第11話 昔とった杵柄 ~後編~
「でも、どうやってループを解くのですか?」
フランソワーズが不安そうにドリアの背中へ問いかけた。
柔らかな巻き毛に愛らしい青い瞳。小さく華奢で、男性ならずとも守ってやりたい衝動にかられる容姿だ。
森の中を進みながら、ドリアは端的に説明する。
「魔術には媒体があるのです。それを破壊します」
「媒体?」
先頭を行くドリアは、不思議そうなクリストファーに頷いた。
そして風の魔術具をつかい、周囲に微かな微風を起こす。
本来、涼をとるためのものだが、そのまま進むと微風が淀み、規則的だった風が歪み始めた。
明らかに流れの変わった微風に、クリストファーとフランソワーズが眼を見開く。
「ここらが接点です。これ以上前にでないで、媒体になっているモノを探してください。接点は風が教えてくれます。大抵は宝石か..... それに類似する物らしいです」
魔術で歪められた空間。それは他者の魔術も歪めるのだ。
風の向きが乱れる事によって、空間の歪んだ接点を的確に教えてくれる。
風の動きに注意しながら周辺を探っていたドリアの耳に、弱々しい呟きが聞こえた。
「ベリスタス様は大丈夫かしら.....」
その心配気な顔を素知らぬふりでスルーし、ドリアは心の中で悪態をつく。
自分で残ると決めたのだ。ドリアの知った事ではない。選択肢は彼にあった。それを行使したのだから本望だろう。
そんなドリアの脳内を読んだかのように、クリストファーが、さも呆れたような声を上げた。
彼は大仰に肩を竦めて、フランソワーズを見る。
「大丈夫も何も、本人がそう望まれたのですから。何があっても本望でしょう?」
そう言い放つとドリアに視線を振り、人懐こい笑顔でニカっと微笑んだ。
だが思わず苦笑する彼女の耳に、ガサガサと怪しげな音が聞こえる。
瞬間、ドリアは反射的に身体が動き、フランソワーズとクリストファーを突き飛ばすと、音の主へナイフを放った。
キンっと硬質な音をたててナイフが地面に落ちる。
そこには身の丈二メートルほどの大きな蜘蛛。
カシャカシャと牙を鳴らしながら、炯眼な眼でドリアを睨めつけていた。
コイツか..... 厄介だな。
スカート下の太股のベルトに仕込んであった暗器を取り出しながら、ドリアは対峙している蜘蛛の顔に瞠目する。
その額には赤々とした大きなルビーがはまっていた。
媒体はあれか..... どうする?
この魔物をドリアは知っている。デススパイダー。無音の暗殺者と呼ばれる魔物だ。
本来なら銀級冒険者数人で狩るべき魔物の登場に、さすがのドリアも狼狽える。
得物は暗器だけ。
彼女は持っていた暗器である爪のついた手甲を蜘蛛目掛けて投げつけ、それが当たる直前に土の魔術具で防護壁を作った。
三人で固まり、魔術具を発動すると、地面が壁のように盛り上がって、ドリア達の周りをドーム状に覆う。
投げつけた暗器が命中したらしく、怒り狂った蜘蛛が土の壁を叩きつけてきた。
ドカドカと鋭い爪で抉られ、さすがの防護壁もミシミシ音をたてている。
いずれ破られるだろう。そう思いつつ、ドリアは薄くなった壁を射抜くがごとく見つめた。
フランソワーズは恐怖に顔を歪ませながらも悲鳴を上げぬよう口を両手で押さえ、そのフランソワーズを庇うようにクリストファーが抱き締めている。
緊迫した空気の中、とうとう防護壁が破られるが、その隙間に向けてドリアは火の魔術具を投げ付けた。
途端、大きな爆発音と共に火柱があがり、火だるまになった蜘蛛が、耳障りな絶叫を上げる。
「どうなるかな。いざとなれば、あたしが囮になる。その隙に逃げてくれ。剣を借りるね」
短時間の攻防で、ドリアはすっかり冒険者に戻っていた。クリストファーの剣を握りしめ、再び蜘蛛が襲ってくるのを待つ。
しかし、しばらくして雄叫びのような蜘蛛の絶叫が聞こえ、土の防護壁がボロボロと崩れていった。
慌てて周りを見渡すドリアの眼に、小さな影が見える。その影は蜘蛛の上に立ち、次にはドリアに向かって駆けてきた。
「姉上っ、御無事でしたかっ!!」
「リカルド??」
少年はドリアに抱きつき、全力で抱き締めた。
泣き出しそうなほど顔をしかめるリカルドの後ろには絶命した蜘蛛。
何が起きたのか分からないまま、続けてやってきた騎士らに三人は保護され、まだベリスタスが残っていると伝えると、騎士達はそのまま森を探索した。
結果、発見されたのは食い漁られた馬とベリスタスの遺体だった。
「つまり、今回の事件はベリスタスを狙ったモノだった?」
ティーカップを手にしたドリアの問いに、リカルドは大きく頷く。
話によればベリスタスは女癖が悪く、婚約者がいるにも関わらず何人もと浮気し、嫉妬に狂った婚約者が今回の企てをしたのだという。
だから呪いのかかった魔物は一番にベリスタスを狙って襲ったのだ。
あの時別れていなかったら、ドリア達も危ない所である。
ベリスタスの死とともに解放された魔物は、まだ手をつけていない獲物。つまりドリア達をも襲った。
しかし、思わぬ反撃を受け、蜘蛛の額にあった媒体にキズが入ったらしい。
そのせいで閉じられた空間が綻び、捜索に加わっていたリカルドは、魔術具の魔力を辿って駆け付けたのだと言う。
「本当に..... 連絡を受けた時は心臓が止まるかと思いました」
リカルドは後ろからドリアを抱き締めたまま離れない。ティーカップを傾けるドリアの頬を撫でたり、腰に手を回して抱き締めたり、ベタベタと張り付いている。
そしてふいに眼をすがめ、ドリアの耳元で囁いた。
「.....ムスクの香りがします。何故?」
ドリアは首を捻る。
ムスクは一般的に男性の好む香りだ。彼女の香料にそれはない。
そして、ふと土魔術具の防護壁を思い出した。
あの時、三人は身を寄せ合い、ドリアはクリストファーから剣を借り受けた。
「クリストファーの移り香かもしれないな。あたしら三人で防護壁に閉じ籠っていたから」
「へぇ.....」
ドリアは自分の口調が冒険者に戻っている事に気がついていない。
あれだけの騒ぎの後だ。仕方の無い事だろうが、それは猛禽に捕食の理由を与えるモノだった。
他の男と密着したあげく、淑女の振る舞いも忘れてるとか。.....お仕置きだよね?
鋭利な光を瞳に宿し、リカルドはうっそりと不均等に口角を歪めた。
その夜、泣き叫ぶドリアの声が地下室に谺するのだが、そんな未来を彼女は知るよしもない。
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