする。
今度こそ、貴女を救いたい。
そこで彼女の意識は途切れた。
スマホが横に滑り落ち、スリープモードで画面が消える。しかしそこで、彼女は奇跡の瞬間を掴んでいた。
開発者が用意したトゥルーエンドへの可能性は、0.001秒の刹那の奇跡。
オープニング画面で瞬きにも満たない一瞬の喪服の女性の出現。その瞬間に画面が消える事。それにより、再起動した時、原作にないルートが発生する。
消えた時は正面を向いていた喪服の女性が、再起動すると横を向いており、ドリアを見つけるのだ。
これはオープニングをスキップして、暗転した場合でも同じ事が起きる。本当に偶然に恵まれないと発生しないルートだ。
そしてリカルドの母親がドリアを陥れようと画策を始め、二人が出逢う。これが、トゥルーエンドへのフラグだった。
黒衣の女性が登場するのはオープニング中盤。しかも、ほんの0.5秒。スキップしててもオープニングを見ていても、そこで暗転させる人はまずいない。
多分に運の要素が強く、普通にプレイしていては簡単に回収出来ないフラグだった。
通常であれば遺言に従いドリアを捜索し、二年後にリカルドは隣国でドリアを発見する。
そして借金づけで既にスチュアートに散々蹂躙それ尽くしたドリアに憎悪を抱いた。
スチュアートの無体に憔悴した彼女の借金を返済し、引き取り、他の男に穢されたドリアを嫌悪し、八つ当たりのように虐待するのだ。
夢にまで見た肖像画の少女の変わり果てた姿に絶望する。
しかし歪んだ恋情を振り切る事は出来ず、心から欲し、愛しているがゆえに、その歪んだ病的な愛情を叩きつけた。
引き取ったその日の内にリカルドはドリアを凌辱する。
純潔でなかった事を罵り、誰にでも股を開く牝豚だとドリアを折檻し、散々いたぶりつくした後、その冷酷な思考に誘発され魔王の封印が綻びて、リカルドの身体は遅れていた成長を取り戻し青年となる。
折檻の果てに怯え蹲るドリアを、更に狡猾に甘やかし、彼は鞭の中の一粒の飴を混ぜて彼女を洗脳した。
その飴を欲し、取りすがるよう彼女を調教していったのだ。
それが本来のルートのリカルドである。
残忍な調教と踏みつけるような凌辱。それが終われば誉めて甘やかし、蜘蛛の糸のようにドリアをがんじがらめに支配する絶対の主。
青年になった彼の折檻や調教は今の比ではない。
学院の中でも常にドリアを監視し、痛め付け、辱しめ、従わせる。
気違いじみた壮絶な愛憎の支配。
ドリアに休まる時間はない。あるとすれば、手酷い折檻や凌辱に耐えた後の、至福なリカルドから与えられる飴だけだった。
その前提をぶち壊す刹那の奇跡。
リカルドの母親がドリアを偶然発見し、彼女を陥れようと画策する事によって起こるパラドックス。
ドリアがスチュアートの手に落ちる事もなく、リカルドの封印が綻ぶ事もなく、本人の資質は変わらないが、青年にならないリカルドは魔王の憎悪に引きずられない。
病的な執着心や猜疑心は変わらないが、素のままなドリアがリカルドを愛してくれる事によって、それは緩和される。
そして実は、その愛する心こそが封印の要なのだ。
彼の昔に魔王の呪いを受けた紫眼の王子。それに寄り添い、共に地獄へと堕ちる事を望んだ王子の恋人サンドリヨン。
二人の想う気持ちが、魔王の呪いを封じ込めた。
紫眼の者が絶望に陥らない限り魔王の呪いは成就しない。
そして、トゥルーエンドへの奇跡のパーセンテージを掴みとった少女は、その舞台に上がる事を許された。
今世の二人は、どのような結末を迎えるのか。
物語を起こした少女は既に死んでいる。新たな物語が紡がれる事はない。誰にとっても最後の物語。
エンディングへ向かって、各々の思惑が動き始める。
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