第12話 歪な二人
「そうですね」
最初に気づいたのは家令だった。
奥様が、サンドリア御嬢様の暗殺未遂に問われ、修道院に生涯幽閉となり、若様も、元々御両親を亡くしたばかりの御嬢様も天涯孤独となってしまわれました。
御二人が常に御一緒である事を咎める者はおりません。
食事もオヤツも勉強も。眠る時すら御二人は肩を寄せあって眠っておられました。
唯一無二の肉親です。
養子と言えど前公爵様は公爵家の遠縁。その息子である若様は立派な後継者でした。
父親である公爵様が亡くなり早五年。旦那様が公爵として復帰し、若様に領地経営を学ばせるようになってからも五年。
とても優秀な若様でしたが、父親譲りの魔力の高さから、身体の成長がとても緩やかな御子でありました。
だから.... 狙われたのです。
筆頭公爵家の後継者。年齢にそぐわぬ幼い身体。若様を手にいれるのは、公爵家を手にいれるのと同じ事。
若様が誘拐され、一ヶ月後に発見された時。
そこは血の海で若様は焦点の合わぬ胡乱な瞳で立っておられたとか。
若様が拐かされ、後日発見された。それ以上の事は知りません。知りたくもありません。
壊された若様を旦那様が離宮で静養させ、公爵家の本宅に戻ってこられたのは数年後。
わたくしは、もう、若様を壊したくないのです。
それゆえに、何かが壊れようとも、それでリカルド様が幸せなら、わたくしは至上の喜びを得られるでしょう。
最初に気づいたのは、家令だった。
孤独な二人の歪な関係に。
「何の情報もなしか。手強いなミッターマイヤー公爵家は」
「あそこは結束固くてね。したっぱのメイドにいたるまで戦える末恐ろしい家だよ。口も貝どころが魔術結界より固い」
ここは王宮内王太子宮。
品の良い調度品が設えられた応接室で、王太子は側近らから報告を受けていた。
内容はミッターマイヤー公爵家の調査。
五年前の事件より、筆頭公爵家は要塞のごとき防衛ラインをしいていた。
さらには今回の転落事故。
針ネズミのようにささくれだち、とりつく島もなく、件の御令嬢と御令息は屋敷から出て来なくなってしまったのだ。
学院にも通わず、全くの音信不通。家令より書面で休学届けは出ているが、入学して三日で引きこもるとか前代未聞である、
白装束を身に纏う男性は、細い溜め息を吐いて天井を仰いだ。
全身を隠す衣装束。これは王族の印。
姿を人目に触れられぬよう整えたそれは、尊き身分である事を示している。
「強要は出来ません。ただでさえ学院側の過失が疑われているし、王家に連なる御令嬢が被害にあったのです。隠す事も不可能です。公にして裁かないと、彼の御仁は納得しないでしょう」
王子は頭を抱えた。
今回の事件は、ランドルフ伯爵令息の婚約者が起こした事件だ。
不実な婚約者を断罪しようと、多くの魔術師から力を借りて、魔物を閉じ込めた空間を作り出した。
あとはそこへランドルフ伯爵令息を投げ込めば呪いは完了するはずだった。
他に犠牲者が出ても構わない。
そういった殺意に満ち満ちた罠であったが、当日、予想外の事が起きる。
巻き込まれた被害者の中にミッターマイヤー公爵令嬢がいたのだ。
王家に次ぐ尊き家。その直系。
事故現場は騒然となった。誰もが彼女の姿を知っている。王家にも稀なパウダーオレンジの髪に黄昏色の瞳。久しく見ぬ完全な王家の色。
王族の数は多いが、大抵はどちらか片方しか所持していない。今代でそれを両方所持しているのは王太子くらいだった。
彼の名はフィヨルド。第四王子でありながら、王太子でもある。
理由は明白。
王家の色を確実に次代へ継承させるためだ。
「国王夫妻はめっちゃ乗り気だったんだがなぁ。公爵の坊っちゃんのが上手だったわ」
苦々しく笑う幼馴染み。
そう。公爵令嬢が現れてから、王家は手を尽くして縁を結ぼうと奮闘した。
出来れば王太子に。それが無理なら、せめていずれかの王子に彼女を娶らせようと、各自の婚約者らや、その家に理解を求めた。
つまり円満な婚約解消。
だが、どこも首を縦に振らない。
