第4話 冒険者らと邂逅
「おいおい、ドリアかよ。化けたな」
唖然とした顔で惚けているのは護衛に雇われた冒険者達。
短い黒髪で長剣を持つのはジェフ。長い茶髪で短剣を差し、弓を背負うのがゲルド。
銀級冒険者の二人は、金級冒険者だったドリアの父親と懇意にしていた。ちなみにドリアも銀級冒険者である。
翌日、ドリアとリカルドは手配してあった冒険者らと街外れで落ち合った。
豪奢な衣装に身を包み、貴族然とした二人。
あきらかに自分達と身分の違う雰囲気に気圧され、彼らは緊張した面持ちで挨拶する。
顔馴染みな二人は最初ドリアに気付かず、暫く無言で見つめあってから、ようやく髪の色で彼女に気付いたのだ。
「茶化すな。苦肉の策だ。アレを平民には化かせられまい」
「姉上、言葉遣い」
アレ呼ばわりされながらも苦言を呈するのはリカルド。
金髪碧眼な少年を見て、銀級冒険者の三人は思わず天を仰いだ。その眼は死んでいる。
御貴族様からの依頼と聞いてはいたが。ここまで高位の御方とは知らなかった。どう見ても上級貴族。下手をしたら王族にも近い貴族どろう? この坊っちゃん。
金髪碧眼など、そんじょそこらに転がっているモノではない。
「何の因果だ? 貴族様のお遊びか?」
「いや。かなり切実。明明後日までに隣国の王都に着きたい」
「あ~.... ギリかな? 若干余裕あり?」
目立つ事この上なしな御坊っちゃまと貴婦人。これを守りつつ最速で隣国の王都を目指す。
なるべく街には寄らず、馬だけ替えて突貫すれば二日はかからない。あとは運しだいか。
思案するドリアの前で、護衛の二人は無言だった。
いや、言葉はないが、その眼差しが雄弁に物語っている。
羨望と憧憬。彼女を女性として見る二人の男性に、リカルドの柳眉が、忌々しげに跳ね上がった。
「しかし... 似合うな。髪の色が違ったら分からなかったぞ」
ジェフはマジマジとドリアを見つめる。
ドリアは頭の天辺から爪先までピカピカで、髪も艶々、肌もツルツル、指先まで滑らかな白い肌になっていた。
魔法ってスゴいよなぁ.....
ドリアは昨日の夜、湯あみの後にリカルドから治癒の施術を受けたのだ。
日焼けも肌荒れも、全ては傷みでありキズ。
癒しの魔術で、全身の傷みが復元され、余すところなくピカピカに治癒された。
そして髪を結い上げ、淡い紫のドレスを纏い、真珠のついた銀細工のアクセサリーを身に付けると、あら不思議。いっぱしの貴婦人がそこに立っている。
これなら、ぱっと見、淑女に見えなくもない。
「まあ、ドリアのオレンジな髪は滅多に無いからな。貴族様って言っても不審はなかろうや」
ゲルドの言葉に、ドリアは頷く。
祖母譲りのこの髪色は他に見た事はない。駆け落ちした貴族である祖母と同じ色なれば、疑われても押し通せるだろう。
そんな事を考えていたドリアは、ふと自分を見つめるリカルドの視線に気づいた。
その顔は何とも言えない笑みをたたえ、妖しげな暗い雰囲気を醸し出している。
まるで絡めとるかのように、ねっとりとした視線。
言い知れぬ恐怖を感じ、ドリアの全身が粟立った。
「.....リヨン」
微かな呟き。
途端、ドリアの心臓が大きく脈打つ。
「名前を変えましょう。これから貴女はサンドリアではなく、サンドリヨンで。行きましょうか、リヨン姉上」
すっと細く、リカルドの眼が弧を描いた。
......偶然か?
