第16話 秘密の遊び


「おかしい」


「まあね」


「軽いな、おいっ」


 不貞腐れる王太子に、幼馴染みの側近は生返事を繰り返す。

 朝から何度聞いたか、分からない。


「登校しているはずなのに、全く見掛けないんだぞ? ヨシュアが追っても、気づけば見失ってるとか.... 有り得ないだろう?」


 それって付きまといなんですが、気づいてませんね、この馬鹿野郎様は。


 それこそ紳士に有りうべからぬ行動だろう。


 恋は盲目とは良く言ったものだ。


 空き盲な王太子にの前に、ばんっと書類を叩きつけ、幼馴染みは据えた切れる眼差しで気だるげに吐き捨てる。


「そんなんどうでも良いです。この山積みな書類をどうにかしてもらえませんか?」


「うっ」


 そこに積まれたのは、王太子の裁決を待つ数々の書類。

 彼が公爵令嬢に御執心になってからというもの、執務は滞り、皺寄せの全てが側近の幼馴染みへと押し寄せていた。


「あの二人に割り込む隙間なんてないでしょーがっ、打診した夜会の誘いだって一蹴されたでしょ。ありゃ本気で屋敷から一歩も出さないつもりですよ」


 そうなのだ。


 夜会を催す事を然り気無く広め、招待状を送ったのだが、結果は公爵のみ参加で御令嬢は不参加の返事だった。

 公爵がパートナーを連れず参加など有り得ないと抗議したところ、ならば自分も不参加で。と返ってきた。

 公爵家と王家が不仲なのだと示す訳にもいかず、結局夜会は取り止めとなり、未だにヨシュアが情報を集めるだけしか出来ない状況だ。


 苦虫を噛み潰しまくる王太子だが、しばらくして不思議な事が起きる。


 件の事件に関係した男爵令嬢。


 彼女から手紙をもらったのだ。内密に話したい事があると。公爵令嬢に関する事だと。

 下位の貴族が王太子へ手紙を寄越すなど、一歩間違えば不敬にもあたる。

 しかし内容が内容だ。アンドリウスは王太子に手紙を渡し、判断を仰いだ。


 当然、王太子は二つ返事で男爵令嬢とのコンタクトを命じ、ただいま側近を伴い密談中。


 出されたお茶を口にしながら、男爵令嬢は一枚の紙を王太子に差し出した。


 それを見て王太子は瞠目する。


「これは....?」


 そこには何時何時何処何処に公爵令嬢が現れるというタイムテーブルが書き記してある。


「詮索はしないでください。大まかな予測なので確実ではありません」


 予測? 予知?


 半信半疑な王太子だったが、その書き記された時間通りに公爵令嬢が現れた。

 確かに時間のズレや細かい差違はあったものの、間違いなく公爵令嬢と出逢える。


 王太子は狂喜乱舞し、男爵令嬢に側仕えを命じた。


 暗い顔をしつつも彼女は従い、公爵令嬢との繋ぎになる予知を王太子へ進言する。


 ごめんなさい、サンドリア様。貴女を救うには、このルートしかないの。


 神に祈るかのように指を組み、項垂れた男爵令嬢の顔に、パウダーピンクの髪がふわりと傾ぐ。


 蜘蛛に襲われたあの時。フランソワーズは過去の記憶を思い出していた。

 思わず両手で口を塞ぎ、叫びそうになるのを堪えて、目の前の光景を凝視する。


 このシーンには覚えがあった。


 滑落した馬車。襲い来るモンスター。立ち塞がる公爵令嬢。そして予知の力に目覚め聖女となる自分。


 これは、彼の有名な乙女ゲーム、《瓦解の乙女サンドリヨン》のオープニングだ。


 悪役令嬢が主人公の珍しいゲームで、プレイヤーは、そのライバルとなる聖女を操作する。

 俗に言うドアマットヒロインなドリアには散々なエンディングしか用意されていない。


 本来、優しく気高い彼女だが、ヤンデレな義弟に蹂躙されまくり、心を病んでいく。

 その描写は十八禁に相応しいもので、義弟のねぶるように執拗な折檻や、性的悪戯、道具や器具を用いて、これでもかと地下室でボロボロにされるという、とんでもない生い立ちから始まるゲームである。