それはそうだ。王太子は末っ子で第四王子。それが十七歳であり、第一王子は婚姻済み。第二、第三王子は半年後と二年後に結婚を控え、今さら婚約解消などしようものなら嫁き遅れ確定。醜聞も極まれりな事態である。
さらに王太子の婚約者は隣国の王女様だ。こちらは公爵令嬢と同じ年齢だが、まさか国交樹立記念の国際結婚を解消する訳にはいかない。
四面楚歌で唸る国王夫妻の奮闘も虚しく、公爵令嬢は姉弟である現公爵と婚約してしまった。
ある意味正しい婚約だっただろう。
肩を落とした国王夫妻だが、現公爵であるリカルドは優秀な魔術師だ。これを国内に留めおけただけでも御の字だと気を取り直したのであった。
彼が爵位を御令嬢に返した後、どうなるか予想もつかなかったから。
稀有な魔術師が国外に流れる事は、絶対に阻止したかったのである。
しかし昨日、事態が一変した。
王太子の婚約者だった王女様が、出奔未遂をやらかしたのだ。
聞けば、懇ろな相手がいて、すでに王女は純潔ではなく、さらにとんでもない事に相手の子を身籠っているという。
平謝りな隣国は、十分な賠償と条件を示してきたが、こちらはそれどころではない。
「なんで、もっと早くに知らせなかったーっ!!」
関係者一同、魂の叫びである。
報告書をテーブルに投げ捨て、フィヨルドは幼馴染みとともにぐったりと頭を俯かせた。
「もうアレしか見えん。どうしたら良い?」
「聞くな。どうもならん。あえて言うなら、二年前のあの日、まだ正式な公爵令嬢でなかった時に手込めにしていれば側室なりに出来たかもな」
王太子の一目惚れだった。
快活で生気に満ちたオレンジ色の髪の少女。
令息を守り、立ちはだかろうとした彼女の炯眼で据えた眼差し。野性味に溢れ、思わず眼が引寄せられた。
かと思えば、狼狽え、あわあわとする姿も可愛らしく、すぐに筆を取りお茶へ誘った。小さな贈り物も添えて。
まあ、令息に一蹴されたけどな。
淑女教育もされていないと言われれば仕方無い。
後日、ファーストダンスを頂けたので善しとしよう。
「ランドルフ伯爵令息の婚約者.... 侯爵令嬢なんだが、.....呪いの反作用で頭を半分削られたとか」
「うげ」
呪いは返されると必ずかけた本人に倍返し。これを逆凪というのだが、呪いを封じ込めたルビーにキズが入ったため術が破損。彼女に呪いが返されたらしい。
さらにはミッターマイヤー公爵が暴れたらしいしな。蜘蛛の魔物を瞬殺だったとか。
戦く騎士団の報告も届いている。
「それでな。救出された他の二人にも話を聞いたんだが......」
「うん?」
「実は......」
王太子は斯々然々と二人の話を説明した。
目の前の幼馴染みは茫然自失。そりゃそうだろうな。私だって、未だに信じられない。
「ボレロに携帯食やツール仕込んでて、スカートの下に鉄の爪? 暗器か? で、剣で蜘蛛と対峙しようとした? 御令嬢じゃないだろ、それ」
呆れたように呟く幼馴染みに頷き、王太子は思考を巡らせた。
一緒にいた侯爵令息の話どおりならば、かなり戦い慣れている。状況判断も早く、冷静で、魔物に驚きはしつつも怯えた様子はなかったという。
むしろ熟知している感じで、蜘蛛の魔物とはなから戦う気はなく、即、守りに入ったらしい。
魔物を恐れず、戦い慣れた御令嬢。どんなんだ。
彼女の過去についても一切公開されていない。ただ両親も祖父母も亡くなり、天涯孤独だという身の上だけミッターマイヤー公爵から説明されていた。
あんな容貌の娘がいたら国内で噂にならない訳無いんだが。
事実、亡くなった前侯爵も、孤児院から連絡を受けていた。オレンジ色の髪の子供がいると。
ゆえに自分の娘を発見し、引き取る事が出来たのだ。
しかし、公爵令嬢については、とんと話が浮かばない。どこで生まれ、どこで育ったのか。
秘密のベールはめくるためにある。
晴れてフリーとなった王太子は、公爵から御令嬢を奪う気満々だ。
こうして当事者の預かり知らぬところで、戦いの火蓋が切られたのである。
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