顔を強張らせ、信じられないモノを見る眼差しで、ドリアは少年を見返した。
しかし、リカルドの表情からは何も読み取れず、二人は無言のまま、用意された品の良い馬車に乗り込む。
ジェフとゲルドが御者を勤め、四人は一路隣国を目指して走り出した。
通常より早い速度で馬車は進む。乗っているのが子供と冒険者だ。ゆったりのんびりお上品に走る必要はない。
いざとなればドリアが闘い馬を駆る。ジェフらにとっては気が楽な護衛だった。
村を二つほど通りすぎ、少し大きめな街に着いた一行は、昼の休憩もかねて馬を交換する。
馬車屋も慣れたもので、交換に半刻ほどかかると伝え、その間に食事をとる事にした。
「適当に四人分な」
ドリアはジェフに金貨を渡し、馬の交換と食事の調達を任せる。それを目にして、リカルドは少し首を傾げた。
「店には入らないのですか?」
「極力外には出ません。我々は目立つし、出るなら王都についてからです」
「そんなぁっ、せっかくドレスアップしたのにっ、もったいない」
あからさまに残念そうな顔の少年に、ドリアは頭が痛くなってくる。誰のためだと思っているのか。
「だからドレスなど一着で良いと言ったでしょう。わざわざ飾り立てましたが、関所用です。他では馬車から降りませんからね」
「リヨン姉上を見せびらかしたかったのに.....」
そんな事を考えてたんかい。
思わず眼を座らせるドリアに剣呑な空気を感じ取ったのか、リカルドはお口にチャック。むんっと顎を引いて眼を泳がせている。
穏やかならぬ馬車の扉が開いて、ジェフとゲルドが乗り込んできた。二人は両手に食事の袋を持ち、不穏な車内の空気に眼を瞬かせる。
「......どしたい?」
「いや....」
「何でもないですっ、御飯下さいっ」
子供らしく手を伸ばすリカルドに袋を渡し、二人はドリアらと対向かいに座る。
ドリアも袋を受け取り、リカルドを睨み付けつつも食事を始めた。
そんな二人を訝しげに眺め、ジェフは気まずい口調でボソボソと呟く。彼にしては珍しい歯切れの悪い呟きだ。
「その..... すまなかっな」
「ん? あたしか?」
ジェフの呟きを拾い、ドリアは何の事かと首を傾げる。
「親父さんらが死んでから.... その。.....スチュアートに脅されてて。街の奴等もドリアを助けたかったんだ。.....でも、ドリアに近付いたら、即自宅を差し押さえてドリアを無一文にしてやるって。......本当に、すまなかったっ!!」
ジェフがガバッと頭を下げた。
思わぬ告白に、ドリアは瞠目したまま身動ぎもしない。
街の人々は掌を返したのではなかった? あたしが無一文にならないよう守ってくれていた?
そんなん今更言われたって......
理性が納得しても感情が拒む。泣きたいほど辛かった。世界が全て敵に見えた。あれら全部が勘違い? 冗談じゃないっ!!
瞬間沸騰し、今にも爆発しそうだったドリアの耳に、暢気な呟きが聞こえる。
声の主は、子供らしく食事のパンにかぶりつく少年。
「つまり、あのスチュアートとか言う木偶の坊が全て悪いって事ですね」
三人の視線がリカルドに集中した。
それを事も無げに受け止め、件の少年はにんまりと嗤う。
「だってそうでしょう? あの馬鹿がリヨン姉上に懸想しなければ、借金と引き換えで嫁にとか言わなかった訳だし、それが無ければ街の人々が脅される事も無かった訳だし」
八つ当たりに近い理論だが、ドリアの胸にはストンとおさまった。
奴に眼をつけられてなくば、とうに自宅や土地は取り上げられて更地になっていただろう。ある意味、あたしも諦めがついたに違いない。
街の人達が脅される事もなく、墓を守れなかったのは悲しいけれど今までと同じ日常が続いたはずだ。
墓を守れなかった悲しさか、街の人らに裏切られた悲しさか。
どうやっても、どっちかの悲しみがドリアを襲うのだ。選べる事ではないし、致し方無い事だった。
思わずしんみりとする三人に、朗らかなリカルドの声が聞こえた。
「まあ、これからは僕がリヨン姉上を守ります。御心配なく。借金も完済されたし、自宅も墓も守られました。街の人々もリヨン姉上の敵ではなかった。結果オーライではありませんか?」
悪戯気に上目遣いで見つめるリカルドに、ドリアは薄く笑みをはく。
「そうだな.... 良かった」
逆説的ではあるが、あの馬鹿野郎様の暴走で自宅や墓を失わずに済んだ。街の人々の真意も知れた。八方丸く収まったのだ。
馬車の中は和やかな空気に包まれ、食事を終えた四人は再び隣国を目指して走り出す。
ドリアが五年間リカルドの護衛として勤めなくてはならない事を知ったジェフ達は、自宅と墓の管理を街で請け負ってくれた。
ドリアが戻るまで責任を持つと。
憂いの無くなったドリアが華のように笑みを綻ばせ、ジェフらの心臓を鷲掴みにしたのは、また別のお話♪
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