 義弟の厳しい監視の元に通学する学院で、ようやく差し伸べられる救いの手にすがりつき、それに絡む聖女を敵視し、彼女は否応なく悪役令嬢に落ちてしまう。


 複数の男性に合わせて用意された残酷なエンディング。


 そのどれにも絡むのがヤンデレで彼女に執着する義弟と聖女の自分。


 大抵はバッドエンドで、義弟から逃げ切れず、恋した相手を惨たらしく殺害され、義弟の所有する離宮の地下に閉じ籠られて、散々なぶりものにされたあげく息絶える。


 問題はその後だ。彼女が死んでしまうと、義弟が狂気に陥り、闇落ちする。


 闇落ちした彼は魔王となり、国を破壊するのだ。これがタイトルにもなっている瓦解の乙女の意味で、如何にして彼女を救うかが、ゲームの主軸。


 悪役令嬢を守る聖女という、極めて理不尽な設定だが、そのドアマットヒロインと呼ばれるに相応しい虐待されっぷりから、彼女を救いたいと熱心でコアなファンも多く、乙女ゲームなのに男性ユーザーのが遥かに多いという異常事態まで起こした名作だ。


 自分も前世では、如何にして彼女を救うか、必死にプレイしたものである。


 せっかく生きてるのに、また死にたくはない。


 フランソワーズは前世の記憶に身震いした。


 バットエンドだらけの地雷ゲームだが、二つだけ国を救う道が残されている。その一つが王太子とのハッピーエンドルートだ。

 王太子と恋に落ちたドリアは、国の力で守られる。これは公爵にも手を出す事が出来ない鉄壁な守りだ。

 結果、失意のあまり義弟は自死してしまうのだが、ある意味、自業自得だよね?


 他にももう一つトゥルーエンドがあるらしいが、攻略したユーザーはいない。


 一歩間違えば、即座にドリアは奈落の底へ落ちてしまう。攻略相手のバットエンドだけでも一人につき三種類。攻略出来ずに迎えるバットエンドは数知れず。


 どれもがドリアを残虐に貶める義弟のエンドだ。


 彼女が誰かに微笑んだ、言葉を交わした、それだけで義弟の折檻が始まる。

 髪を鷲掴み、吊し、鞭を振るい、散々いたぶっては、最後の行為に及ぶ。

 彼女を貫きながら蝋燭を垂らす恍惚とした義弟の顔は、身震いするほど美しかった。

 溺愛も極まれりな設定。とことんドリアをいたぶるその姿は、表現出来ないほど神々しい。


 どんな事をしてでも彼女を手に入れたい。


 そんな気違いじみた執着の物語である。


 自分の物にならぬなら壊してしまえ。


 壊れた先には自滅しかないのに。


 設定では、過去に魔王が存在し、王家に呪いをかけて消滅した。

 しかし魔王の魂はその呪いに封じ込められており、紫眼を持つものに継承される。

 それを再び封じられるのはオレンジ色の髪を持つ乙女だけ。

 過去に魔王を封じたサンドリヨンは公爵となり、魔王の魂を隔離する役目を担った。


 それが現ミッターマイヤー公爵家だ。


 ゆえに公爵家は王家と同等で、一家言ある。


 しかし数年前、魔王復活を望む者達が、幼い義弟を連れ去り、口にするもおぞましい方法で彼を壊した。

 魔王を復活させるには、その魂が宿る人間を絶望させなくてはならないから。

 壊れた彼は魔力が暴走し、そこにいた全ての人間を殺した。そしてかろうじて魔王が復活する前に保護されたという。

 だが危うい彼の封印は、いつ解けるかも分からない危険な状況なはずだ。

 ドリアを愛する弟としての心と、オレンジ色の髪の乙女を憎悪する魔王の心。

 揺れ動く二つの心に翻弄され、彼はドリアを溺愛し、なおかつ虐待するのだ。同衾し反目する相容れない複雑な心。


 結果、加虐嗜好のヤンデレが一丁上がりである。


 なんとも救いがない。


 思わず遠い眼をするフランソワーズだが、手をこまねいている訳にもいかない。

 とにかくサンドリアを救わなくては、自分の生死に関わる。

 ゲームのスチルでは、公爵は青年だった。つまり、子供みたいな姿の今の彼ならば、まだドリアに手を出してはいないかもしれない。

 ならば、ゲームとは別の新たなエンドを迎えられる可能性もある。


 変な強制力とかやめてよね。私は今度こそ長生きするんだ。


 過去に長患いで若くして死んだであろう自分。死の記憶はないが、眠るように逝ったんだなと想像はつく。


 あの眼の魔法が解けませんように。


 今は青い眼の公爵。しかし、その昔、彼が紫の眼であった事は公爵家の人間しか知らない。

 その瞳に魔王が封じられている事も。


 だから家令一同は望むのだ。リカルドの平穏を。何を犠牲にしてでも、それを守る。


 魔王の魂を宿す者と、それを封じる乙女が同家に生まれた。


 時代の皮肉は、勢いを増して彼等を翻弄していく。

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